初めての野宿

ラーゾォの街を抜けてしばらくすると、道は森の中へと続いていた。


「今夜は野宿になりそうじゃなあ」

「ベック様、野宿に備えた装備は一通りそろえてきましたので大丈夫ですよ。テントも積んでありますし。床も冷えないように敷物もあります!」

「ルンナ、ワシはおぬしと違ってもう歳じゃぞ。ヘタするとすぐに腰に来るのじゃ」

「腰痛が再発したら確かに大変ですね。ベック様が抜けられたら旅も心細いです!」

「まだ、リタイアするなんて言ってないぞい」

「テントまで積んできたのね。私、テントで寝るなんて初めてだわ」

「マリーン様は新鮮なことばかりですよね!私は訓練でテント生活は経験済です!」

「影の訓練って、色々なことをするのね」

「はい!リムさん達みたいな騎士は、定期的に野外訓練をしているからもっと慣れているはずですよ!リムさんが参加していたのはだいぶ前かもしれませんが」

「そうよねえ。色々と教えてもらおうっと」


そんな会話をしつつ夕方前に野営に適した場所を見つけると、テントを張る。少し離れた所で焚火をして、料理も作れるようにテキパキとリム達は準備していった。マリーンは何もかも新鮮でリム達の様子を興味津々で見つめている。


「リム達さすがね。手際がいいわ」

「姫様、本日は宿ではありませんが大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ。むしろドキドキしているのだから」

「ドキドキ、ですか?」

「ええ。だって、私は王宮かフロウの町の屋敷と昨日の宿にしか泊ったことがないのよ?初めてのことってワクワクするじゃない」

「でも、手洗いや風呂の設備がありません」

「何でもチャレンジだわ!」


張り切るマリーンを見て、ナインは驚いていた。旅に出たいと言ったのはマリーン自身だとは聞いていたが、野宿でも抵抗なく楽しんでいるとは......。王宮で見かける令嬢達は、野宿なんてもってのほかだろう。


ナインとリムは手早くテントを張ると、ルンナは食材を刻んでマリーンが具材を鍋に入れる手伝いをした。鍋を火にかけて一段落つく。


「マリーン様、煮えるまで水浴びに行きましょう!先ほど、周囲をチェックしたら泉がありました!汗を流せますよ」

「え、泉で水浴びするの?」

「はい!汗をかいたままでは気持ちが悪いですよね?」


マリーンは“泉”と聞いて、怖い思い出が蘇ったが、汗ばんで張り付いた衣服が不快だったので、水浴びに行ってみることにした。


泉のある場所についてみると泉は小さく、おぼれそうな規模では無かった。ルンナは素早くワンピースを脱ぎながら布を身体に巻き付けると泉にザブリと入る。


「ルンナ!いきなり泉に入るなんて!もし泉が深かったらどうするの!」


おぼれた経験から強く注意してしまった。


「マリーン様、心配いりませんよ!ホラ、透き通って底が見えますし。案外、浅いですよ?」


確かに泉は浅い。マリーンが泉でおぼれたことがあるのを知らないルンナは首をかしげている。マリーンは気を取り直すと、身体に布を巻き付けて泉に入り汗を流した。


泉から上がり身体を拭いて洋服を着ようとすると、ルンナはもうすでに洋服に着替え終わっている。


「ルンナ、着替えるの早いわね!」

「早着替えも私の特技の1つです!」

「色々できるのねぇ」


マリーンは年下のルンナが器用で色々とできてしまうので感心していた。王宮を離れて長く経つが、自分ができるのは薬作りぐらいしかないのかなと、ちょっと凹んでしまう。


「ルンナは特技がたくさんあって素晴らしいわね。私ももっとできることがあればいいのだけど」

「マリーン様は薬作りの知識がおありじゃないですか!スゴイことですよ!簡単にできることじゃありませんから!」

「......ありがとう」


ルンナに褒められるとマリーンは素直に嬉しくなった。


(私だって役立てることはあるんだよね)


自信を取り戻したマリーンはルンナと仲良く野営地に戻った。泉で水浴びをしてきたと聞いたナインが驚いている。


「泉は怖くありませんでしたか?」

「大丈夫!最初はちょっと怖かったけど、気持ち良かったわ! 後でナイン達も汗を流しに行くといいじゃないかしら」

「……オレは汗臭いですか?」


マジメな顔をしてナインが聞いてきたので、そういう意味ではないと伝えた。ナインは言った言葉をそのまま受け取るところがあって困る。


「さあさあ、マリーン様もルンナも、火の側で暖まってください。濡れたままでは風邪をひきます」


リムが焚火の側に置かれた丸太に座るように勧めてくれた。ルンナと一緒に座り、濡れた髪などを乾かしていると、時折吹く風が冷たく感じられて身震いする。すると、リムは毛布を持ってきてくれてマリーンの肩とひざにかけてくれた。


「ルンナは、オレのマントでいいか?」


テントには早々に休んでいるベックがいたので使える毛布には限りがあったらしい。ルンナはリムのマントを肩にかけてもらうと赤くなって照れている。


「ありがとうございます〜!リム様のマント、とってもあったかい~」


言われたリムはまるで子どもを見守るように微笑んでいる。今のところルンナの想いは一方通行みたいだが、マリーンは2人を見ていると温かい気持ちになってくる。


「ふわぁ〜、少し横になったらだいぶ楽になったわい。料理はできたかの?」


ベックが起きてきた。リムのマントに包まれたルンナに気付くと意外にも “おおっと、おぬしら、いいペアじゃなあ”などとからかっている。


(ベックったら私以外の恋路には寛容なのね)


ベックの反応に思わずプリプリしてしまうマリーンだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る