ルンナの踊り子デビュー

1週間ほどしてモリーナの町での薬屋の商売も軌道に乗ってきた。口コミでお客さんが来てくれるようになったのだ。


痛み止めの薬や湿布薬の売れ行きなどが良く、すぐに売り切れてしまう。場所柄、すぐに効果が出る薬が売れ行きとなっていた。本日も早々に売り切れとなり店を閉めたところだ。


「マリーン様とルンナのキレイどころがいるから薬屋も繁盛しているのぉ」

「可愛いルンナ狙いの人が毎日、湿布を買いに来るのよ」

「そんな、マリーン様狙いのお坊ちゃんも毎日、栄養剤なんかを買いに通ってくるじゃないですか」

「何じゃと?それは聞き捨てならんな」

「確かにです。私達は午前中、港の荷下ろしなどする仕事をしていたので気づいておりませんでしたが……。ルンナ、お前だけでマリーン様を守れるか?」

「大丈夫です!マリーン様も慣れたものでうまくあしらってらっしゃいますよ!」


フロウの町でもマリーンのファンはいた。ここほど人が多くない町だし、ファンもほんわかしたものでキケンを感じることはなかったが。


「しつこくする者がいたら阻止せねばなりません」


ナインが不穏なことを言う。せっかくついたお客さんがいなくなったら大変だ。


「ナイン、大丈夫。困ったことが起きたら相談させてもらうから」


ナインは不安そうな顔をしてこちらを見ている。


(妹のような私達が心配でならないのね。ルンナも訓練されているとはいえ、まだ16歳なわけだし)


「ああそうだ、皆様にお伝えすることがあります!私、今日からテイさんの酒場で踊り子として働きます!」

「え、いつの間に決まったの?」

「えーと、お客さんに酒場を経営しているテイさんという方がいまして。踊り子を募集中だからぜひって!」

「いきなりできるの?衣装は?」

「衣装はお店で貸し出してくれるそうなので。踊りは身体が覚えています!」

「そうは言っても……酒場で踊り子だなんて、心配。……私も様子を見に行きたいわ!」


絶対行くのだ!という表情でリム達を見るとしぶしぶ了解してくれた。


「では、今日は酒場で夕食をとりながら様子を見ましょう。私も気になります」


リムが心配そうにルンナを見ていた。ベックは腰痛再発中なので宿で食事をする予定になっている。


夕方からの酒場の営業に合わせてマリーンはナイン、リムと共に薬草採取に町近くの森へ出かけた。ルンナは踊りのチェックをすると言って部屋に残っている。


「リムが薬草採取に付き合ってくれるのは久しぶりね」

「そうですなあ。お店の手伝いは何度かさせてもらってましたが」

「リム様も薬草に知識が?」

「いや、マリーン様の扱う薬草を見分けられるぐらいだが。薬はよく取り違えてマリーン様に注意されていたな」


頭をポリポリとかくリムはかつて鬼教官だったらしいが、マリーンは優しいリムの姿しか見たことがない。頭をかくリムの姿を、ナインが意外そうに見ている。


「リム様は少し変わられましたね」

「前もそんなことを言っていたな」

「今は良い意味で言いました。リム様が指導をしていた頃はとても厳しい方という印象でしたから」

「今は......? まあ、あの頃が懐かしく感じられるな」


少したれ目のリムはヒゲを触りながら懐かしむように言う。リムの右手の薬指には、シルバーのリングが光っていた。


リングについてマリーンが幼い時に何度か聞いたことがあったが、いつもはぐらかされていたので聞いてはいけないことなのかと、成長してからは一度も聞いていなかった。


「ねえリム、ずっとはぐらかされていたけど、その右手のリングはどういったものなの? 言いたくなければ言わなくてもいいんだけど……」


マリーンが言いにくそうにしながらずっと気になっていたことを聞くと、リムは表情を緩めた。


「……私にはかつて婚約者がいたのです。でも、彼女は病気でこの世を去ってしまいました。今もこうしてリングをはめていることで、彼女を感じているのです」

「……ごめんなさい。辛いことを言わせてしまって」

「良いのです。人は遅かれ早かれいつか死ぬものです。マリーン様が大人になられて人を愛することを知ったらきちんと話そうと思っていました」


リムに言われてマリーンはオムを思い出した。別れてからも心の中にずっと居続ける人だ。


「愛って偉大ね?」


リムとマリーンは顔を見合わせて微笑んだ。ナインは一人置いて行かれたみたいな微妙な表情をしていた。


「さて、今夜はルンナが踊り子デビューをするのです。我らも急ぎ薬草を摘んで戻りましょう」

「ええ」


黙々と3人で薬草を摘み、カゴいっぱいになると宿屋に戻った。


宿屋に戻ると、ルンナは化粧をしていつもの幼さが残る少女の表情とは違う魅力を持つ姿に変身していた。ベックが騒いでいる。


「お前達、ルンナに寄りつく輩を阻止するんじゃぞ!」


すっかり、ルンナを孫認定したらしいベックはとても心配していた。


「お任せください。それにしても化粧でここまでイメージが変わるとはスゴイな」

「リム様、それって褒めてます?」

「褒めている、というより美しくなりすぎて心配している」


リムの言葉を聞いたルンナは顔を赤らめる。マリーンも素直にリムが“美しい”と言うのを聞いてちょっと興奮してしまった。


リムはかつての亡き恋人を忘れられないと言っていたが、ルンナのことも大切に思い始めているのではないかと感じた。


「それではこれより、ルンナは踊り子デビューします!皆さん見守って下さいね!」


ルンナの張り切る声が部屋に響いたのだった。

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