第40話 大車輪

 生徒会室での俺たちの作業は単純作業だが、他の役員達の仕事はそうでは無かった。さまざまな質問が飛び交っている。


「谷崎さん、文化祭の各クラスの予算って……」

「それは今日もらった添付資料の最後に……」


「有栖ちゃん、引き継ぎの議事録作成終わったよ」

「はい、チェックします」


「谷崎さん、オープンスクールのイベントだけど去年何だったっけ?……」

「それはパンフレットがありまして、すぐ送りますね」


 聞いているとほぼ全部が有栖への質問やチェック依頼などばかりだ。会長は黙って何か作業しているだけで全て有栖にまかせっきりになっているような……


「有栖、なんかすごいね」


 杉本さんが俺にささやく。


「そうだな。まさに大車輪だ」


「私、ちょっと有栖の忙しさを甘く見てたよ。もっと支えてあげられるように頑張る」


「俺もだ」


 有栖はやっぱりすごいし、それにかっこいいと思った。


 しばらく作業を進めていると、分からないところが出た。備品の貸出記録が紙の台帳にはあるのだが、入力するところがないのだ。有栖は忙しそうだけど、聞くしかないか。


「有栖、備品の貸し出し記録って入力するところがないんだけど……」


「あれ? たっくんに備品の貸し出し記録も渡しちゃったっけ。これはまだ入力フォームができてないから、あとでいいよ」


「わかった」


 じゃあ、他の資料に取りかかるか。作業を続けようとしたときだった。


「えーと……有栖ちゃんに白木君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 その声にふと見ると質問したのは仲原里穂先輩だったが、他のメンバーもみんな俺たちを見ている。


「え、何ですか?」


「有栖ちゃん、今、白木君のこと『たっくん』って呼んでなかった?」


「あ!」


 有栖がしまったという表情で口を押さえる。やってしまった感が丸わかりだ。


「すみません、幼馴染みで昔からの呼び方が出てしまって……」


「そういうことね。いや、びっくりしたよ……」


 有栖、『白木君』と呼ぶことに頑張ってたのにやってしまったな。


「それに白木君も有栖ちゃんのこと、呼び捨てにしてたでしょ」


「あ!」


 しまった、俺の方が先に『有栖』と呼んでしまっていたか……。


「すみません、俺も……」


「幼馴染みの呼び方ね。いいのよ、別に隠さなくても。教室では隠してるの?」


「はい……有栖は何かと目立つんで」


「そりゃそうよね……うん、わかった。生徒会室では『有栖』と『たっくん』でいいからね」


「すみません……」


「俺ですら谷崎さんと呼んでいるのに……」


 月城がそう言って俺をにらんだ。そして有栖に言う。


「谷崎さん、俺も『有栖』って呼んでいいかな?」


「月城君が呼んじゃうと今まで以上に噂が広がっちゃうよ」


 有栖が言う。


「それもそうか。仕方ないな……」


「あー、やっぱり、あの噂、気にしてたんだあ」


 仲原理紗先輩が言う。月城と有栖が付き合っているという噂だろう。


「私たちも結構聞かれてるからね。あの二人付き合ってるのかって……」


「付き合ってませんよ」


 有栖が言う。


「そうです。この際だから言いますけど、俺、彼女居ますし」


「え、そうなの!?」


 月城の言葉に理紗先輩が驚いている。


「はい、他校に居ます」


「なんだー、やっぱり噂は当てにならないね」


「そうだぞ、生徒会役員がそんな噂に振り回されるな」


 赤嶺会長が口を開いた。


「ごめん、鏡花がいつも言ってるのにね」


「うむ。変な噂に頼らず、ちゃんと事実を見ないと。噂を信じてバラまくような役員は――クビ! だからな」


「はい……」


 会長はたまにしか話さないが、やっぱり威厳はすごいな。


「ねえ、白木君。碧唯ちゃんのことは名前で呼ばないの?」


 突然、理紗先輩が聞いてきた。


「はあ?」


 理紗先輩、何を言ってるんだ……


「だって、白木君、碧唯ちゃんに誘われて生徒会に入ったんでしょ。碧唯ちゃんの方が有栖ちゃんより仲いいんじゃないの?


「……そりゃまあ」


 そういう設定だったからこう言うしか無いか。


「だよね。でも有栖ちゃんのこと『有栖』って呼んでるのに、碧唯ちゃんには『杉本さん』でしょ。名前で呼んであげた方が碧唯ちゃんも喜ぶんじゃない?」


「あ、いえ、私は別に――」


 杉本さんは慌てて否定する。だが、確かにそうした方がこの設定の信憑性は増すだろうな。


「分かりました。杉本さん、これからは『碧唯さん』って呼ぶから。いいかな?」


「え、いいけど……」


「わあ! よかったね、碧唯ちゃん!」


 理紗先輩が言う。杉本さんは「アハハ」と笑ってごまかしていた。


「……よかったね、碧唯、たっくん」


 有栖がすごく低い声で言った。


「え!?」

「有栖ちゃんどうしたの?」


「なんでもないですけど。たっくん、後でお話があります」


「う、うん……」


 明らかに不機嫌になった有栖に生徒会メンバーは顔を見合わせる。まずいな……


「えっと……もしかして、そういう感じ?」

「谷崎さん、まさか……」

「私、やらかしちゃった?」


 そのとき、赤嶺会長の威厳のある声が響いた。


「諸君、生徒会室で見知ったことは他言無用だ。秘密をしっかり守ることは生徒会役員として最も大事なこと。それが出来ない役員は――クビ! だからな」


「「「は、はい!」」」


「わかればよろしい。有栖、今日は生徒会を早めに終わるから少しここを使ってもいいよ。鍵は返しておいてくれれば」


「あ、はい……すみません」


「うん、しっかり友人と話し合うようにね」


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