第2話 少年少女
学校にいるほとんどの時間を寝て過ごすと放課後になっていたのでアルバイト先へと足を運ぶ。
叔父の家と学校の間、の学校寄りのコンビニが俺のバイト先だ。大通りに面してはいるが近くに大手のコンビニチェーンができたせいで客足は決して多くないのでただのバイトとしては正直助かる。
大して大事でもないことを考えながらテキトーに接客をこなしていれば金がもらえるありがたいお仕事だ。
「ふぁぁぁあ」
今日も今日とて暇でしょうがない。一日中寝ていた記憶しかないのにアクビが止まらない。
怪我の治りが早いという超能力の代償なのか、大きめの怪我をすると異様に眠たくなってしまう。
……超能力の代償、デメリット……いや対価とか?
どう呼んだらソレっぽくなるかな。なんて馬鹿げたことを考えながらテキトーに働いていると気づいたら辺りは暗くなっていた。
今日は昨日と違い同僚のクソ大学生が遅刻しなかったので定時で交代できたのに着替えて帰路へ着こうとすると声をかけられてしまう。
「アマちゃん!お疲れ様」
俺のことをアマちゃんなんて呼ぶのはこの世に一人しかいない。
「……明日川さん、お疲れっス。……あれ?バイト辞めたんじゃないんスか?」
「うん、辞めたよ。今日は忘れモノ取りに来ただけ。店長のいない時間が良かったからこんな時間になっちゃった」
それも先月、彼女は受験勉強を理由に辞めたと言っていた今、関わることはもう無いと思っていたので驚いた。
「あー、そうなんすね。お疲れ様っした。……んじゃ自分は帰ります――」
「――昨日さ、なんかこの辺で事件あったの知ってる?喧嘩だって聞いたんだけど」
捕まった――と思った。
明日川さんは派手な見た目の割に善人だ。年寄りの客とか子どもとかに優しくしていて人気だったし、話しやすいし綺麗だし勉強もウチの高校の中では優秀らしい。
……のだが、話が長いという無視できない欠点がある。
「……」めんどくさいので俺は何も言わない。
「……」明日川さんは俺の目を無言でずっと見ている。
「……ふぅ、お疲れっした」
沈黙に耐えきれず、背を向けて駅へと向かおうとする俺の腕を明日川さんが掴んだ。
「アマちゃんでしょ?」
「……何がっスか?てか、明日川さん受験勉強忙しいんじゃねーんスか?早く帰った方がいいっスよ」
「送ってよ!こんな時間に女の子一人で歩かせるつもり?」
「家ちけーじゃねーっスか……つーか一人でここまで来たんじゃ――」
「じゃあ待っててね!約束!」
そう言って明日川さんは裏口から入ってすぐに戻ってきた。その手には充電器が握りしめられている。
「忘れ物って――」
「うん。充電器!よーし帰ろー!」
「……うす」
わざとらしく大きく手を振って歩く明日川さんはまるで遠足に行く小学生みたいで正直言って可愛かった。
明日川さんはコチラへ振り向くとすぐに何かを見つけ、表情が露骨に曇った。
「……どうしたんスか?」と訊ねつつ明日川さんの視線の先に目をやると、コンビニ内から舐め回すように薄気味の悪い目つきで明日川さんを見つめるクソ大学生がロクに働かずコチラを見ていた。
あのクソ大学生が遅刻常習犯かつ仕事もロクにできないクセにクビにならないのはアイツがこのコンビニのオーナーの息子だからだ。
明日川さんにセクハラ紛いの発言や行動をしていたことを店長に訴えても『オーナーの息子だから大目に見てあげて』とか抜かしていた。明日川さんは決して言わないが恐らくそれらのことも彼女がバイト辞めた理由に含まれているだろう。
俺自身、定期的にアイツが遅刻するせいで定時で上がれずイラつかされている。
俺は明日川さんとクソ大学生の間に入りコンビニに向け中指を立てる。
クソ大学生が俺に気がついたのを見て舌を出し挑発すると嫌な顔をして隠れてしまった。
後ろから鼻を鳴らす様な音が聞こえたので振り返ると明日川さんが顔を背けて肩を震わせていた。
「……笑ってるんスか?」
「……くっ!ふふっ…………はぁ……ありがとうね」
明日川さんはひとしきり勝手に笑うとお礼を言ってきたが、俺はそれが今こうして送っていることなのか、クソ大学生に中指を立てたことなのかわからない。わからないが確認するのもなんか恥ずかしいので触れない方向でいく。
「……アイツ昨日、二時間遅刻したんスよ!有り得なくねーっスか?アイツこねぇと誰もいないシフトだったから俺、残業っすよ?」
「あー、それはひどいね。それで終電逃したの?」
「そっスよ!終電逃したから歩いて家まで――」
「――帰る途中で絡まれて喧嘩になった……と?」
ハメられた。
誘導尋問の天才がここにいる。
誘導尋問がどんなものか知らないがコレはきっとそういう技術的なものを垣間見た気がする。たぶん。
「何も言わないってことは正解なのかな?」
「……熟練の刑事みたいなコトするのやめてもらえます?」
「喧嘩するのやめてって私、伝えたことあるよね?」
中学時代、何度かソレを見られたことがありバイトで一緒になって話す様になったころ、咎められた記憶がある。
「俺は一切手ぇ出してないっス。それだけは自信をもって言えます」
「襲われたってこと?……じゃあせめて逃げてよ」
正論だ。
逃げない理由なんて《かっこ悪い》っていうかっこ悪い理由しかないんだから逃げるべきだった。
「すみません。次は絶対逃げます」
「約束だよ?喧嘩だけじゃ無いよ?トラブルとかに巻き込まれてそうならちゃんと逃げてよ?」
「……はい。約束します」
「良いとか悪いとかじゃなくて本当に死んじゃうかも知れないんだからね!キミが死んだら私はスッゴイ悲しいんだからね!」
まっすぐ人の目を見てそんなことを言える明日川さんが俺には眩しかった。
親が死んで……いや、
そんな話をしていると明日川さんの家が見えてきたので解散し、俺は一人、踵を返して駅に向かって歩き出した。
多分だけど明日川さんは今の話をするためにコンビニへ来たのだろう。あの人が忘れ物をするとは思えない。今日どっかのタイミングで事件の噂を聞いて俺のところへ直接クギを刺しに来たのかもしれない。
そういう面倒見の良さが明日川さんのモテる理由なのだろう。
駅に向かう道中、コンビニの前を通るとクソ大学生のが眠たそうにアクビをしていた。俺も眠い。帰ってさっさと寝よう。
そう思っていたのに…………バカなバカどもがバカをしてやがった。
今日はバットを持っていないが殺気だったバカどもが駅前を見張っているのが見えた。
間違いなく狙いは俺だろう。
中学時代の因縁を高二にもなった今も引きずるヤツらのバカっぷりには頭が下がる。
……めんどくさいが今日も歩いて帰るか。
どうせ小一時間も歩けば叔父の家に着く。
――――――――
「あれ?」
三十分ほど歩いたあと、俺は何故か道がわからなくなる。
そんなはずがない。この辺りは小学生の頃に住んでいた町だし、昨日も怪我したまま歩いた道だ。
なのになぜか、全く知らない道を進んでいる様な不安が湧いてくる。
……目の前の公園を抜ければ近道な気がする。
思い返すと、さっきから俺はずっとこの公園の外周を回っている気がしてきた。
同じ所をグルグルと周った所で目的の場所へ辿り着ける事なんてないのに。
「行ってみるか」
自分で自分に言い聞かせる。
そうでもしないとこの公園へ入る気が起きないのだ。
俺はなんとなく嫌な予感がして身体が無意識に避けていた、その公園へと足を踏み入れる。
パリンッ!と何かを割った様な音が聞こえると同時に嫌な雰囲気は消え去っていた。
……なんだよ嫌な雰囲気って?
オカルトかオバケか?
魔法と同じで、んなもん見たことねぇわ。
ビビってねぇビビってねぇ!
自分で自分に言い聞かせながら薄暗く、人の気配のまったくない広い公園を一人突き進む。
「うおっ!!?」
視界の端で何かが動いたのに反応し、変な声を出してしまった。恥ずかしくなって周りを見るが誰にも見られていないらしく安心した。
何が動いたんだ?猫か?タヌキか?ハクビシンとかか??
――いや、人間だった。それも多分、女の子だ。
薄暗いし仮面の様なものを着けているので顔はわからないがなんとなく同年代な気がする。
踊ってる……のか?
こんな薄暗い公園で深夜に一人で?
駅前の商業ビルを鏡代わりにしているダンサー集団は見たことあるけど……。
違うな。あれは踊ってるんじゃない。
舞っている。とでも言うのだろうか。
目を凝らせば相手が見えてきそうなほどの質感をもって舞っているのだ。
仮面を着けて舞うという神秘的なその姿に俺は柄にもなく詩的な表現をしてしまいそうになり、足を止めていた。
ふと、目が合った気がした。
「…………」
何を言ったか、なにを呟いたかは聞き取れないが、女の子の口が動いたのは見えた。
その瞬間、女の子はあり得ない勢いで後方へと飛んでいく。
まるでトラックに撥ねられたかの様に。
一人で踊っていてあんな風になるはずがない。
俺は頭の中で叔父の言葉を思い出してしまう。
『それは何処にでもいるし、何処にもいない存在』。もしそんなものがマジにいるなら今ここにいる可能性があるのか?
……今なら見なかったフリができる。
俺はここ数年、他人と関わるのは辛いことの方が多いからと思い、なるべく他人との関係を避けてきた。高校で偶然再会してしまった都成とバイト先の先輩である明日川さん以外とは会話らしい会話すらない。
それを今も行うだけだ。いつもと同じ。
平常運転だ。
見なかったフリをしてこの場を立ち去る。
ただそれだけ。
だって明日川さんと今さっき約束したばかりじゃないか。
「逃げ……て」
今度はちゃんと聞こえた。
同年代か、少し下の少女のような声。
ははっ……彼女もそう言ってるし逃げようか。
そんなフザケた思考すら浮かんできやがった。
――『デカいだけのクズ』『デクの棒』『デカいからって調子乗んな』『脳みそまで栄養届いてねぇだろ』――
叔父の住む町に越してきて転校した先でバカなガキどもに浴びせられたクソみてぇな言葉が無意識にフラッシュバックする。なんで今更そんなこと思い出したのかはわからない。
わからないけど……今、目の前で傷ついた女の子に「逃げて」って言われて、はいそうですかって逃げたら……あの頃の……言われっぱなしで、自分で自分を嫌っていた自分に戻ってしまう気がした。
つーかなんだよ『見えない敵』って。
バカらしい。
そんなのいるわけねぇ!
震える脚に喝を入れ、力無く倒れた少女のところへと向かう。
「おい……アンタ、大丈夫か?」
「っ!?なんでここに一般人が入ってこれたの?!――逃げて!」
悲痛な叫びにも似たその声を脳が言葉として認識した時、俺は残念ながら既に激しい衝撃を一身に受け、空を飛んでいたのだった。
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