『リア王』4

 帰り道で大我は深刻そうな顔で言ってくる。


「なあ、優真。脚本は優真が書くんだろ? どんな話にするのかもう決めてあるのか?」


「ああ、なんとなくだけどね。シェイクスピアの衣装が使えそうなのが残っているみたいだし、『リア王』をベースにした脚本で行こうと思うんだ」


「そうか……」


 何かもの言いたげである。


「どうかしたのか?」


「いや、こんなことを言い出すのも差し出がましいんだが……」


「気にしないで言ってみろ」


「ああ。実はな……演劇には葵も出演するっていうだろ? だからさ、演劇の舞台の上で、オレに告白させてくれないか? 葵に……」


 ――なるほど。やけにあっさりと主演を引き受けると思ったらそういう魂胆だったのか。栞さんが演者として出演すると聞いて大我はその計画を思いついたのだろう。


「わかってるじゃないか」僕は言う。「実はさ、おれもそんなことを考えていたところだ。任せてくれ」


 握った拳を軽くぶつけ合う。


その夜僕は机に向かい、一心不乱に脚本を書きはじめた。不思議なものでいくら頭で考えても上手くまとまらないというのに、手を動かし始めれば次から次へと文章が湧いてくる。もしやこれが降ってくるという奴だろうか? 正直、自分が書いたとは思えないような歯の浮くセリフやキザな言葉が書き綴られている。いわゆる深夜のラブレター効果というやつなのかもしれない。あるいは普段の自分ではなく、脚本を書いているときは自分が〝脚本家〟という仮面をつけていて、その仮面の下で本心を描いているのかもしれない。


一気呵成に結末まで書きあがったのは、もう白々と夜が明けるころだった。もちろん、これから煮詰めていく必要があるのだろうが、ひとまずここまで出来上がったことに満足し、学校までのわずかな時間、仮眠をとるつもりで横になり、順当に寝坊して遅刻した。


寝不足で始まった一日だが、午後の授業中に十分な睡眠をとることでどうにか回復した。放課後は部室に行けばきっと集中できなくなるようなトラブルが発生すると予想したので今日はあえて教室で作業を行う。替わりに仮入部中の大我に原作となる『リア王』『ハムレット』『ロミオとジュリエット』それにおまけの『マクベス』の四冊を渡して部室でしっかり読み込んでおくように指示しておく。


教室の机の上にコピーした脚本原稿の束を置いて赤ペンで直しを入れていく。


 シェイクスピアの戯曲の断片を切り取っては集めて無理やりつなぎ合わせたストーリー。

『リア王』をベースにして、はじまりもそれになぞられたオープニングとなる。

 本来の『リア王』は年老いた王で、生前のうちに三人の娘に自分の国を分割して相続させようとするのだが、じつにつまらない茶番を打ってしまう。


 自分のことをどれほど愛しているのかを娘たちに言わせ、その裁量に応じて相続を決めようというのだ。


 上の娘二人は思いつく限りのお世辞を言うが、自分が最もお気に入りだった末娘のコーデリアはお世辞など言うこともなく、正直な気持ちを答えた。


 リア王はこれが気に入らなかった。

 コーデリアに領地を相続させないどころか追放までして、上の娘二人に領地を相続させると、王は自ら隠居してしまう。


 この後、二人の娘に冷たくされるようになり、末娘のコーデリアに対する愛情を思い出した時には時すでに遅く、リア王は不幸のどん底へと陥ってしまうのだ。

この部分を参考に僕の脚本のはじまりは、父を病気で亡くしてしまった若きリアが王位を相続するにあたって、二人の花嫁候補から片方を妃として迎えなければならないという物語だ。


一人目の候補ゴネリルは父王の弟の娘。リア王の従兄にして幼馴染でもある。

そしてもう一人の候補コーデリアは古くから王家とは仲が悪く、謀反を企てているのではないかと噂されるキャピュレット家の令嬢コーデリアだ。

王の側近のケント伯は永く続く両家の確執を埋める妙案とコーデリア嬢を推す。

そしてここにはまた真意がある。


公にこそされてはいないが、実はリア王はこのキャピュレット家の令嬢コーデリアと恋仲にあった。それを知る側近のケント伯は大義名分を携えてコーデリアを推薦したのだ。


しかし、一族の意見では王弟の娘ゴネリルを推す声が大きい。そこでリア王は大義名分を獲る為につまらない茶番を打ってしまうのだ。

 二人の花嫁候補に自分のことをどれほどに愛しているのかを語らせ、その上で花嫁を決めるというのだ。


 幼馴染のゴネリルは積年の想いを語りかけ、リア王を愛しているという。

 しかし、コーデリアは「自分のような低い身分の者が王に対し『愛している』などと分不相応なことがどうして言えましょう」と言い、その言葉にへそを曲げてしまったリア王はキャピュレット家の爵位を奪い、王弟の娘ゴネリルと結婚してしまうのだ。


 しかしリア王は後にこのことを後悔し、どうにかコーデリアとヨリを戻せないかと画策する。

 言わずもがな、この物語は僕の友人黒崎大我と栞さんとをモチーフにした物語でもある。中学時代に栞先輩に想いを寄せながらも、陰キャの代表ともいえる相手に対し世間の目を気にして後悔してしまった出来事の再現のような物語である。


 当然主演のリア王は黒崎大我。それを支えるケント伯を僕。そしてコーデリアの役は何が何でも栞さんにしてもらう予定だ。安直に演劇部に協力すると言い出した責任は取ってもらう。


 そして舞台の終盤、リア王扮する黒崎大我は舞台の上で葵栞に公開告白をしてもらおうという寸法だ。


 主演のリア王は大我に演じてもらうことは確定している。リア王の理解者であるケント伯は僕がやるとして、物語の中でおそらくもっとも難しい役どころとなるコーデリアの兄にしてキャピュレット家の長男ティボルト役は部長のとべっち先輩。そして、ゴネリルの父、王弟の役が脇屋先輩だ。脇屋先輩には舞台の仕掛けや照明をメインにやってもらうので出番の少ないけれど役割の重い王弟をやってもらう。


 そしてヒロインのコーデリア役には栞さん。ここは嫌だとは言わせない。そしてもう一人重要な人物として恋のライバル役のゴネリルは決まっていないが、できれば瀬奈にやってもらおうとは思っている。


 しかしこのリア王。自分が書いた、しかも友人をモデルとして作った話ながらなかなかムカつくやつだ。本心は片方に決めているとはいえ美女二人に告白をさせておいて平然と過ごしているのだから仕方のない奴だ。ゴネリルは断られてしまうことが前提にもかかわらず皆の前で愛の告白をさせられてしまうのだ。僕がもしリア王の立場だったらそのどちらかを選んでどちらかを切り捨てるなんてとてもできないように思える。まあ、おそらくそれが一番クソやろうな答えなのかもしれないけれど。

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