第25話
「翡翠」
見ると戻っていったはずの雹藍が、いつの間にか二人の横に立っていた。
翡翠はヨミの短剣を雹藍に見せて、彼に訴える。
「雹藍様! この者、短剣を隠し持っていました! 今すぐ牢に入れなければ……!!」
雹藍は差し出された短剣をしばし見つめたのち、静かな声で言った。
「ヨミ殿から手を離せ、翡翠」
「しかし……!!」
反論しようとする翡翠に、雹藍は冷たく鋭い視線を向ける。
「離せ。命令だ」
「はい……」
翡翠は大人しくヨミの襟元から手を離すと、一歩下がって俯いた。雹藍は彼と彼の持つ短剣を見比べた後、ヨミの方を振り向いた。
「何故、短剣を?」
「……護身用です」
まっすぐ雹藍の顔を見て告げる。
彼はヨミの表情を推し量るかのように見つめた後、静かに「そうか」と言った。
「翡翠、短剣をヨミ殿に返すのだ」
「……」
翡翠は憎々しげな瞳で睨みながら、短剣をヨミの胸へと押しつける。
ヨミがそれを受け取った後、雹藍は軽くヨミに頭を下げた。
「すまない、ヨミ殿。不快にさせたようだ」
「いえ……。ありがとうございます」
取り上げられるかと思っていたヨミは、驚きながらも頭を下げる。
雹藍は一瞬目を伏せた後くるりと三人に背を向けた。
「ヨミ殿とナパル殿は部屋に戻っているといい。茶の片付けは、誰か別の者に行かせよう。翡翠は共に来るように」
「はい、雹藍様……」
歯をかみしめながら俯く翡翠を置いて、雹藍はその場を再び去って行った。
「ヨミさん、私たちは戻りましょうか……」
ナパルに促され、ヨミは部屋の中へと戻る。程なくして侍女が二人部屋を訪れ、茶器と皿を片付けていった。
すべてが終わった後、寝衣に着替えたヨミは寝台の上にどさっと腰を落とした。
「どうしよう……。まさか短剣が見つかるなんて……」
「初日そうそう、ですね。けれどあの陛下の反応はどういう事なのでしょうか? ヨミさんの台詞でごまかせているとは思えませんし、普通なら翡翠さんの言っていた通り、今すぐ捕まって死刑、のような気もするのですが。まさか短剣まで返すなんて」
小鳥の姿に戻り膝の上で首を傾げるナパルに、ヨミはうなだれながら答えた。
「わかんない……。一旦安心させておいて、後から捕まえてどん底に突き落としてやろうって魂胆かも。処刑するには回り道だけど、相手はあの氷帝だし」
ヨミは寝台の上に仰向けに倒れ込む。天蓋の複雑な文様が、ぐるぐると回っているような気がした。
良くて死刑。悪くて死刑。どのみち死刑だ。
油断させて隙を狙う計画だったのに、これではすべてが台無しである。
皇帝を殺そうと決めた時から死ぬ覚悟はできていたが、まさかこんなに早くその状況に陥るとは。
しかしこうなった以上、死ぬ事ばかりを考えていても仕方がない。
奇跡的に、短剣はこの手の中に戻って来たのだ。
「処刑される前に殺すか、道連れにするか……。計画を変えなきゃいけないなぁ……」
目を閉じて呟くヨミ。その横で、ナパルが僅かに曇らせていた。
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