それぞれの生き方

はるかとおく。

ふざけないで

ふざけないで。


隣の部屋からそんな怒号がきこえた。若い男女が住んでいたはずなので、きっと男が浮気でもしたのだろう。


ふざけないでとはなんだ。本当に言われた人はふざけていたのか。ただふざけだと思いたい自分がいるから出てきた言葉ではないか、それを相手に伝えるのは相手が可哀想だ。

でも男の肩を持つわけではない。男が怒られることをしたのは確かだろう。

隣に住む人に聞こえてしまうくらいの怒りをつくったのは男だ、だから男は怒りを鎮めるために色々手を尽くさなければならない。でも私は言葉で反省を述べたって謝ったって、そこで許されてしまってはそいつが根から反省することは永遠にないと思う。

ひとつの失敗からすぐに学ぶ人は少ない。同じような失敗でも、失敗の原因は毎回違うからだ。でも彼が根から反省することがないのはそれとは別の理由、学ぼうとしないことも関わってくる。

そして失敗をしても謝ればなんとかなると思っている心があるからまた失敗を繰り返すのだとも思う。彼女の心がどんどん荒んでいっているのも知らずに。失敗をする度に、絶対何かが失われるのだ。

スケートボードを練習したら、体力が失われる。

ケーキをつくると、材料が失われる。

人の信用を失い、恨まれ、それでも成功の為に手を尽くしたなら、信用は倍になって戻り、恨みや呆れより尊敬の眼差しを浴びることになるだろう。

ケーキが美味しく作れたなら、ああこのために頑張った甲斐があったと思うだろう。失敗より成功の嬉しさが大きければきっとそう思える。


俺は馬鹿だから、何も考えていないからこうやって人の信用を無くしていくんだ。俺を少しでも深く知ったら、みんな俺を信用出来なくなるんだ。


失敗を悔やんでなんになる。悔やむくらいなら成功させろ。お前が多くのものを失ったなら、もっと多くのものを取り戻せ。失敗はそのためにある。失敗を活かせないのは、成功を諦めているからだ。そうしていつか、彼女に呆れられて、孤独を味わうことになるだろう。

それが、今の私だからだ。


お前は私じゃない。まだ。まだ今から本気で反省したなら、今までの行動を全て反省してこれからに活かすことが出来るなら、彼女の信用を取り戻せるのではないか。

私と同じ運命を辿らないでくれ、私みたいな、居なくなってから後悔する人にならないでくれ。



もう知らない。


ガチャ、バタン。


ああ……これは、もう駄目だったのか。お前は私と同じだったのか。いくら何を言われてもなんとかなると思い込み、結果彼女の心を傷付けていたことに気づけなかった私と同じだったのか。なら、せめて感謝は伝えておけ。何も言えずに別れてしまうと、この出来事が膿になって身体中に広がっていくぞ。

お前はまだすぐ帰ってくると思っているだろう。だが、このまま帰ってこないこともあるのだ。大きな失敗が積み重なれば、その分彼女の心は離れていくのだ。まだ間に合う。彼女を追え、追ってすまないと言え。彼女の心が離れないよう努力をするのだ。これが最後かもしれないぞ。


ガチャ、バタン。


おお、お前は追いかけたのか。私とは違うのか。


「ふざけてなんかいない、お前がふざけだとおもっているだけだ」

と言った。

「何度も同じ過ちを繰り返すお前の行動が、ふざけでなくてなんなのか。」

「同じ過ちと言っても、原因は毎回違うだろう。俺はふざけてなんかいないさ」

「1度目は友人の誘いで飲みに行ったことだったな。2度目は同窓会だったか。3度目は職場で言い寄られた。全てお前の心が浮ついていたのが原因だろうが。」

「確かに浮ついていたかもしれないが、それだって一時の感情だったさ。お前を愛しているのは本当だ。」

「何を言っているんだ。私がやめろと言ったことひとつ守れないで、何が愛しているだ。もういい、お前にこれ以上期待してもきっとお前は変わらねぇさ。私は出ていくよ。」

「はっ、信じてくれねえなら出ていくがいいよ。」

どうせいつもと同じように、お前は戻ってくるんだろ。



そのまま彼女が戻ってくることはなかった。








……もし、私が彼の立場に戻れたなら……。

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