第3話

 次の日。理菜は学校へは行かなかった。



 ──こんな状態で行けない。

 ──怖くて行けない。家にひとりでいることも出来ない。



 昨日、帰ってから母親と駿壱が何かリビングで話していた。部屋の中で布団に包まりながら、微かに聞こえてきた声。

 でも耳には何を言っているのかまるで入って来ることはなく、ただひとりが怖くてベットの中で泣いていた。




「リナ、おはよう」

 と、母。

 今日の朝は母親がまだいた。

 弁護士をしている母親。いつも何か仕事を抱えている。


「ママ。お兄ちゃんから何て聞いたの?」

 答えない母親は、理菜に隠れて泣いていた。母を悲しませてしまった。そのことに罪悪感を覚えた。


「ごめんね。ママ……」

 理菜は母親にそう言った。母親は理菜の手を握り締めて笑った。

「いいから早く学校に行きなさい」

 そう言われて、制服に着替えた。

制服がダメになってしまったあたし。昨日、百合に制服を貰った。理菜の学校の卒業生で、まだ持っていた。



「リナ。またあとで新しい制服買いに行こうね」

 家を出る時、母親はそう言った。その言葉に理菜は頷いた。



 家を出た理菜は、学校とは逆の方向に歩いていた。なんとなく学校には行けなかったのだ。

 ブラブラと歩いて、時間をやり過ごした。でもひとりではいられなくてポケットの中に入ってるスマホを取り出した。

 中学入学祝いに買ってもらった白いスマホ。その中のある番号を押していた。



『……もしもし』

 電話の向こうの機嫌が悪い声。駿壱は何やらご機嫌ナナメのようで、声が怖かった。



「……お兄ちゃん」

 そう呟くように言うと『ああ』と電話の向こうで答えた。

『どうした?』

 その声は機嫌が悪いながらも理菜のことを心配してくれてるようで、でも、手が震えて何も言えないでいた。



『リナ』

 理菜は電話を持つ手が震えていた。自分の兄に電話しているのに、どうしてこんなにも震えてるんだろう。


『お前、学校どうした』

 電話の向こうの声はだんだんと優しくなっていき、理菜はほっとした。




「お兄ちゃん……」

 理菜はそう呟くように言うと、大きく息を吸った。

「今、どこ……?」

『今?一応、学校にいるぞ』

「……そっち、行っていい?」

 その問いかけに兄は不審に思い『なにかあったのか』と聞いてきた。理菜は何もないと答えて電話を切った。




 向かった先は駿壱が通う鷹丘高校。レベルが高い鷹丘高校だけど、なぜか不良たちも多い。頭がいい学校のわりに不良が多いのは入ってからレベルについていけなくなって、不良化する人がいるという。

 駿壱は元から不良だったけど。




 鷹丘高校に着くと、校門の前に駿壱がいた。理菜の顔を見ると、こっちに近付いて来た。


「リナ。お前学校は?」

 その問いに首を横に振る。その行動に駿壱は「はぁ……」と深いため息を吐く。


「なにやってるんだよ」

 理菜は何も言えない。あんなことがあった後に、何もなかったかのように学校に行く事が出来なかった。

 ひとりでいられなかった。あのクラスに溶け込む勇気がなかった。



 人と接することが怖くなっていた。




 そんな理菜に気付いているのか、気付かないでいるのか。

 駿壱は理菜を鷹丘高校の中へと連れて行った。

 ──部外者が入っちゃダメなんじゃないの?

 そう思うけど、駿壱に何も言えない。言ったら怒鳴られると思うと何も言えない。

 それに理菜が、そんなことを言えるような状況じゃない。だから駿壱に連れられて歩いていた。


 昇降口で駿壱はこっちを振り向き、「ここにいろ」と言うので黙って頷いた。

 駿壱は理菜を置いて廊下を歩いて行く。昇降口から見える駿壱の後ろ姿に、理菜は不安な気持ちになった。



 ひとりでいることが不安。

 また何か起こるんじゃないかって不安だった。

 どうしようもなく、怖くてその場にしゃがみ込んでしまった。しゃがみ込んだまま、涙を堪えていた。

 ──どうしてこんな思いをしなきゃいけないの。なんであたしだったの。

 そんな考えがグルグルと頭の中を回る。でもいくら考えても、答えなんか出ない。それは分かってる。



「リナ」

 顔を上げるとそこに駿壱がいた。そしてその隣には良樹もいた。そしてもうひとり、良樹と同じ顔をした人が立っていた。

 その人を見て、理菜は怯えた顔をしていたんだと思う。駿壱が理菜の傍に立っていてくれた。



「一樹。俺の妹だ」

 一樹と呼ばれたのは良樹の双子の弟。同じ顔をして理菜を見ていた。

「似てねーな」

「煩せぇよ」

 そう言って駿壱は理菜を立たせる。そして理菜をちらっと見て、頭に手を置く。そのまま、理菜の肩を抱いて歩いて行く。



 校門の前には一台の車が停まっていた。見るからに高級そうな、そしてヤバそうな車。

 駿壱はその車のドアを開けると、理菜を押し込んだ。

 ワケが分からない状態の理菜。それなのに、何も言ってくれないことに不安になる。

 理菜の隣にに駿壱が乗って来て、その隣に良樹。助手席には一樹が乗った。

「出せ」

 良樹がそう言うと、車はゆっくりと動き出した。


 相変わらず何も言ってくれない駿壱に不安が募る。だけど駿壱の手は、理菜の肩を抱いたまま。その力は強くてそして優しい。

 駿壱の手の熱が、理菜を少し安心感を与えていく。それでも何か言って欲しくて言って欲しくて。

 理菜は下を俯いていて、唇を噛んでいた。


 無理やり駿壱のところに来たことを怒っているのか、それとも他に何かあるからなのか。

 不機嫌な駿壱が隣にいる。

 それが他の人にも伝わっているのか、車内の空気が重い。そんな空気を打ち破ったのは、助手席に座っている一樹だった。



「しかしよー……」

 その声に顔を上げると、一樹が煙草を吸いながらこっちを振り返っていた。

「ほんとに金色なんだな。目も青だし」

 理菜の容姿のことを言ってる。理菜はこの容姿のことを言われるのが、好きじゃない。

 一樹の言葉に不機嫌な顔をする。その顔を見て一樹は笑った。

「言われるの、嫌なの?」

 そう言うと、理菜は頷いた。

「でもなんで?」

 今度は良樹の声が隣から聞こえた。声だけ聞いてると、全く判別つかない。もちろん、顔も似ているんだけど、髪形のせいで判別がつく。


 良樹は金色の髪をしている。一樹は銀色の髪をしている。そしてふたり共、鋭い目付きをしていた。

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