露骨な罪と男たち
利己
岸
#01
「違法なファイトクラブ?」
ナタリーは腰に拳銃とバッチを携え、そして腕を組み、こちらを見つめている。仁王立ちで威圧感のあるこの女性はミラー捜査官だ。彼女は検挙率が高く、女性ながらFBIきってのエースである。
ようやく一息つけると、助手のザックことアイザックに中華を買わせに走らせた。食事を胃袋に押し込んだのが数分前。煙草を咥えていれば、ナタリーは私の目の前に立ち、そんな言葉を吐いた。赤毛の彼女は私から言わせてもらえば少々我が強い。こちらの休憩時間など気にすることはないのだ。気付いたことがあればとことん人を振り回す。……まぁ、そんなことにはもうとうの昔に慣れてしまったが。これがエース所以なのだろう。
「そう。今回のガイシャ、妙な痣などはなかった?」
「……どうだか。記録を見なければなんとも言えないが、確かに鈍的外傷、裂傷は酷かった。……ファイトと言われれば納得はいく。だが、確かに死因は銃創だ。右下腹部から入り肋骨の下、肺に弾が到達していた。左肩に
ミラー捜査官は唇を捻り、顎に手を添える。考えるときの癖は私が解剖医としてこのFBIに就職したときとなにひとつ変わらない。変わるとしたら彼女の左手の第四指に指輪がはまり、一年足らずで無くなったということくらいだろうか。
咥えていた煙草の紫煙を吐き出す。私は自身の肺がシクシクと泣く音を無視しストレスを解消するために害を咥える。毎日遺体を見ていれば、いつ死ぬかなんて予想できないと痛感させられる。いつかくる未来のために煙草を減らす、絶つなんて無意味だ。
「Ms.ミラー。なにかあったのか?」
「巷で話題になっていてね。今回の被害者に似た男がそこに出入りしていたと目撃証言があったんだよ」
「だが、事件はギャングの物取りだと方がついただろう?」
「だから困っているんだよ。再度洗い直さなければならない。まぁ、いい。ワイアット、ありがとう。邪魔したな」
心の中で確かに邪魔だったな、と思うが声に出さないのがマナーというものだ。ミラー捜査官は体の反応ひとつで心のうちを自白させてしまうのだから厄介だ。私はひらり、彼女に手を挙げ、また煙草を体内に吸収させた。
「違法なファイトクラブねぇ……」
違法なファイトというのはこの血気盛んなアメリカではよくあることだった。以前働いていた現場では米軍が殴り合いのすえに死んだという話で運び込まれてきていた。ファイトクラブという場所はコロンビア大学に入り、ほとんど勉強しかしてこなかった私にはあまり馴染みのない世界だ。知りたいとも思わない。犯罪者が意気揚々と戦う世界は私にとって瑣末なものだった。──…まぁ、ひとつだけ理解を示せるとするなら彼らは欲求を発散させる場所を見つけているということだろう。
煙草を咥え、晴天の空を見つめる。日々、皮膚にメスを入れ肋骨を剥がし、中の赤色を見ている。偶には美しく透き通る青色を見るのも悪くない。鳶か鷹か専門外だから知らないが優雅に上空を飛ぶ鳥が見える。ニコチンを摂取したあとにはカフェインが欲しくなる。人間の欲求は底知れない。
懐に仕舞い込んだスマートフォンが音を立てずに振動した。まるで女の猫撫で声のような震えだ。吐き気がする。溜め息を吐き出しながらスマートフォンをタップした。この女が何番目の女なのを数えるのはとうの昔にやめていた。くわえて、真剣なお付き合いというのは数年ご無沙汰だ。そうだから、この女との付き合いはただの戯れなのだ。
明日のデート楽しみにしているね
生理になっちゃったから家でのんびりしたいな
ハートマークが惜しげもなくついた文章。私の口から盛大な溜め息が漏れ出る。
学校での勉強漬けの日々の反動からか女遊びが激しくなったのは検死官としてそれなりに余裕を持てるようになってからだった。膣は女からしたら内側かもしれないが、私たちのような医学に精通した人間にとっては外側だ。内側にある臓腑を見過ぎだおかげで外側を欲してしまった。
生理なら来なくていいよ
女の膣はあたたかい。柔らかく、狂うほどの快感がある。けれど、そこに付随してくる女の感情が私にとっては薄ら寒かった。恋や愛などは気持ちの悪いものだと思う。相手を唯一だと盲信させエゴイズムに燃え上がらせる。
スマートフォンがまた振動する。女からのメッセージ。そこには罵詈雑言が並べられ、中指が立った絵文字までついていた。私はスマートフォンの電源を切る。
大学時代にでレイプされたのが私の思考回路を冷徹にさせたのかもしれない。当時の合意のない女性からの行為を思い出しては女を抱く。そこに意味はないように思えるが、プロファイリングをし犯人の心理状況を見定めるミラー捜査官は私をどう判断するのだろうか。
「ナタリーは女を大事にしない男を嫌いそうだ」
煙草を消してスマートフォンが示す時刻を見つめる。そろそろ戻らなければ。
男たちだけで殴り合うのはどんな気持ちなのだろうか。取るに足らないものを知りたいという相反した思いを頭の片隅で抱えた。
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