第21話
「準備が、できました」
翡翠が茶の用意を整えて片方の椅子を引き、「どうぞ」と皇帝に声をかける。それを真似したのか、ナパルも皇帝の真正面の椅子を引いてヨミに座るよう促した。
「では、私は一度下がります」
「私も、ですね。また後で、ヨミさん」
翡翠とナパルは二人並んで部屋の外へと出て行った。ぱたりと扉が閉じられて、二人きりの時間が訪れる。――即ち、沈黙である。
ヨミは困惑しながら必死になって笑顔を保つ。なにせ目の前の皇帝は、口も開かず茶も飲まないまま、じっとヨミを見つめているだけなのだ。
歓迎の挨拶と翡翠が言ってたから、なにか言いたいことでもあったのかと思ったのに、これはどういう反応なのだろう。
戸惑いながら、ヨミは彼と向かい合う。
そしてそのまま数分が経過。
額に汗が滲むのを感じたが、しかしいまだに皇帝が話始める気配もない。
殺すには絶好の機会だったが、あいにくヨミの短剣は布団の下に入れたままだ。離れた寝台まで取りに立てば、雹藍の胸に突き立てるまでに外に逃げられてしまうだろう。
しかしもう、限界だった。
皇帝より先に話すのは不敬に当たる。そんなことを兄が言っていた気がするが、これ以上の沈黙は耐えられそうにもない。
「あの、陛下? なにか私にお話でもあったのですか?」
堅い笑顔を浮かべつつ、ヨミは皇帝に尋ねる。怒られる事を覚悟で口を開いたが、しかし彼はそんな素振りも見せなかった。その代わり、相変わらずの顔で一言こう言った。
「……雹藍だ」
「はい?」
「呼び名だ。雹藍と、呼んで欲しい」
「雹藍、様?」
「敬称は、いらない」
「では、雹藍?」
ヨミがそう呼ぶと、雹藍はふいと自分の茶に目を落とし、なめらかな手つきでそれを口に運ぶ。どうやら満足したらしい。
確か蒼龍国では皇帝を名で呼ぶことは禁じられていたはずだが、良いのであろうか。しかし思えば翡翠も雹藍様と呼んでいたような気もするし、この皇帝はその辺りの規則に関しては寛容なのかもしれない。それにしても、雹で作られた藍とは。まさに民衆から氷帝と呼ばれる者にふさわしい名前だと改めて思う。
ヨミも皇帝――雹藍に続き、目の前に置かれた茶を口に運んだ。慣れない異国の飲み物は、ほとんど白湯と変わらない程に薄かった。
そして再び訪れた沈黙。
雹藍は茶をちびちびと飲みながら、相変わらず何も話し出す気配がない。
せっかく話を切り出したのに、どうやらこの皇帝は話を続ける努力というものを知らないようだ。
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