バナナは、おやつに入りますか?

@JULIA_JULIA

バナナは、おやつに入りますか?

 修学旅行を一週間後に控え、六年二組の教室内は、にわかに盛り上がっていた。あちらこちらの席で会話に花を咲かせている生徒たち。彼ら彼女らは、その多くが友達との一泊旅行を楽しみにしているのだ。そんな中、このクラスの女性担任が、パンッパンッ、と手を叩いた。


「はい、みんな。静かにして」


 小名月おなづき 郁子いくこ、二十七歳、独身。それが、このクラスの担任である。彼女は今、ホームルームをおこっている。


「じゃあ、いま配った【旅のしおり】を開いて下さい」


 生徒たちの手には、小冊子。その中には、修学旅行の日程や注意事項などが記載されている。皆が【しおり】を開くと、小名月おなづきは話を進める。記載されていることに関し、一つ一つ丁寧に説明をしていく。生徒たちにとって初めての修学旅行は、担任である彼女にとっても、初めての修学旅行である。とはいえそれは、教師となってから───という意味である。


 小名月おなづき 郁子いくこは教師になって四年目。六年生を担当するのは、初めてのことである。よって修学旅行の引率をするのも、初めてのことである。だから些か緊張している。彼女が入念に【しおり】の内容を確認しているのは、そのためでもある。


「おやつは、一人五百円までです。修学旅行の前日までに、各自で買い揃えておいて下さい」


 そこで、一人の生徒が手を挙げた。


「どうしました?」


 小名月おなづきが問うと、手を挙げていた男子生徒は席を立つ。


「五百円以内なら、なにを買ってもイイんですか?」


「はい、構いません。五百円のおやつを一つだけ買ってもイイですし、五十円のおやつを十個でもイイですよ。みんな、好きなモノを自分で選んで揃えて下さいね」


 これも、一つの教育である。金銭の使い方、計画的な買い物の仕方。それらを学ぶ貴重な機会である。とはいえ六年生ともなれば、ほとんどの生徒は既にそのような機会を得ている。しかし中には、そうではない生徒もいるのだ。そんな生徒たちのため、小名月おなづきは「自分で選んで」と発言した。


「お弁当の果物は、おやつに含まれるの?」


 一人の女子生徒が手を挙げることもなく、言った。すると、隣の席の男子生徒が注意をする。


「おい。先生に聞くときは、ちゃんと手を挙げろよ」


 些か喧嘩腰に注意した男子生徒。そんな様子を見た小名月おなづきは、自分の教えにキチンと従おうとするその男子生徒の姿を微笑ましく思う。


 小名月おなづきは日頃から、「発言する場合は、まずは手を挙げて下さい」と言っている。そのため、その男子生徒は注意したのである。


「ゴメン・・・」


 注意された女子生徒は悲しげな表情を浮かべ、俯いてしまった。そんな女子生徒をかばうため、小名月おなづきは男子生徒に言う。


「まぁまぁ、落ち着いて。ありがとね。たしかに手を挙げてから発言してくれないと、先生も困っちゃう。

でも・・・、もう少し優しく注意してあげましょうね」


 その言葉により、男子生徒は隣の女子生徒に謝罪をした。素早く対処して、二人の仲を取り持つことに成功した小名月おなづき。彼女は些か自信を感じながら、宙に浮いていた女子生徒の質問に答える。


「お弁当の果物は、おやつには含まれません。でも、お弁当の中にチョコレートやビスケットを入れてきては、ダメですよ」


 流石にそこまでのことをする生徒はいないだろうが、小名月おなづきは念のために告げた。優しく微笑みながら、冗談めかして言った。するとまた、一人の生徒が手を挙げた。小名月おなづきがその男子生徒を指名すると、彼は質問を始める。


「お弁当の中に入ってない果物は、どうなるの?」


「ミカンとか!」


 質問を補足するように、大きな声が響き渡った。別の男子生徒が手を挙げながら、叫んだのだ。指名をされていないにもかかわらず発言したことは、ルール違反にも思われる。しかし小名月おなづきはそのことには目を瞑る。修学旅行を前にして、生徒たちは興奮気味。だから多少のフライングには、目を瞑ることにしたのだ。


「ミカンは、おやつには含まれません」


 小名月おなづきのその言葉のあと、またも叫ぶような声。


「バナナは、おやつに入りますか?」


「バナナはです」


 反射的に答えてしまった小名月おなづき。彼女にとって、バナナは間違いなくである。夜な夜な使っているである。だからその返答に間違いはないのだが、教室内の生徒たち全員の脳内には、クエスチョンマークが浮かんだ。そんな彼ら彼女らの顔は、一応にキョトンとしている。それを見て、小名月おなづきは慌てて言い直す。


「バ、バナナは、おやつには含まれません!!」


 激しく顔を赤らめた小名月おなづき。しかし生徒たちは、その理由など知るよしもない。しかし小名月おなづきの激しい口調を聞き、萎縮してしまった生徒たち。よって修学旅行の当日には、誰一人としてバナナを持ってくることはなかった。


 担任である小名月おなづき 郁子いくこを除いては。



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