ハッピーエンド至上主義者は鬱ゲー世界をぶっ壊す

ねうしとら

第1話 初っ端から山場

 何の変哲もない放課後の公立高校。日没に近い時間帯で、教師以外のほとんどが既に帰宅している閑散とした校舎内。そこで一人の青年が脇目も振らずに走っている。

 

 その面貌は恐怖と焦燥によって塗りたくられている。『廊下は走らない』という、日本人ならば誰もが一度は聞いたルールもその青年にとっては今や道端の石ころ並みに些末なことだった。


 息も絶え絶え、心臓は破裂しそうなまでに鼓動している。

 

「クソッ……!!なんでよりによって不適合者エラーがここに……!」


 たまらず悪態を付く青年だが、事態は一向に改善しない。


 不適合者エラーと呼ばれたのは、今現在青年を追いかけまわしている化け物である。その容貌はとても人間とは言い難いが、さりとて全く人間でないとも言い難い。

 それは浅黒い肌を持ち、上半身が肥大化している化け物。身体中から黒い棘のようなものを生やしており、顔は黒い影のようなもので覆われている。そこから覗くのは白く光る無機質な双眸だけだ。


 まるで理性を持っているとは思えない二メートル越えの超人は、その大きな両手と不釣り合いな両足で野生の獣のように青年を追っている。


 校舎内という複雑な構造の建物内であるから辛うじて追い付かれていないが、これが障害物のない広大な広場のような場所であったら、青年は一瞬にして捕らえられていただろうことは簡単に想像できる。


(もう……体力がない……)


 彼らが追いかけっこをして既に十分以上の時間が経過している。それに加え、ここまでで青年は教師などの他の人間に会うことは無かった。


 誰かに頼ることもできず、ただ逃げ惑うだけではこの現状を突破できない。最早万策尽きたかと諦めかける。


『……い。……裏に来い』


「なんだ……!?」


 青年の体力、精神力共に力尽きようとしていたその時、彼の脳内に直接声が聞こえてくるという超常現象が発生した。


『その化け物から逃げ切りたいのなら校舎裏に来い。さすればその障害を一掃して見せよう』


 その声に、青年は迷った。目の前には自分を害そうとする化け物がいる中で、果たしてどこの誰とも知らぬ声に従ってよいものかと。

 その迷いは正しい。だが、果たして迷っている暇が彼にはあるものか。


「GraaaaaaaaaaAAAAA!!!」


 咆哮を上げた怪物が校舎を破壊しながら迫ってくる。


「考えてる暇はねえか!」

 

 未知の脅威よりも目の前の脅威を排除することが、彼にとっては重要だった。





 

 △





 校舎裏へと命からがら逃げ延びた青年の目の前にあった物は、幾何学模様の図形であった。そう、有り体に言ってしまえば。


「……魔法陣」


『それに手を触れるんだ。そうすればこちらとそちらが接続される』


 怪物から逃げている時は一切聞こえなかった声が再び脳内に響き渡る。青年にとっては、神秘的にも禍々しくも見えるその魔法陣に触れるかどうかをここに来て迷っていた。


 言ってしまえば厄ネタの気配がプンプンするのだ。これが週刊誌だったら召喚された異形をきっかけに、友情、努力、勝利なハートフルバトルコメディが始まること請け負いである。そのため、安易に触っても良いものかという理性が働く。


 だが、決断はすぐそこまで迫っている。



 ドン!という大きな地響きと共に、死は背後に降り立った。


 沈みかけの夕日に、異様に伸びた爪が照らされる。あれに貫かれたらお陀仏だろう。

 振り返った青年は、目の前の怪物が放つプレッシャーに気圧される。


『早く触るんだ!死んでしまうぞ!』


「……ッ!」


 ええいままよ!と彼は魔法陣に飛び込むようにして触る。その瞬間、魔法陣を中心に眩い光が辺り一帯を包み込む。そして、魔法陣の光が収まった時、そこには青年一人が佇んでいるだけであった。


「……さて、契約に応じ召喚された訳だが、まあまずはそこの成り損ないを始末するとしよう」


 しかし、彼は異様な姿を取っている。額からは二本の角が生え、背中からは一対の蝙蝠のような翼が生えている。尾てい骨辺りからは一本の黒く細い尻尾が揺らめいている。


 突如として姿が変わった青年に驚くこともせずに、ただ本能のみで襲い掛かるは彼を散々追い回していた怪物だ。しかし、青年が右手を翳した瞬間、怪物の上半身はまるで水風船のように破裂した。


「契約は履行した。では、代償を頂くとしよう。そうだな……なら、この肉体を貰い受ける。安易に悪魔の発言を真に受けてはいけないよ」


 自身を悪魔と言った青年の肉体を得た何かは上機嫌に手を閉じたり開いたりして、自信の肉体となった青年の体を堪能している。


 ふと、空から複数の紙切れが降ってきた。空気抵抗を一切受けていないのではないかと錯覚するほど一直線に地面に降り注いだそれは、ピタリと地面に張り付く。そして、それぞれを頂点として五芒星の形を成した。


 五芒星の中心には悪魔がおり、結界のように彼を閉じ込めている。


「これは……。エクソシストか!」


「ちげぇよ。お前の基準で話をするな、ややこしくなる」


 五芒星の結界で悪魔を閉じ込めた張本人であろう青年がゆっくりと歩いてくる。腰に刀を装備している以外はどこにでもいそうなただの高校生といった外見の青年だ。着ている制服もこの高校の物だろう。


「ったく、強固な結界を張りやがって。突破するの大変だったんだぞ」


「……これは驚いた」


「あ゛?てめぇ何アホ面晒してやがる。これから殺されるってのに呑気なもんだ──」


「貴様、だな?」


 唐突な悪魔の発言に面食らう青年。その反応が愉快だったのか、口元を歪めて愉悦を隠そうともしない悪魔に青年は眉間に皺が寄る。


「……なるほど。流石は『悪魔』、魂の観測には一家言あるか」


「その珍妙な魂を視れただけ、受肉した甲斐があったというもの。だが良いのか?オレを殺してしまえばこの器も死ぬぞ?それに、この小癪な結界の解析ももうじき終わる」


 余裕な表情の悪魔の様子に、青年が若干強張る。


「時間はないぞ?さあどうする。オレを殺すか、オレに殺されるか。二つに一つだ」


 最早考えるべくもない選択肢を突き付けられ、覚悟を決める青年……ではなかった。

 ニヤリと口元を歪め、してやったりと彼は愉快そうに笑う。


「二つに一つ?なんで悪魔なんかの言うことを聞かなくちゃならねえんだ」


『安易に悪魔の発言を真に受けてはいけない』。悪魔すら認める、悪魔と対峙した時に心がけるべき意識だ。


 そうして、青年は懐から一枚の護符を取り出した。


「万が一のために持ってきておいて良かったぜ。かの安倍晴明にルーツを持つ超強力な封印札。ま、かなり高かったんだが」


「なるほど。だがそう簡単に封印されると思うな――!」


「遅い!」


 五芒星の結界を壊される刹那、青年はタッチの差で悪魔の額に護符を貼り付けることに成功した。

 護符を貼られた悪魔は意識を失い、額の角と背中の翼、尻尾が消えて元の青年の姿に戻った。

 

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