推してたVライバーは妹でした〜リアルでは冷たいのに配信ではブラコンを発揮しています〜

上洲燈

第1話 推しは妹でした

今日も推しであるアネモネちゃんの配信が始まる。

 強力Wi-Fi、超ハイスペックのデスクトップPC、最高画質のモニターに超高級ヘッドフォン。

 配信を極限まで楽しむための機材は今日もバッチリだ。


 はやる鼓動を必死に鎮め、配信が始まるのを今か今かと待ち侘びる。


『アネモネです!みんな今日も来てくれてありがとう!』


 Vダイバーであるアネモネちゃんの配信が始まった。


 VDiverダイバーとは、Virtual Dungion Liverのことで、ホログラムを全身にまとい、声や姿を隠したままバーチャルの姿でダンジョンに挑む配信者のことである。


 世界中にダンジョンが出現し、それと同時に人類が特殊な力に目覚めてからというものの、希少な資源やモンスターの素材を求めてダンジョンに挑む冒険者や、その様子を配信する配信者が活躍するようになった。

 今ではダンジョンから持ち帰った技術の進歩により、Vダイバーの数が増えている。


 その中でも急速に注目を集めている超人気配信者こそが、俺の推しであるアネモネちゃんだ。


〈シラン:待ってました¥50,000〉


「わっ!シランさん今日もありがとう!本当に嬉しいけど、いつも言ってるように無理はしないでね」


〈恒例行事〉

〈挨拶代わりの上限〉

〈シランさんマジで何者だよ、石油王だろ〉


 シランというのは俺のアカウント名である。

 配信が始まればひとまずはこうして挨拶をするようにしている、俺のルーティンのようなものだ。

 しかし俺についてコメントで言及するやつはダメだな、アネモネちゃんに全力で集中しろ。


『事前に告知していた通り、今日は雑談配信を行います!』


 人によればダンジョン配信が一番動きもあって見ていて面白いと思うかもしれないが、俺に言わせてみればナンセンスだ。

 雑談配信こそが推しのことを深く知ることができる絶好の機会だ。


 特にアネモネちゃんは雑談が一番の魅力であると言っても過言ではない。


 受け答えがしっかりしているし、その中でも優しさや気配りできるところが滲み出ている。

 かと思えば冗談も言えたりイジり役にもイジられ役にもなれたりと、ハッキリ言って非の打ち所がない。

 そして一番の魅力は──


『そう、もうすぐバレンタインだよね。みんなは渡す予定とか、誰かから欲しいとかある?私はもちろんお兄ちゃんに手作りのチョコ作るつもりなんだ♪』


 この子がお兄ちゃんっ子なところである。

 普段はやはり配信ということを意識しているのか、冷静さを失うことはないのだが、この時だけは素を見せてくれるのだ。


〈やっぱりお兄様に渡す予定なんだ〉

〈何にするとか決めたの?〉


『それが全然決まらなくて困ってるの。やっぱりちょっと特別なものを渡したいんだよね』


 どうやら困っているらしい、ここは少し力になってあげたい。


〈シラン:好みとかさり気なく聞いてみたらいいんじゃない?〉


『それが難しいんだよね……恥ずかしくて上手く聞けないというか』


〈兄妹なんだから気にしないで大丈夫!〉

〈そうそう、思い切って聞いてみたらいいじゃん〉


『でも答えてくれるかな、なんでもいいとか言われたら余計困っちゃうし』


〈それじゃあ一個作るもの決めておいて、『食べたいものある?無ければこれにするけど、できればリクエストに応えたい』みたいな言い方してみたら?〉


『そんなの恥ずかしいよ〜』


 両手で顔を覆いモジモジとするアネモネちゃん。

 普段こういう姿が見れないからこそ、やはり雑談配信こそが至高なのだ。


〈シラン:応援してる、がんばれ!大事なのは勢い!¥50,000〉

〈また来たww〉


『ええ⁉︎こんな応援されたら頑張るしがないじゃん……わかった、やってみる!』


 アネモネちゃんの後押しができたらしい、力になれたのならこれ以上のことはない。

 それから少しして配信は終わったのだが、俺は言い表しようのない満足感に包まれていた。


 するとその余韻を掻き消すようにスマホの通知が鳴った。


「げ、協会からか……」


 呼び出されたものは仕方がない。

 俺は気持ちを切り替えて冒険者協会の本部へと向かった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お疲れ様です、メール見てきました」


「おお、富士野ふじのけいくんか。助かるよ」


 本部に着くとかなりのお偉いさんが出迎えにきた。


「実はとあるSランクダンジョンで活性化の兆候が見られてね、君に調査をお願いしたいんだ」


「俺しかいないんですか?」


「今すぐ動けて、尚且つ信頼のおけるのは君だけだよ」


「わかりました、すぐ終わらせます」


「いつもありがとう、報酬はいつもの口座に振り込んでおくからあとは頼むよ」


 頼まれた以上は仕方ない、さっさと済ませてしまおう。

 それにこれも推し活のためだしな。



 

 なぜ高校生が推しに1日10万以上平然と使うことができるのか、それは俺が世界に100人程度しかいないSSランク冒険者の一人だからである。

 

 もちろん初めからそうだったわけではない。

 きっかけはアネモネちゃんのグッズ展開が始まった時だ。

 何としても揃えたいと思ったが、高校生の財力では厳しく、バイトをしてもどうにもならなそうだった。


 そんな時、冒険者は年齢や職業に関係なく誰でもなることができ、上位になればサラリーマンの平均よりも稼げるという話を聞いた。

 これしかないと考えた俺はすぐさま冒険者協会に登録し、ランクを駆け上がるために配信時間以外は隙を見てダンジョンに挑んだ。


 その結果、運良く適正にあったのかみるみるうちに評価され、気がつけばSSランクに認定されていた。

 今ではクエストをこなしたりダンジョンでモンスターを倒して素材を集めたりするだけで、推し活に必要な資金を集めることができる。


 唯一難点なのがこうして時々直接依頼をされることだ。

 まあこちらも基本は暇なので、アネモネちゃんの配信と被っていない限りは極力要請に応じるようにしている。

 そのせいでやけに頼られるようになってしまったが。




「っと、こんなもんか」


 言われた通り調査をしてみたが、特におかしい点はない。

 途中でSランクモンスターに襲われはしたが、今となってはなんてことない。

 とりあえず結果だけ報告して帰るとしよう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ただいま〜」


「あ……」


 一仕事終えて家に帰ると、ちょうど玄関で妹と出会した。

 彼女の名前は一華いちか、俺の三つ下の中学生である。

 昔はいつも俺の後をついてきて可愛かったのだが、今となっては俺に対して酷く冷たくあたってくる。


 多分嫌われているのだ、だからこちらからはあまり関わらないようにしている。


 しかし今日の一華はどこか変だ。

 普段ならばキッと睨みつけてくることが多いのだが、今日は俯いたりそっぽ向いたりと挙動不審である。

 声をかけてみようか、でもどうせ冷たく返されるだけだしな。


 そんなことを考えていたら、一華はゆっくりと口を開いた。


「あ、あのさ……」


 先ほどから何かをためらっているようだ。

 それでもしばらく待っていると、一華の口から飛び出したのは衝撃的な言葉だった。


「今度のバレンタイン、だけど……何か食べたいものとかある?無かったらチョコケーキなんだけど、欲しいものあったら作ってあげなくもない……から」


 両手を前でモジモジとさせ、俯きながらそう言った。

 恐らくは勇気を振り絞って言ったのであろうその問いかけに対し、俺は何も答えることができなかった。


 今のセリフ、どこかで見たことがある。

 忘れるはずもない、ついさっきのアネモネちゃんの配信でのことだ。

 あの時彼女はなんて言った?


『お兄ちゃんに手作りのチョコ作るつもりなんだ♪』


『恥ずかしくて上手く聞けないというか』


『わかった、やってみる!』


 アネモネちゃんはバレンタインに何が欲しいかお兄ちゃんに聞くと言っていた。

 そして今、妹の一華はその配信でアドバイスされたセリフを、実の兄である俺に対して言ってきた。


長年一緒に過ごしてきた兄妹だからこそよくわかる。

 一華はこんな回りくどい聞き方をしてくるようなタイプではない、言ってしまえばこんなのらしくないのだ。


 これらの状況から導き出される答えはただ一つ。

 この日、俺はとんでもない真実に気づいてしまった。





 どうやら俺が全身全霊で推していたVダイバーは、実の妹だったらしい。

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