『ティファニーで朝食を』5
それからしばらくして大我とショッピングモールに浴衣を買いに行った。翌日に控えた夏祭りに来ていく浴衣を新調しようと思ったのだ。ようやく見つけた素敵な浴衣。それに手を伸ばそうとした瞬間、横から延びてきた手にさらりと奪われてしまった。黒髪で目の大きな女性、自分と同じ高校生くらいだろう。
その人はウチのことを知っている様子だった。ウチからは初対面だったが、どことなく知っているような気がした。知っている誰かに似ているような気がするが、それが誰かは思い出せない。ただ、はっきりしているのは彼女に対しては何かしらの敵対心が沸き起こる。それが彼女のせいなのか、それとも彼女に似ている誰かのせいなのかはわからなかったが、そのすぐ後に彼女に対する敵対心ははっきりしたものになった。
その場に現れたのは竹久だった。
「……単なる恋人同士だよ」
その女性こそが竹久の部活の先輩、葵栞だった。そして二人は恋人同士なのだと言った。
心のどこかで何かが完全に崩れ去った。それはキレたといってもいいのかもしれない。
瀬奈に負けるのは仕方ないとあきらめていた。それに相手が瀬奈ならいい。そう思って自分を押し殺していたのに突然現れた手にそれをみすみす奪われるというのはいくらなんでも我慢ならなかった。
ウチが思わず何かを言おうとした時、黒崎君は何かを察してくれたのだと思う。大我はウチの替わりに声を荒くした。おかげですっかり正気に戻ってしまった。そのまま竹久は黒崎君とけんか別れするように立ち去った。もう、買い物どころではなくなった。
帰り道、黒崎君はウチの前を無言で歩いていた。ウチのせいで竹久と黒崎君までが仲たがいをしそうになってしまった。
やっぱりウチはこのままではいられない。今の自分は誰に対しても不誠実だ。すべてに決着をつけなくてはならない……。意を決して口を開こうとした時、目の前で黒崎君が立ち止った。ちょうど市立図書館の前の公園のところだ。
「やっぱり俺達、別れたほうがいいんだろうな……。やっぱり自分の心は偽り続けられない」
「………」
「……ほかに……。好きな人がいるんだ……」
……黒崎君は何もかもお見通しだったんだ……。ウチが黒崎君ではないヒトのことを好きなんだろうと指摘する言葉だった。頭の中で考えていたことを言い当てられて、それ以上何も言い出せなかった。
「……ごめんなさい……」
「笹葉が謝ることじゃない……。俺が……。俺が一人で勝手に……」
大我はそれだけ言い残して立ち去った。ウチはそばにあった木のベンチに一人腰かけて泣いた。一年前、竹久と言葉を交わしたベンチにうずくまっていた。
空はすっかりと暗くなり、今にも空が涙を流そうとしていた……
目の前に流れる西川の川面に三日月が映っていた。
手を伸ばせばすぐに届きそうなくらいに近くに見えるのに、決して触れることのできない月に悔しさを覚える。
悔しくて小石を蹴ると川面に映る三日月は瞬く間に揺らぎ、壊れてしまった。後に小石の残した波紋だけが広がっていく。
たぶんウチの選択は間違っている。もう、今更どうにもならないことなんてわかっている。だけどそれをしないわけにはいかない。そうしないともう、前へ進むことができないから。
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