第45話 クロ

 翌日の土曜日。俺は黒猫に会いに堂道幸子さんの家に行く。有栖はもう来ているらしい。

 インターフォンを押すと堂道幸子さんが出てきた。


「いらっしゃい! さあ、入って入って」


「お邪魔します」


 まず目に飛び込んできたのは私服の有栖だ。薄い水色のロングのワンピースに白いシャツ。大人っぽい有栖なのに少女感もある服だ。「不思議の国のアリス」みたいだな。


「あ、たっくん! クロ、ここに居るよ!」


 有栖の言葉に我に返り、俺はクロの横に座った。


「元気にしてたか?」


 俺の言葉にクロは尻尾で床を叩いて返事をした。


「拓実君もコーヒーで良かったよね?」


「あ、はい。おかまいなく」


 堂道さんがコーヒーを持ってきてくれた。


「さ、ケーキ食べよう!」


「「いただきます!」」


 俺たちは有栖が買ってきたケーキを食べ始めた。


「今日、旦那さんは居ないんですか?」


 有栖が堂道さんに聞く。


「うん、朝からゴルフって言ってた」


「……旦那さんとはどうやって知り合ったんですか?」


 有栖が聞く。


「職場恋愛よ」


「そうですか……」


 有栖の声が少し暗くなった。


「なに? あ、学生時代に知り合って結婚とかがよかったんでしょ」


「そ、そんなつもりじゃ……」


「ふふ、いいのよ。確かに学生時代に付き合ってそのまま結婚ってなかなか少ないのよね。でも、私の友達には居るよ」


「そ、そうなんですか!」


 有栖の顔がぱっと明るくなった。


「うん、高校時代から付き合ってた子とか、友達だったけど卒業してから付き合いだして結婚したって子とか。大学で知り合ったパターンはもっと多いけどね」


「そうなんですね」


「有栖ちゃん、嬉しそうね。わかりやすすぎて、拓実君が困ってるよ」


「あ、そういう意味じゃ……」


「アハハハ、青春してるねえ」


 有栖は顔が赤くなっていた。

 こういう方向の話は困るな。俺は話を変えることにした。


「堂道さんは専業主婦なんですか?」


「ううん、仕事してるよ。これでもバリバリ働いてるから」


「そうなんですか」


「うん、東京の会社にリモートで勤務してるの。IT関係なんだ」


「すごいです!」


「すごくは無いよ。私、東京に出て働いてたんだけど、あんまり忙しくてちょっと体壊してね。それで熊本に帰ることになったんだけど、どうしても仕事を続けてくれって会社に言われてリモートでやってるんだ」


「やっぱりすごいですよ。旦那さんは東京で知り合ったんですか?」


「うん。横浜生まれのハマっ子っだよ」


「それでこっちに住んでるんですか」


「そうそう。私が熊本に帰るって言ったら、じゃあ付いていくって言ってくれて……その後、結婚したんだ」


「うわあ、いいなあ……」


 忙しくて体を壊した、か。昨日、有栖のお母さんに言われた話を思い出す。有栖も今の忙しさだと体を壊すかも知れない。本人は大丈夫って言ってるけど。


「まあ、有栖ちゃんなら絶対幸せな結婚できそうだけどね」


「そうですかね。私もいろいろなことに夢中になっちゃう性格なんで、それを許してくれる旦那さんじゃないと難しいだろうなって思ってるんです」


「だってよ、拓実君」


「え!?」


「アハハ、冗談冗談」


「もう、堂道さん……」


「幸子でいいよ。堂道は旦那の名字だし。二人見てると学生時代思い出すから名前で呼ばれたいな」


「分かりました、幸子さん」


「うんうん、これからもよろしくね」


◇◇◇


 幸子さんの家を出て、有栖と二人で帰る。まだ明るいし、何も言っていないが、何となく有栖の家に送っていく感じになっていた。


「たっくんはさっきの私の話、どう思った?」


「え?」


「だから、いろんなことに夢中になるお嫁さんを許せるかって話」


「俺は許せるな。そういう有栖をずっと見ていたい」


「ちょ、ちょっと! 一般論だから……」


「そ、そうか……そういう人、許せるよ。っていうか、いいと思う」


「そっかあ。いいと思うかあ」


 有栖は上機嫌だ。だけど、俺は言わないといけない。


「有栖、明日さ、俺の家に来てくれることになってるだろ?」


「うん! お料理作りに行くよ」


「でもさ、有栖、忙しいしすごく疲れてると思うんだ。明日ぐらい休んだらどうかな?」


「え!? それって……明日来るなってこと?」


「うん……有栖の体が心配だから」


「……冗談だよね」


「いや、本気だよ。休まないと――」


「たっくんの……たっくんのバカ!」


「あ、有栖!」


 有栖は走って行ってしまった。

 俺は慌てて追いかける。だが、有栖に追いつけず、そのまま有栖は家に入ってしまった。


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