白球で綴れ、青春の賛歌
倉馬 あおい
(1)無死満塁
<敬遠です! 藤林高校、敬遠を選びました! これでノーアウト満塁です! 甲子園決勝の九回裏、何という展開でしょう! 一点差を追う真田学院、ヒットが出れば逆転サヨナラです! ……おっと、藤林高校、ベンチが動きます。選手交代の模様ですが…………投手交代です! この絶体絶命のピンチでマウンドに立つのは、チームメンバー唯一の一年生、新堂君! まだ今大会登板の無い一年生、甲子園最初の出番は一打サヨナラという絶望的な状況! 藤林高校、チームメイトがマウンドに集まります!>
「監督から伝言を預かっています」
見ようによっては無表情とも言える顔つきで、新堂は一同を見回した。捕手の高山が、無言のままキャッチャーミットで口元を覆う仕草をする。新堂はあわてて、クラブで口元を隠した。
「『延長は不可、ここで決めろ』だそうです」
「んなこたぁ分かってるよ」三塁手の中林が、呆れたようにベンチに視線を送る。しかし、と新堂は続けた。
「実はもう一つ伝言があります……あの、言いにくいんですが……『新堂を信じろ』だそうです」
一同は顔を見合わせた。この大舞台、この絶体絶命の状況で、一年生のピッチャーを信じろと? 今度は新堂を除く全員が一斉にベンチを見た。ベンチ前で仁王立ちの監督は、それを予想していたかのように一同の視線を受け止め、ゆっくり大きくうなずいた。一同の視線は再び新堂に戻る。
「ま、他に選択の余地は無いしね」お調子者の二塁手・小泉が肩をすくめた。その言葉に、一同から諦めともとれる苦笑が漏れる。
「分かったよ。ひとつ頼むぜ、新堂クン」遊撃手の富岡が、皮肉な調子で後輩の肩をぽんと叩く。「俺も信じるから、お前も後ろを信じろ」
「は、はいっ」
「他に監督の指示は? 守備位置とか……」一塁手の高羽が、不安を押し殺した声で新堂に尋ねる。しかし、新堂は首を振った。「これだけです」
「俺たちで考えて動けってことだ。その方がこのチームらしいだろ?」
捕手にして主将である高山が、白い歯を見せた。あらゆる拒否を退けるその日焼けした笑顔に、一同はつられて表情を和らげる。緊張ではち切れそうになっていた新堂も、ようやく顔を緩めた。
「だがな、新堂」
口調を改めた高山の声が、再び救援投手の気を引き締めた。「は、はいっ?」
「別にお前を緊張させたいわけじゃないが、これだけは伝えておいた方がいいと思ってな。お前も気づいているかもしれないが……」
高山は言葉を切って、周囲を――一塁から三塁までを埋める、対戦相手・真田学院のランナー達を――眺めてから、声を落として新堂に告げた。
「俺たちが今戦っている相手……おそらく、全員忍者だ」
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