世界の終わりと家族の終わり
タヌキング
end
私の名前はナターリア。しがない主婦である。
今日もいつも通り家事をこなし、3歳になる娘のアミと遊び、夕方になって仕事が終わって帰って来るあの人を待った。
もうすぐ世界が終わるというのに、いつも通り仕事する彼は本当にまじめだと思う。彼が帰って来ると、私が腕を振るったご馳走を食べた。ハンバーグに鶏のから揚げ、杏仁豆腐。彼の好きな物ばかり揃えたので、彼は「ありがとう」と私に言ってくれた。彼のありがとうには、今日一日の疲れが吹き飛んでしまう不思議な効果がある。
”ウゥウウウウゥウウウウウウウウウン‼”
町に鳴り響くサイレンの音。もうすぐ世界の終わりが近いことを意味する。私は意味も無く娘のアミをギュッと抱きしめた。
「ママ、どうしたの?」
「いやもうすぐ世界が終わっちゃうから、その前にアミを抱き締めておこうと思って」
「そっか、ママ大好きだよ♪」
「えぇ、私もよ」
娘とのやり取りをあの人は温かな目で見守ってくれていた。その内に私達の隣に来て私達を抱き締めてくれた。
「ありがとう、本当にありがとう……」
何度もありがとうを言いながら、彼の目からは涙が溢れていた。
そんな彼に私はこんな言葉を送った。
「世界は終わってしまうけど、私達がここで生活したことは無駄じゃ無かった。これからのアナタの未来に幸があらんことを祈っているわ」
「……えっ?今の言葉は」
「さぁ、最後の時まで家族一緒に居ましょう」
少し戸惑っていた彼だけど、すぐに優しい彼に戻って、私達は緩やかな世界の終わりを感じながら最後の時を過ごした。
「ありがとう、さようなら」
それが最後の彼の言葉だった。
ゴーグルを取ると、そこには見知った白い天井が広がっていた。
私は本当に泣いていたのだ。頬に涙の痕が残っている。
自分の生きたもう一つの世界の終わり、分かってはいたが辛いものがある。
ベットから上体を起こし、喪失感と虚脱感を感じながらボーっとしている。妻も娘も無くしたのだ、ゲームとはいえ堪える。
【ライブ ザ タウン】というゲームはリアルな町に生活し、そこで自由に生きるというオンラインのゲームであった。そこでプレイヤー同士がカップルになり結婚した事例は多くあったが、私の場合NPCのナターリアとゲーム内で結婚した。NPCといえども一人一人に人格が設定されており、ナターリアは優しい妻として私を支えてくれていた。娘のアミも出来て、ゲームの中とはいえ幸せな生活を送っていたというのに、いきなりのサービス終了の通知には絶望的な気分になったものだ。
せめて終了日が休みなら良かったのだが、ウチの会社がゲームの為に有休を使わせてくれるわけもなく、いつも通りの残業をした後、ゲームを始める時には20時を越えていた。
サービス終了の24時まで家族団欒を過ごし、ゲーム開始当初から私を支えてくれたナターリアに感謝の言葉を言うと、彼女は僕のこれからの行く末を案じるようなことを言った。これはAIが判断して言った事なのだろうか?それとも彼女は本当に私の行く末を案じてくれたのだろうか?会えない今となってはそれも分からない。
現実の私には家族なんて居ない。女性と付き合ったことも無い。ゲーム内では結婚していても、親から結婚の催促の電話が来る。相手も居ないし、出会いも無いのにどう結婚しろというのだろう?
ゲーム内での結婚だったが、私とナターリアとアミとの間に愛はあったのだろうか?本当に家族だったのだろうか?考えれば考える程に深みにハマって抜け出せなくなり、いつの間にか時刻は深夜の2時を越えていた。
今日も仕事がある。寝ぼけ眼で仕事をして上司に怒られるのは勘弁だと、私は再び布団の中に入った。
日常の忙しさが私の彼女達への想いを押し流していく気がした。
世界の終わりと家族の終わり タヌキング @kibamusi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます