マリーンの企みと再びの言い争い
皆が準備に疲れ眠った頃、マリーンは寝床からコッソリと起きると密かに足音を忍ばせて屋敷を歩く。
幸い、荷物をまとめていた部屋はマリーンの部屋に近く、誰にもバレないで入ることができた。部屋に入ると明日馬車に積み込むための荷物を確認していく。昼間に大体のものがどこにしまっているかは確認済みだ。
ベックの荷物には旅の資金となるお金や貴金属がしまわれていた。マリーンは素早く貴金属の入った袋を取り出すと、同じ重さの砂袋と入れ替えた。取り出した貴金属の入った袋は近くの戸棚の中にしまう。
ふう、と一息つくと、また足音を忍ばせてそのまま屋敷の裏口から外に出る。扉を開ける時にキィと音がなったのでドキドキした。
外に出てみると満月で明るかった。月明かりを頼りにオムから届いた手紙を読もうとポーチに座る。
準備に忙しく手紙を読むヒマがなかったから、愛するオムの手紙をじっくりと読みたかった。オムのことを毛嫌いしているベックに手紙の存在を知られたくないのもあってこのタイミングになってしまった。
手紙の封を切って手紙を広げようとしたところで、あたりが突然暗くなる。
「何をしているんです!?」
ナインがいつの間にか後ろにいて影を作っていたのだった。足音が全く聞こえなかったのでマリーンは飛び上がるほど驚いた。
「ナイン!ビ、ビックリしたわ!!」
「こんな夜更けにそのような恰好で何をしているのです?」
マリーンは薄いコットン生地のワンピースを着ている。少し透け感があるとは言え、スケスケでもないので問題無いと思うがと、首をかしげる。むしろ、ナインの方が第二ボタンまで外しているから胸元が大きく見えて問題なんじゃ?と、思う。
「私の服装より、ナインの方が生々しいじゃない」
「そのようなことを言っているのではありません!あなたは女性です!夜更けに屋敷の外に出るなんてあり得ません!手に持っているのは何ですか?」
「手紙よ。オーナーから渡されたでしょ。昼間に読めなかったから月明かりを頼りに読もうと思っただけよ」
「こんな夜更けにこのような場所で読もうとするとは。一体、誰からなのです?」
「そんなのあなたに関係ないでしょ」
マリーンは隠すように手紙を背中の方へとやる。すると、ナインは怪しんだのか、背中に回したマリーンの手から手紙をヒョイととりあげると、勝手に読み上げ始めた。
「マリへ チャックの街に着いて順調な生活を送っている。君を早く迎えて一緒に暮らしたい……だと!?」
「ちょっと!プライベートな手紙を勝手に読むなんてサイテー!」
「姫様、これは恋文ではないですか! 姫様、まさかこの者と恋人関係だったのですか?」
「なぜ、あなたにそんなことを言わなくてはいけないのよ?」
「ことによっては旅なんてしている場合ではありません!質問に答えて頂きます!」
旅が中止になるのは絶対イヤだ。仕方なくオムのことをマリーンは説明した。リム達の監視の元、非常に清い付き合いであったこともちゃんと説明した。
「はあ、何をしているのですあなたは」
「ナイン、あなたさっきから失礼よ! 生きていれば、恋することぐらい誰でもあるでしょ?」
「そうかもしれませんが、オレが知るあなたはそんな方ではなかった……」
「は? 一体、いつのことを言っているのよ。9年も経ったのよ。あなただって誰かと恋したことぐらいあるでしょ?8歳も年上なのだから」
「オレは目の前のことを忠実にやり遂げることに集中してきました。恋などするヒマはありませんでした」
「はいぃ?」
マリーンは目の前で鬼マジメな表情で言うナインを驚いて見つめた。
(え、まさかこの人....1度も付き合ったことがないの……?見た目だけはモテそうなのに??)
「……ナインのことは良く分からないけど、私は小さい頃のままとは違うのよ。それに、勝手に人の手紙を読んではいけないって習わなかった!?」
「姫様、おっしゃる通りオレはあなたよりも8年長く生きています。あなたよりも常識はあるつもりです」
「どこが!? 勝手に人の手紙を読む人に常識があるですって? 私、あなたに9年ぶりに会うのを楽しみにしていたのに、こんな分からず屋になっていてガッカリしたわ!」
「ガッカリという点は、オレも同じです。あなたが旅に出たいなど言わなければ、オレは今頃、順調に将軍になっていたでしょうから」
この言葉を聞いてマリーンはカチンとしまくる。ナインの横暴ともいえる言動はソコだったのかと納得した。きっとワガママな姫様の道楽の旅に駆り出された、とでも思っているのだろう。
(失礼にもホドがある!私だって、薬学のためにシンビーの元へ向かうのだから!)
怒る気持ちはMAXだが、このままこの朴念仁にヘタな行動をとらせるわけにはいかない。どうにか納得させ旅に出なければと、深呼吸するとマリーンは口を開いた。
「……あなたはおぼれた私を助けてから順調に出世をしてきたわけよね?もちろん、あなたには実力があるのでしょう。実力があるならば少しくらい回り道しても将軍になれるはず。旅に帯同したくらいで焦るのはオカシイわね?」
「焦ってなどしておりません! 自信はあります。オレは忠実に任務を成し遂げて来たのですから」
「では、お父様に命じられた通り、まずは私を無事にウルスの街まで護衛することね。王様の信頼を裏切ってはいけないわよ?」
「……分かっております。あなたに言われるまでもない」
どうしても旅に出るのを阻止されたくないマリーンはわざとナインをあおった。ナインが無事に挑発に乗ってきたので、旅に出ることは叶いそうだが。ナインは朴念仁だが、単純なところがありそうだ。
「くしゅん!」
すっかり長話になってしまい、冷えてしまった。手紙を読んだらサクッと寝ようと思っていたのにと、マリーンは目の前のナインにイライラする。
「姫様、そのような薄着では風邪をひきます。戻りましょう」
ナインがマリーンの手をとる。握られた手からナインの体温を感じた。
「……温かい。あなた、体温高いのね」
身体を動かす職業だからか、自分よりも代謝がいいらしい。
「姫様がイヤでなければ、肩を抱いて暖めます」
「……は?」
何を言っているの?と、ナインを凝視したが、彼は鬼マジメな顔をしている。正気で言っているのか?一騎士であるナインが姫の肩を抱くなんてダメに決まっているだろうと、心の中でツッこんだが、彼は本気で言っていた。
(この人、朴念仁の上にズレてる……)
「そ、それはいいわ……それよりもさっきの手紙を返して」
「姫様が思い出として受け止められるならば」
「分かってるわよ。彼が伝えようとしてくれた気持ちを大切にしたかっただけ」
ナインから手紙を受け取ると、マリーンは丁寧に手紙を封筒にしまった。
「勝手に読み上げて申し訳ありませんでした」
「二度としないで」
ナインは何も言わなかったが、マリーンを部屋の前まで送ると大人しく去って行った。
マリーンは長い1日を終えたのだった。
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