第2話 原作主人公確保
あぶねぇぇぇ!!なんちゅう悪魔を召喚してくれてんだよこの主人公は!
いや、分かってたよ。仮にも前世でプレイしたゲームの中の主人公なんだから、物語の始まりにあたる高校での悪魔召喚はそれなりの格の奴を呼ぶってことは知っていた。だけど、今の俺が手も足も出ないような奴だとは思わないじゃん。
今回俺が勝てたのは悪魔に対するメタを十全に備えていたからで、あれと出合い頭に戦えなんて言われたら俺はまずどう逃げるかを考えるね。
それくらいの大悪魔だったし、初手の不意打ち結界がなければ俺は今頃死んでいただろう。そもそもあの悪魔が校舎全体に張っていた結界を俺が突破したことに気づいていなかったのが幸いだった。
普通なら結界が破られるなんてことがあればまず術者に勘づかれるはずなのだが、恐らく受肉のタイミングと重なって気づかれなかったのだろう。
俺の十年分の貯蓄を解放して手に入れた護符は十全に効力を発揮しているが、この悪魔相手だとどこまで持つか。
俺自身が転生者だってことを見破れるほどの技量を持った悪魔だし、底が知れねえ。
さて、そろそろ完全に日が沈む頃だ。下校時刻まではまだ猶予があるから、この気絶した主人公サマは適当な教室に寝かせておこう。勿論、俺も最後まで面倒を見るつもりだ。近くに視聴覚室があるからそこでいいか。
というか、俺の帯刀を誰かに見られたら面倒だな。認識阻害の護符を持って来ればよかった。
気絶した人間って案外重いのね。
△
この世界に転生して早十七年。この世界が『エーテルの鍵』というゲームの世界だと気づいたのは生まれて間もない頃だった。
赤ん坊のころから自我を持っていた俺は、日本に生まれたこともあって言語の習得をする必要が無かった。既に習得済みだからである。そんな俺がまず行ったことが、生まれた年代がいつなのかを知ることだった。
これがもし、1900年代前半だったとしたら世界大戦に巻き込まれるなんて恐れがあったから、当時はそりゃ必死になったものだ。だが、そんな憂いもすぐに杞憂と化した。
赤ん坊の状態で部屋を見渡せば、テレビにエアコンと言った電化製品が当たり前のように普及していたからである。それを知った俺はひとまず安心した。平和な現代日本に生まれなおしたのだと。これから第二の人生を歩むことができるなんてね。
だが、そんな心の平穏も長くは続かなかった。ある日、テレビから聞こえてきたニュースキャスターの声に俺は肝が一気に冷えたのを今でも覚えている。
『三年前の大事件、【終末の十日間】その復興と新たに発見された新種のエネルギー【エーテル】の研究が進んでいます』
俺が生まれた年から三年前だから、今から二十年前に引き起った大災害【終末の十日間】それは、突如として人間が化け物へと変形し、見境なく他の生物を襲いだすという怪奇現象。それが全世界で同時に発生したという事実。
この言葉を聞いた瞬間、俺は一つの確信を得た。ここはゲームの世界だと。しかも、界隈ではそれなりに有名な所謂鬱ゲーの類であることも思い出した。
『エーテルの鍵』というタイトルのこのゲームのジャンルはビジュアルノベルで、幾つものエンディングがあることで有名なのだが、問題はそのエンディングがほとんどバッドエンドというところにある。
割と簡単に人は死ぬし、何といっても主人公の境遇が笑えないほどに鬱なのだ。
その身に悪魔を宿した主人公は様々な勢力に狙われることになる。大まかなストーリーはそんな感じだ。まあ、主人公が狙われる理由は他にもあるのだが。
そんな世界に転生した俺だが、普通に勘弁してほしいと思う。何がって、そんなことを知っているのに呑気に
日常生活を謳歌できるかというところだ。道端を歩いていたらポッと化け物がポップするような世界で、なんの対策もせずに一般人として生きようなんて言う図太い精神は持ち合わせていない。
確かに、前世でだって運が悪ければ死ぬだろう。だが、俺は何もできずに理不尽な死を遂げることなんて許容できない。
それに何よりも、俺はハッピーエンドが好きなのだ。主人公の境遇が真っ暗闇なこんな世界で、俺が黙っていられるわけがない。たまにはダークな世界観のゲームでもやるかと思ってプレイしたが、やはり俺はハッピーエンドじゃないと認められないのだ。
「…………ん、んぅ」
「おっ」
そんなこんなで視聴覚室に主人公君を保護して数分。彼はようやく目を覚ました。
「気づいたか。気分は、怠いとかそう言うのはない?」
「……特に問題はないかな。強いて言えばちょっと頭痛がするくらい」
その程度で済んでいるのか。あれほどの高濃度のエーテルを宿した存在を受肉させるってだけで並みの人間なら拒絶反応すらなく爆発四散してもおかしくないんだが、やはり『鍵』としての性質を宿しているだけあるな。
「……それで、ここは?」
「ああ、視聴覚室だよ。何の変哲もない教室の一つ。特に変な空間に転移したとかそう言うのは無いから安心して」
「そっか……。えっと、君は確か同じクラスの上圷君だっけ」
「うん。俺は
「よろしく。俺は
「じゃあ俺のことも宗司と呼んでくれ」
軽く自己紹介をしつつ、俺たちは握手をした。まあ、顔見知りだしこれからもよろしく的なニュアンスが多分に含まれていたけれど。
「それで、累はどこまで覚えてる?」
さて、では現状の説明と行きましょう。
俺の見立てでは悪魔に乗っ取られていても多少は記憶が残っていると見ているが。もしそうだとしたら色々と配慮する必要があるからな。
「ん?覚えてるってどういうこと?」
「…………ん?ああそういうことか、いやなに、覚えてないならいいんだ」
「え?あーそれなら全部覚えてるよ」
「え?」
「え?」
ぜ、全部!?いやそんなバカな。原作では記憶が虫食い状態だったはずだけど……。
考えられるとしたら、俺が介入したからだろうが、記憶を失わないように配慮した覚えはない。……もしかして、護符か?封印が上手くいきすぎて器である累に悪影響が行かなかったとか。
「マージか。つまり、あの悪魔に憑りつかれてる間も意識ははっきりしていたと」
「まあ、そうだね。凄かったよ、まるでアニメみたいで。場違いなのは重々承知してるけどかなりワクワクした」
累のその台詞に俺は苦笑いをする。
気持ちは分かるんだ。超常現象が目の前で起こったら男たるもの興奮するというもの。だけど、今後累が歩むであろう道筋を思うと安易に共感することもできない。
まあ記憶がハッキリしているなら好都合だ。これから説明することの説得力が段違いになる。特に記憶があるからと言って不都合はない。
………なんか見落としてる気がするんだよなぁ。致命的なことがバレてる気がする。
『貴様、転生者だな?』
────あ。
いやまだだ!まだ誤魔化しは効く!世界を跨いだ転生なんてのは流石にこの世界だろうと現実的じゃない。あの悪魔にもバレてないはずだ。ならまだ何とかなる。それに、累が気にしない可能性もある。
「ゴホン。さて、覚えてるならいいんだ。現実とは思えないことが起こった訳だし」
「うん。でも、エラーやエーテルが存在するこの世界で今更悪魔なんかがいても不思議じゃないかも」
「……意外と図太いんだな。まあいいや、何か聞きたいこととかある?これから色々と説明しないといけないけど、疑問点は先に解消しといた方が良いかもしれないし」
最早悪魔をその身に宿した累に無関係は貫けない。
本当なら悪魔が召喚される前に対処したかったのだが、なんであんな所に召喚されかけの魔法陣が描かれていたのかが分からない。毎日警戒は怠らなかったはずなのだけど。
「じゃあそうだな、あの悪魔について教えて欲しい」
思考の海にダイブしていた俺の耳に累の疑問が届く。考え事は一旦止めて、彼の質疑応答に集中するか。
「【終末の十日間】は知ってるだろ?」
「もちろん。二十年前の大災害でしょ?」
「そう。そして、その時に新たに発見された新種のエネルギー【エーテル】についても知ってるね?」
「ああ」
さて、ここからは説明ターンだ。
今から二十年前に発生した【終末の十日間】と呼ばれる大災害は、その日に突然現れた【エーテル】によるものということは最早世界の常識だ。未知のエネルギーが突如として地球に発生し、世界中の生物はその身にエーテルを浴びた。
その際、エーテルに適応できなかった者は
「ここまではいいな?」
「まあ、小学校で習う内容だからね」
ここからが本番だ。実はこの事件の真相は半分は正しく、半分は間違っている。
ここからは突拍子もない話になるが、この地球には二つの世界が互いに干渉しない次元に存在している。一つは俺らが存在する世界【物質界】そしてもう一つが、地球が内包しているエネルギーが蔓延した【エーテル界】だ。
この二つは異なる次元に存在しており、通常この二つの世界が出会うことはない。だが、なんの因果か二十年前にこの二つの世界は接触した。
接触と言っても大したことはない。人間で例えるのなら指先の細胞同士がほんの一瞬だけ触れ合ったようなもんだ。だが、効果は絶大だった。その接触の際に流れ込んできた極々僅かなエーテルによって事件は起こる。
「……スケールが大きすぎて実感が湧かない」
「でしょうね」
「でも、なら悪魔はその【エーテル界】に存在していたってこと?」
「当たってるとも間違っているとも言えるな」
「というと?」
「続きを説明するぞ」
この世界同士が接触したことによって二つの世界はほんの僅かに混じり合った。その結果、【物質界】にはエーテルが、【エーテル界】には人々の感情がなだれ込んだ。
エーテル界は元々何もない世界だった。生物どころか空間すらおぼつかないような、世界と呼べるのかすら分からない次元だったんだ。だが、二十年前に物質界の影響を受けたことによって、人々の信仰、恐怖、崇拝、嫌悪、憧憬などの感情が流れ込む。
その結果、万能のエネルギーとも呼べるエーテルはそれを形にした。悪魔、天使、神霊、悪霊、妖怪、そういった魑魅魍魎やドラゴン、妖精、精霊のようなファンタジーまであらゆる空想を具現化したわけだ。
「……つまり、俺の中にいる悪魔はエーテル界から召喚された一体ということか」
「そういうこと」
「でもそれって危険じゃないか?エーテル界から化け物が侵攻して来たら人類は成す術がないんじゃ」
「尤もな疑問だな。だけど安心していい。エーテル界の存在はこちらでは存在を保つことができない」
「なんで?」
「エーテル濃度が薄すぎるから。ちなみに、その悪魔は累に受肉するという形で現界しているから、消滅せずに済んでるんだ。悪魔らしくルールの穴を突いているわけだな」
「いやダメでしょそれ」
まあそうなんだよな。普通にアカン。
そうしてひと段落ついたところで、俺は持ってきていた水筒の水を飲み酷使した喉を潤すのだった。
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