打餓鬼

馬耳 猫風

第1話 絵描き

先ず始めに、

軽く自己紹介をさせていただこう。

私の名前は福永優一(ふくなが ゆういち)。

しがない絵描きだ。年齢はー。。

40代半ばとだけ記しておこう。

絵描きとは言っても、泣かず飛ばず。

個展を開いても、通り掛かりに立ち寄ってくれるお客さんがチラホラいる。その程度だ。

普段は露店で絵を売りながら、似顔絵などを描かせて貰い、貧しいながら何とか生計を立てている。

だが、少しでも私が描いた絵を見てくれる。

『この絵、好きだなぁ。』『素敵な似顔絵ありがとう!』

そんな何気ない言葉や感謝の気持ちが有り難く、幸せになる。


…私には妻がいる。先程、記述した通り生活は貧しい。絵描きとは自分勝手だ。

絵を描き始めると周りが見えなくなる。

音も聞こえず、傍にいる人の存在すら忘れ。

何時間ともなく絵を描く事に没頭する。

だからこそ、妻・美訪(みどり)と添い遂げる事を決意した時、筆を置く決意も固めた。

だが。美訪(みどり)は許さなかった。


彼女との馴れ初めは、一枚の絵と花だった。

大学を卒業し、20代の頃から私が住む町から山に向かい小一時間程歩いた場所。木々が立ち並ぶ道の合間の少し開けた所に小川があり、春になるとその小川周辺に名もなき花が咲き誇り一面を彩る。

私はその景色を書くのが好きだった。

その日も、熱心に、自然への敬意と愛を込め、描いた。


うん。これは良い出来だー。


納得のいく絵が描けた私は上機嫌で帰路に着く。しかし折悪くポツポツと雨が降り出した。

ーーしまった。天気予報を見ずに来てしまった。

傘もない。絵の具や筆を入れたケースを懐にしまい、イーゼルスタンドを持った手で抑え、

肝心の絵は、使い切った色彩絵の具や失敗したキャンバスを捨てる為に持って来ていたゴミ袋を裏返し何とか濡れない様にした。

雨が本格的に強まる前に急ぎ、何とか屋根のある場所に避難出来た。

しかし体は濡れ、使い切ったとはいえ絵の具を捨てたゴミ袋を裏返して抱きしめていた為、服は汚れ、ストライプ柄のシャツは前面だけミリタリー柄と化していた。

何と言う間抜けさだ。私は己の愚かさに呆れた。

愕然としながらも、雨が止むのを待ったがー

ーなかなか止んではくれなかった。

そんな時、ベージュっぽいワンピースで白い傘を差した1人の女性が通りがかった。ふとこちらに気付き、目を向けてきた。

彼女は私の異様な姿に驚き、顔や服、手まで鮮やかに彩られた私を見て、

込み上げて来た笑いでニヤける口元を手で隠しながら、こちらに歩み寄ってきた。

それが現在の私の妻・美訪だった。


『傘をお持ちじゃないんですね。』


全てを理解したかの様な第一声には、明らかに笑いを堪えながら話をしたが為に声が震えていた。

ーー恥ずかしい。そう感じたが、あくまで平静を装った。


『え、ええ。天気予報を見ずに家を出てしまって、この様です。』


『暫くは降る予報みたい。大丈夫ですか?』


『まあ、何とか。予報も見ずに家を出た私が悪いので、止むまで待ちますよ。』


『あなた、画家さん?』


『ええ。まあ、そんな様な者です。』


『だったら、大切な商売道具が濡れたままじゃ不味いわ。それに、このままじゃ風邪も引いてしまうし。』


良かったらー と、差していた傘を閉じ、

私に差し出してくれた。

しかし、右手にイーゼルスタンド、左手に絵を入れた袋を持ち、懐にいれたケースを抑えていた為、その傘を持つ事は出来ない。


『ーあ。ごめんなさい!持てる訳ないわね。』


少し申し訳なさそうにし、

だったら と、相合傘を提案して来た。


『いえ、それは。初対面の方にしていただく訳には…。それに、見た通り汚れた袋があなたに触れたら服が汚れてしまう。』


『大丈夫ですよ。こんな姿の方を放ってはおけないし、私、絵が好きなの。』

ー変わった人だ。絵が好きだからといって

服が汚れても構わないと言うのだ。

少し笑ってしまった。すると彼女は


『何ですか?』と少し怪訝な顔をした。

私は慌てて

『いえ!ではお言葉に甘えてー』

まだ傘もない屋根の外に飛び出してしまった。

その私の姿を見て、彼女も慌てて傘を差しながら、


『もう!濡れない様にと思って一緒に入りましょうと言ってるのに!』


怒ると言うよりは叱る様な呆れ口調で言った。


『いやぁー、ハハ。』


2人でクスクスと笑い、雨の中を歩み始めた。

道中、自己紹介をし、互いの趣味や仕事について語った。

ーと言っても私は当時から定職に付かずアルバイトをしながら絵に没頭していただけだがー。

彼女は同い年で、花屋で働きながら一人暮らしだと言う。互いに好きな事について語った。

花の美しさ、儚さ。種類や花言葉などを語る彼女はとても魅力的に映った。

彼女が語り終えると、今度は と、絵の魅力や素晴らしさ、自分の夢などを語った。まるで子供の様に。

そんな私を彼女もまた、優しい眼差しで聞いてくれた。


ーー気がつけば雨は止んでいた。


そして、あっという間に彼女の家の近くに着き、別れる事になった。

私はハッと、彼女が花が好きな事を思い出し

正に今日描いた渾身の絵をお礼にプレゼントしようと思い、もし良かったらとゴミ袋から絵を取り出した。


喜んでくれるに違いない。確信を持っていた。

何しろ今までで1番の絵なのだからーー。


しかし、取り出した絵は様子が変わっていた。

突然の雨で絵が乾き切る前に袋に詰め、胸に抱いた事で、まだ柔らかい色彩が滲み、ボヤけてしまっていたのだ。ーショックだった。

呆然と絵を見つめる私の姿を見て、彼女が覗きこんで来た。


『あ、これはー。』こんな筈じゃなかったんだと言い訳をしようとする言葉を遮りながら


『素敵!!こんな絵は見た事ない。とても暖かくて、優しい絵ね。あなたの絵に対する愛を感じる。…素敵な絵をありがとう。また会ってくれる?』


そう言って優しく微笑んでくれた。

嬉しかった。『もちろん!』私は恋に落ちていた。

それから、互いの趣味や価値観の合う2人が結ばれるには時間は掛からなかった。


それが私と美訪との馴れ初めだ。

因みに、その時の絵は『美訪』と言う題名を付けてリビングに飾ってある。


ーー長々と惚気てしまい、見苦しく感じた方には申し訳ない。

だが、私は自分が世界一の幸せ者だと思う。

絵との出会い、絵を通じ、最愛の妻に出会えた事、そして『彼』との出会いもーー。








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