第12話 待ち合わせ

 歴史研究部の部室を出た時点では何のメッセージも来ていなかった。有栖はまだまだ時間がかかるのだろう。俺は公園に向かった。


 今日居たのは白猫と茶トラ。二匹ともなでてやる。例の黒猫は今日は出てこなかった。


 しばらくすると、有栖が現れた。


「拓実君、早かったね」


「俺も今来たところだよ」


「そっか……って、なんかデートの時のセリフみたいじゃなかった?」


「そうだけど、デートって待ち合わせって意味だからな。デートだろうな、これも」


「え、デートのつもりだったの!?」


「だから、そういう意味じゃ無いって。本来の意味で、だよ」


「そ、そっか……」


 少し有栖は顔を赤らめていた。腰をかがめ、茶トラをなでだした。


「拓実君、歴史研究部はどうだった?」


「そうだな。雰囲気も良さそうだし、入部することになりそうだ」


「そっか。じゃあ、部活があるときにはこの公園で会えるかもね」


 有栖はそう言って茶トラをなでる。しかし、有栖は何か話があるんじゃ無かったんだろうか。なかなか切り出さないのでこちらから聞いてみる。


「有栖……何か話があるんだろ?」


「え、話!? ……別に無いけど」


「……無いのかよ。時間あるかって聞くからてっきり……」


「あー、誤解させちゃってごめん。たっくんと久しぶりに会って猫なでたいなあって思っただけ」


「そうか……って、たっくん?」


 俺は驚いて聞き返した。確かお母さんが俺をそう呼んでたっけ。


「あ、ごめん! お母さんが『たっくん、たっくん』って言ってて、うつっちゃってつい……」


 有栖は驚くほど顔が赤くなっていた。


「た、拓実君……」


「いいよ、たっくんで。拓実君は言いづらいだろ」


「ごめん……たっくん、って呼ぶね」


 俺も少し恥ずかしくなり話題を変えることにする。


「でも、生徒会選挙の方はどうなんだ? 順調なのか?」


「うん、いろいろやることは多いけどね。どうやら他の立候補は居ないみたいで信任投票になりそう」


 やはり聞いていたとおりだな。


「うーん、でも、こういう話をしたくてここに来たんじゃ無いから。他の話しようよ」


 有栖は言った。


「他の話?」


「うん。ちょっと気分転換したくて……」


 そうか、今は有栖は生徒会関係の話ばかりしてるから俺と会って違う話をしたかったんだな。


「じゃあ、猫の話とか?」


「うん、いいね。あれ? そういえば黒猫ちゃんは?」


「今日は出てこなかったな。有栖が来ても出て来ないなんて珍しい」


「そうね。いつもあの藪の中に居るんだけど……」


「黒猫だから見つけにくいんだよな……でも、居ないようだ」


「どこ行ったんだろ……」


「猫は気まぐれだからな。そのうち出てくるだろう」


「うん……」


 あれ? 黒猫の話が終わったら、有栖と何を話せば良いんだ? しばらく沈黙が続いた。


「……遅くなっちゃったからそろそろ帰ろうか」


 有栖が俺に言った。


「そ、そうだな」


 俺と有栖は立ち上がった。気がついたら周りは結構暗くなっている。


「今日は送った方が良さそうだな」


「そう? 大丈夫だって」


「何かあって後悔したくないから。送らせてくれ」


「うん。わかった……やっぱり、たっくんはやさしいね」


「やさしくなんかないよ」


「ううん、やさしいよ。いつも相談に乗ってくれるし。それに教室では――」


「教室? 何もしてないだろ」


「うん、私に何もしてこないし……」


「それが優しいのかよ」


「うん。私と仲良くなった人って何かと教室でも絡んでくることが多くて……」


「まあ仲良くなったんだからな」


「そうなんだけど――そうなるといろいろと面倒くさくなると言うか……」


 有栖は注目されているし、そういうことも多かったのだろう。


「だから、たっくんは私に何も話しかけてこないってのがすごく新鮮だった」


「そ、そうか……」


 単に話しかける勇気が無かっただけだけどな。


「たっくんなら信頼できるかもって思って、いろいろ相談しちゃった」


 ぺろっと舌を出して俺を見る。


「あんまりむやみに人を信頼するなよ。悪いやつも居るぞ」


「たっくんはそんな人じゃないもん。私、信頼してるから」


「そ、そうか……」


「たぶんまた何か相談すると思うけど……いいかな?」


「まあ、俺なんかで良ければな」


 気がついたらいろいろ話して、有栖の家の前まで来ていた。


「たっくん、じゃあ、また明日」


「明日は土曜だぞ」


「そ、そっか。じゃ、また来週だね」


「そうだな。また――」


 そう言ったときだった。


「あ、拓実さん!」


 玄関の方から声がする。見ると有栖の妹の結梨ちゃんだった。結梨ちゃんは玄関から走って出てきた。


「お久しぶりです、拓実さん」


「結梨ちゃん、久しぶり」


「あ、名前覚えててくれたんですね。嬉しい!」


 俺に近づいてくる結梨ちゃんに有栖が言う。


「結梨、家に戻ってなさい。なんで制服のままなのよ」


「だって面倒くさいんだもん」


「着替えてきなさい!」


「はーい、お姉ちゃん、恐い。拓実さんも気を付けて」


 だが、その会話で俺は気がついた。


「結梨ちゃん、もしかしてその制服――俺の妹と同じ中学かも」


「え!? 拓実さん、妹居るんですか?」


「うん。中2」


「同じだ! 名前なんて言うんですか?」


姫菜ひな白木姫菜しらきひなだよ」


「姫菜ちゃんですね。同じクラスには居ないですね。私も今年転校してきたばかりなので、他のクラスまではあまりわからなくて……」


「転校してきたんだ」


「そうだよ、私が高校入学が決まってから、ここに引っ越してきたんだ」


 有栖が教えてくれた。


「そうだったのか」


 だから有栖の家が近いけど俺と同じ中学じゃ無かったのか。


「姫菜ちゃん、見つけたら声かけてみますね」


「あー……でも俺のことはあんまり言わないで」


「え、どうしてですか?」


「えっと……」


 有栖と友達なことは教室でも内緒だが、家族にも言っていない。有栖は家に来ていないのだから当然だけど。


「女子の友達が居るとは姫菜に言ってないからさ。なんか照れくさくて」


「そうですか。分かりました。姫菜ちゃん見つけても拓実さんのことは言わないでおきますね」


「うん、ありがとう」


「じゃあ、拓実さん、また!」


 結梨ちゃんと有栖は家に入り、俺も帰ることにした。


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