町の人とのお別れと言い争い

「憧れてなど。そのような恐れおおいこと、オレは致しません」


固い声でナインが答えたので、マリーンは触れてはいけない部分だったのかなと感じた。かつてナインはよく姉のジュエルを見つめている時が多い気がしたので、つい軽い調子で言ってしまったが、ナインの中では苦い思い出となっているのかもしれない。


「そう、変なことを言ったわね。……これからよろしくね」


ナインは、マリーンが静養地に行ってからもしばらくジュエルの護衛として側にいたはずだ。そんなジュエルも隣国の王子と結婚してしまっているが。


(ナインがこんな反応をするところを見ると、お姉様をよほど想っていたのかしら……)


モヤモヤする思いがしたが、マリーンは3日後に迫ったウルスの街に向けた旅の準備を積極的に進めた。


いよいよ明日、出発となる前日、マリーンはフロウの町の人々に改めてお礼とお別れのあいさつに向かうことにした。本日、マリーンについて来るのはナインだ。ナインにはマリーンが商家のお嬢様で“マリ”と呼ばれていると伝えてある。


ワンピースを着たマリーンに合わせて、ナインもジレを羽織ったシャツにパンツというシンプルな姿だ。


「やあマリ!とうとう明日、出発だろ?コレ持っててくれよ」


青果売りのオジサンから新鮮なオレンジを渡される。ナインはマリーンに近づいて来た男を慌ててさえぎろうとしたのだが、マリーンはナインを押しのけると笑顔と共にお礼を言って受け取った。


ほかにもマリーンを見かけた町のおばあちゃんやら、子どもも同じように次々と野菜などを渡してくる。マリーンはお礼を言ってありがたく受け取った。


マリーンの代わりに荷物を持つナインはあっという間に両手にいっぱいの荷物を抱えることになった。


「あら、たくさんになったわね。オーナーに手提げ袋でももらいに行きましょう」


マリは酒場のオーナーの元に来ると、もらった品を入れる袋を用意してもらう。礼を言って受け取ると、オーナーが残念そうに口を開いた。


「マリちゃんもオムに引き続いていなくなっちまうなんて寂しいねえ......」

「しばらくいなくなるだけよ。また戻ってくると思うからその時はまたよろしくね」

「ああ、ぜひとも帰って来ておくれ。美人のマリちゃんと離れて嘆くヤツは、オムだけじゃないんだから」

「そんなことはないわ……」


やたらオムの名前を出されて焦る。ちなみにナインにはオムのことは話していない。


「オムから手紙が届いているよ。コレ、最後に渡したかったんだ」


オーナーから渡された手紙はオムの見慣れた文字で“マリへ”と書いてあった。


「ありがとう……」


マリーンはお礼を言ってオーナーの部屋を出ると、酒場に置いてあるピアノを眺めた。視線に気付いたナインはマリ―ンに話しかける。


「ピアノ、習われていましたね」

「ええ、昔ね」


ナインはピアノが好きだったマリーンを思い出して言ったのだが、マリーンがピアノを見ると悲しそうな顔をしたので不思議に思っていた。


マリーンとしては、ピアノを見るとどうしてもオムを思い出してしまう。受け取った手紙をすぐにでも読みたかったが、事情を知らないナインの前では読めない。


慣れ親しんだ酒場を出ると屋敷へと戻る道を歩く。


「……姫様が、町の者と気さくに話しているのを見て、驚きました」

「そう?薬販売していたのは話していたでしょう?親切でいい人ばかりよ」

「姫様が物売りなど、お辛かったのではないですか?」

「そんなことはないわ。充実していたし、人の役に立つことをしていたのよ」

「……そうですか。姫様のすることとはオレには思えませんが」

「そんな言い方しなくても......。ここでの生活は私にとっては宝物なのよ」

「そうだとしても、あなたは姫という立場です。いずれジュエル様と同じようにいずこかの国に嫁ぐ立場。商売など、あなたには必要がないことでしょう」

「はい?いずれどこかに嫁ぐとしても役に立たないとは言えないでしょう?」

「そうでしょうか。姫様のアラを探そうとする者も出てくるだろうと思われるのに、舐められる原因を作るのはどうかと。大国の姫が商人のマネゴトをしているのですから」

「何ですって!?」


マリーンは、薬販売を意義があることだと考えている。それを“マネゴト”とは何て言い草だろう。


「あなたは一般の方とは違うのです」


ナインは何の表情も見せずに淡々と言葉を述べる。


「王からあなたが不自由なく旅ができるように潤沢な資金を頂戴しております。これからは気品を保った姿で旅ができるようにいたしますので」


ナインの言葉に腹がただでさえ立っていたのに、旅までも指図されると思うと余計に腹が立つ。


「ナイン、あなた、会わないうちに随分と融通が利かない人になったのね」

「私は間違ったことは言ってはおりません」


話が通じない朴念仁へと変貌したナインにイライラしたマリーンはさっさと前を歩き始めた。だが、ナインは護衛として働くべくマリーンの前にサッと歩み出ると、先導し始める。そんなナインを見てマリーンは余計にイライラした。


(何この人。イラつく。こんなヤツだった??)


屋敷につく頃には険悪な雰囲気がMAXとなっていた。


「お帰りなさいませ。えーと……何かありました??」

「ちょっと意見の食い違いがあって」

「食い違い?これから旅を一緒にするんですから仲良くいきましょうよ~」

「ルンナと言ったな。お前も何て口の利き方をしているんだ」

「えぇ?ナイン様、厳しい……」

「こらナイン!“郷に入っては郷に従え”と言うだろう。ここは王宮ではないのだ」

「リム様もこちらで過ごす間に随分と変わられたものだ」

「何だと?」

「何を揉めているんじゃ、うるさいのう」


玄関先でモメているとベックが加わってきた。話を一通り聞いたベックが言う。


「ナイン、リムの言うことは正しい。そのようなガチガチじゃ、すぐにマリーン様が尊い方だとバレてしまうじゃろ。お前は若いから融通というものが分かっておらん。だが、おぬしの言うことも一理ある。マリーン様には気品を保っていただかねばならん」


やはり、このままだと気ままに楽しめる旅になりそうにない。これは絶対的にを実行せねばならない!とマリーンは思ったのだった

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