九龍都市法務局大罪官 Kowloon City Praetor Peccata Mortalia

亜未田久志

第1話 大罪官のお仕事


 時代は20XX年、世界の人口の一割が異能力者カンタレラに変異していた。

 この九龍都市クーロンシティはその異能力者カンタレラが人口の十割を占めている。それゆえに特殊な『法務局』が存在する。犯罪者が跳梁跋扈するこの都市ならではの超法規的機関、そしてそこに所属しているのが法務局の『大罪官』である。彼らには犯罪者に対する殺しの許可証ライセンスが与えられている。


 そんな九龍都市にはこんな言葉がある『罪を犯せば黒い外套ロングコートの死神がやってくる』と。


「離せ! 俺は何も知らない!」

「はいはい、犯罪者はみんなそう言うのよ〜」

「イラ……早く殺そう……」

「グラは焦り過ぎ、まずは情報を聞き出してからでしょ」

 それぞれ赤銅色の髪と青銅色の髪をした双子の中学生くらいの少女が椅子に縛り付けられた成人男性を前にそんなことを言っている。双子の服装は特徴的な黒い外套ロングコート

「死神め……」

「あらら、それ言っちゃう? 私たちは優しい方だよ? エースなんかが来たら銃で身体中穴だらけにされるんだから、拷問よ拷問」

「あれは死神というより悪魔」

 そこに一人分の足音。

「誰が悪魔だって?」

 拳銃を片手に持った黒い外套ロングコートの少年。双子よりは大人びて見えるがその銀髪碧眼のフォルムは兎のようで印象的には可愛がられそうなタイプだった。

「はあ!? なんで死神が拳銃なんか持ってるんだ」

 椅子に縛り付けられた男が純粋に疑問を口にする。

「なんでいちいちお前に説明しなきゃいけないんだ?」

 少年はおもむろに撃鉄を起こし引き金を引く、リボルバーから弾丸が放たれ成人男性の足先を撃ち抜く。

「ッ――!?」

 声にならない悲痛な叫びがその雑居ビルの一室に反響する。

「あーあ、やっちゃった。私しーらない」

「ボクも……しらない……」

「どうせ殺すんだから別にいいだろ」

 すると椅子に縛り付けられた男は汗を滲ませながら笑みを浮かべる。

「そうか……お前が……無能のエースだな」

「すぐに死にたいんだなお前」

 エースと呼ばれている少年は怒気を含んだ声音で男の眉間に銃口を突き付ける。

「あっエースの馬鹿!」

 男が笑みを深くする。

「この瞬間を待っていた」

 エースが突如、部屋の壁まで吹き飛び叩きつけられる。

 男は椅子や縄からも解放され調子を確かめるように腕をぐるぐる回している。

「難儀だよなぁ、異能力者カンタレラも。発動条件なんて誰が決めてるんだか」

 双子のうち、グラと呼ばれた赤銅色の少女は男と対峙し、イラと呼ばれた青銅色の少女はエースの下へ向かった。

「接触型発動系……でも無機物は判定外のはず」

。ズルくないだろ。俺が決めたわけじゃない」

 接触した有機物に対するサイコキネシスの異能力者カンタレラ。それによる連続殺人の犯人がこの男だった。

「どうやって……その使い勝手の悪い能力で五人も殺せたの……?」

 先に説明した通り、この九龍都市の住人は皆、等しく異能力者カンタレラである。つまり自衛の手段などいくらでもあるということだ。

「ああ、そのことか、簡単な話だよ、酒やらヤクやらに酔わせただけだ」

「殺人罪に……違法薬物……役満」

「ハッ! 何点くれるんだ?」

 男がグラの下に駆け出す。触れてねじ曲げて殺す気で。しかしその時だった。半透明の膜のような物がいきなり現れたかと思いきや、雑居ビルの一室を包み込む。

「いってぇじゃねぇかクソ野郎」

 エースが立ち上がっている。

「なっ!? 確かに殺したはずだ!」

「丈夫な身体は資本です……いてて……もう絶対殺す……」

 打ち付けた身体のダメージを隠そうともせずにエースはそのまま拳銃を男へ向ける。

「んな玩具でッ!」

 そこで男は近くに居たグラの頭を掴んだ。グラは何故か抵抗しない。

「先ずはコイツを殺す! それが嫌なら――」

「ああ、それ無理、お前はもう俺の範囲内エリアにいる」

「無能の異能力者カンタレラ……?」

「そう呼ぶなつってんだろうが!」

「言ってたっけ」

 イラが茶々を入れたがエースは無視する。

「さっき異能力者カンタレラには発動条件があって難儀だつってたか? そこには同意見だねクソ野郎。俺の能力ちからは相手の能力を観測しねぇと使えねぇからな」

「じゃあこの膜は……!」

「ああそうだ。この範囲内エリアじゃ誰も例外無く異能力者カンタレラじゃなくなる。その中で唯一の攻撃性を持つのが誰か……分かるよなクソ野郎」

 そうそれは拳銃を持つエースただ一人。例え男が純粋な暴力で人質のグラを害そうとも、それより早く弾丸は標的を撃ち抜く。

「……こ、降参だ。じ、自首する! だから見逃してく」

 一発の破裂音、それは男の眉間が撃ち抜かれた音。

「もう聞こえちゃいないだろうが教えてやるよ。この九龍都市じゃ『犯罪者は皆殺し』なんだとさ」

 そう罪の重さ軽さは問わない、九龍都市の法を犯した時点でその人間から生きる権利は失われる。そして法務局から派遣される七人の大罪官から地の果てまで追われることになる。治安最悪のこの世で最も地獄に近い都市と呼ばれるこの場所に安寧は存在しなかった。

「はい撤収撤収」

「いやエース、あんたわかってんの? 今回の任務はこいつをただ殺すんじゃなくて薬物売買のルートを掴むことだったんだけど?」

「任務……失敗……」

「あー……ああー……」

 怒りっぽく、後悔しやすい。それが怠惰の罪エースというコードネームを与えられた少年の性質だった。

 憤怒イラ暴食グラはといえば。

「これ私たちも反省文書かされるやつ?」

「……多分」

「うえー」

 などと言っている。

 これが九龍都市でまことしやかに囁かれる黒い外套ロングコートの死神、その正体。三人は肩を落として残る四人の大罪官なかまの待つ法務局への帰路につくのだった。

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