助けられなかった少年と助けられなかった魔法少女の怪異譚
うめつきおちゃ
第1話 桜間の猛獣と呼ばれた少年
誰かがナニカと戦っている。
片方は人間に見えるがもう一方は……黒い影の様な物体が動いて……なんだあれは?生き物なのかすらわからないぞ。
俺はアニメか漫画の世界にでも来ちまったのか?
横顔しか見えないが見覚えのない小学校高学年くらいの女の子がビームを出して攻撃したり、逆に影の攻撃を避けたりしているのを俺はただ見つめている。
女の子がビーム?何を言っているんだ俺は。
さきほどからずっと必死になって動こうとしているのに俺の身体はピクリとも反応してくれない。
夢の中で走ろうとしても走れない様な……。
「……ああ、コレは夢だ」
そう自覚すると目が覚めた。
魔法少女?が戦う夢をまさか高二にもなって見るとは、我ながら自身の精神状態が心配になる。
魔法なんてものを夢に見るほど憧れたなんて記憶はないんだけどな。
だが、代わりと言っちゃなんだが、俺は超能力が使える。いわゆる超能力者ってヤツだ。
まず第一の能力が《起きた瞬間、時計を見ずに寝坊を察知する》というもの。
今も自然に発生している、その
部屋を出て洗面所でテキトーに顔を洗いリビングに行くと朝、叔父が淹れてくれたであろうコーヒーが残っていたのでそれを飲む、その冷たさで遅刻が確信になり、壁にかけられた時計を見て確定した。
――――――
「魂を喰らうモノ?」
「はい。私はそれを『
「つまり私はその
遅刻が確定したので焦らずのんびり着替え階下へ降りる最中そんな声が聞こえてきた。
どうやら叔父の仕事は今日も今日とて絶賛大盛況らしい。養われている俺としてはありがたい限りだ。
「?!」
階段を降りた俺の存在に先に気がついたのはソファに座った依頼人の女性の方だった。
しまったな。バレずに出て行こうとしたのに。
「?どうかしましたか?」
コチラに背を向けた叔父が訊ねる。
依頼人の女性は青ざめた表情を浮かべたまま何も言わない。
なにやら壮大な勘違いをしている気がする。
「……学校、行ってくるわ」
俺は依頼人の女性に軽く頭を下げてから叔父に声をかけた。
「
叔父は振り返り、インチキ霊能者から保護者の顔に早変わりした。
「あぅ!そうだったんですね!もしかして私にしか見えない霊的なものかと……」
「いえいえ、安心してください。彼は実在している普通の高校生ですよ」
なんとも残念な会話が聞こえる。
霊的な……か。
流石、叔父に相談に来る人だけあって中々に香ばしい。
仮に俺が霊だとして、地方の底辺高校の制服を着崩した高校生の霊なんて怖くもなんともないだろうに。
「でも、大変ですね。甥御さんのお世話だなんて」
心霊系の相談をしに来たはずの女性はいつの間にか普通の雑談を始めようとしている。
「……えー、まぁでも家族ですから何も大変じゃないですよ!なぁ?」
叔父は『早く行け』と目で訴えかけてくる。
「『見える人』を自称する人は大勢いますけどウチの叔父は本物ですよ。実際、俺は叔父によって救われた人をたくさん見てきましたから」
叔父の真似をして『依頼人の欲しい言葉』をかけてあげると依頼人は露骨に嬉しそうな表情を浮かべた。
嘘は言ってない。
叔父の仕事はソレをしてあげる事。様々な機械に囲まれ多くのことが科学で解明された現代にも
ほとんど詐欺みたいなもんだし、違法じゃないだけ、とも言えるが、救われたという人が実際にたくさんいるのだ。
つまりもう一度言うが、嘘は言ってない。
「んじゃ、いってくるわ」
「いってらっしゃい。キチンと勉強しろよー」
叔父の自宅兼事務所を出ると恰幅のいい中年の男性と銀縁の眼鏡をかけた鋭い目つきの男性が立っていた。
「おはよう
「……久留間さん。アンタたしか少年課にトバされたんじゃなかったんスか?」
「なぁに同じ部内のお手伝いってだけさ。……あまり子どもが大人の事情に知ったような口聞くもんじゃないよ」
ここ桜間市警の生活安全課の刑事だ。
五年前の事件の後、何度か顔を突き合わせたことがあったが。
まったく……居心地が悪い。
久留間のオッサンではなく、その隣の銀縁眼鏡が原因だ。コチラを睨みすぎだ、なんだよコイツ。
俺の訝しむ雰囲気を察知した久留間のオッサンが気を利かせて「あぁコイツは」と紹介しかけたのを遮るように男は早口で捲し立ててくる。
「昨夜未明、つまり今日の午前一時頃。隣町の東町公園でバットのようなモノを持った複数人の少年が騒いでいると通報があった。通報者によるとどうやら複数人がかりで一人を痛めつけていたらしい。通報者に気がつくと犯人と思しき少年たちは逃げて行ったそうだ。付近にいた警察官が来る直前に被害者の少年も逃げてしまった。が、その姿は特徴的で190センチ近い身長に
「……どうも初めまして、
「知ってるよ。《桜間の猛獣》だなんてたいそうな通り名があるんだろ?有名人だ」
意地でも俺なんかには挨拶がしたくないらしい。
そんな眼鏡の男の態度に業を煮やしたのか久留間のオッサンが再度紹介してくれた。
「はぁ……コイツは
久留間のオッサンは口に片手を当てて俺にだけ聴こえるよう小声で伝えてきた。
これが
「はぁ、……で?被害がなんだって?」
俺はワザとらしく両手を大きく広げ、自らが五体満足で無傷な姿を見せつける。
「……」
蘇我と呼ばれた銀縁眼鏡の男は黙って俺の身体をひとしきり眺めた後「特に暴行を受けた様な跡は無さそうですね」と久留間のオッサンに伝えた。
これが俺の二つ目の超能力。
《めちゃくちゃ怪我の治り早い》だ。
ガキの頃はそうでもなかったが五年ほど前から異常なほど怪我の回復が早くなった。全治数ヶ月はかかりそうな骨折が二日で治ったこともあるくらいだし、これは一つ目のそれと違い間違いなく超能力と言えるだろう。
「んじゃ、もう行っていいすか?遅刻したくないんで」
「……おかしいな。すでに十時半、遅刻は確定事項では?」
蘇我は腕時計を見て真剣そうにそう言った。
さてはコイツ冗談通じないタイプか。
「行っていいよ。被害者がいないなら事件もないって事にしておくけど……最近は色々と物騒だからね。あまり遅くまで出歩くのは止めておきなよ。叔父さんも心配だろうし」
久留間のオッサンは孫でも見るような優しい目つきでそう言った。
「ほんじゃ、失礼します。っとそうだ、蘇我さんだっけ?ちなみに言っとくと俺190もないっすよ。186センチ。だから被害者は俺じゃねぇっス」
「……通報者は女性だった。女性からすればどちらも高身長、数センチの違いなど恐らく誤差――――」
――付き合ってらんねぇ。
そう思った俺は蘇我の話を無視してさっさとその場を離れて学校へと向かうことにした。
――――――――
学校に着くとまだ三限目の途中だった。
授業中に入ると無駄に注目を集めるし教師に小言を言われるのがわかっているので授業が終わるのを廊下で待機する。
何の気なしに廊下の窓から外を見ると俺が使った裏門横の侵入ルートから一人の女子生徒が登校してくるのが見えた。
ブレザーのリボンから見るにまだ一年生なのに、そのルートを知っているとは俺と同じ遅刻常習犯だな。
なんて思いながら眺めていると女子生徒と目が合った。女子生徒はコチラに軽く会釈だけしてそそくさと走っていった。
その女子生徒は片腕を自分でやったのか、雑な巻き方の包帯で覆われ、メガネの下に眼帯もしていた。
……暴漢にでも襲われたのか?それとも虐待?イジメ?イカれた彼氏でもいるのか?
なんにせよ事件の香りがする。
久留間のオッサンよ、被害者のいない事件よりコッチを優先するべきだろ。
「何見てんの?」
そんなことを考えていると、いつの間にか授業が終わっていたらしく、クラスメイトで小学校六年生の時に俺が転校するまで幼馴染だった『
隣の席で都成関太郎。
……何もおかしくない。よくある名前だ。
「誰を見てたってわけじゃないけどさ」
「《誰》じゃなくて《何》を見てるか聞いたんだけど……その言い方だと誰か見てたんだ?」
都成はその如才なさを遺憾無く発揮し、コチラの言葉尻を捉えて踏み込んでくる。
さすが、男子たるものモテるための努力を惜しまず、同性相手でもよく観察し、洞察力を鍛えるべし。などと公言するだけのことはある。
俺は特に弁明する理由もないので素直に話す。
「……雑な巻き方の包帯と眼帯をした女子生徒を見かけたから見てた」
「おっ一目惚れってやつ?」
都成は少しイジるような嫌味っぽい笑顔を浮かべる。
「いや、外見だけで惚れるわけねぇだろ。ガキかよ」
「高二って世間からすれば普通にガキだと思うけど……まぁいいや、親近感でも湧いた?」
「親近感?同じ日に遅刻しただけだろ。俺が遅刻するのはいつものことだし、あり得ねぇ」
「相変わらず冷たいねぇ……。じゃあなんで見てたの?」
「なんでってお前、女子高生が眼帯だけでなく包帯まで巻いてたらなんか事件とかに巻き込まれたのかなって心配になるだろ普通」
人に冷たいとか言っておいて、なんだその質問は。
女子高生があんな怪我してたら失礼だとは思うが目で追っちゃうこともあるだろう。
……まぁ俺が他人に対して極力、興味を持たないようにしてるのは事実だから否定はしないが。
「あれ?もしかして知らないの?その子有名だよ。一年生の子でしょ?」
「知らねぇ。お前と違っていちいち『可愛い一年生いないかチェックしにいこー!』とかバカみてぇな事してねぇからな」
「棘があるなぁ。どんな子が入ってきたか気になるのは男子だったら普通だろ?」
「……はぁ、めんどくせぇから結論をくれ。なんで有名なんだよ」
「あの子は別になんの事件にも巻き込まれてないよ。普通に普通の厨二病」
「……血ウニ病?」
都成の呆れた表情を見るに、有名な病気らしい。
四限目を知らせるチャイムが鳴る。
都成は呆然としたまま自席へと座り俺も続くとコチラへ向き「頼むから厨二病を知らないなんて言わないでくれよ」と懇願して突っ伏した。
四限目の担当教員が入室してきて理解した。
なるほど、数学か……。
都成の寝息をBGMに俺はポケットからスマホを取り出して《血ウニ病》で検索をかける。
インターネットの集合知とやらのおかげで知ったが彼女のソレは所謂ファッションの一つだったらしい。
また一つ必要のない知識で数少ない脳の容量を使ってしまった。
ボソボソと呟き、教室の前列ですら耳を澄ませないと聞き取れないほど小さな教師の声が子守唄となり、隣の都成と同じように俺も眠りにつくのだった。
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