第28話 幕は下ろされた



 中部陽菜乃が白鳥葵と半沢美波を殺害した犯人として学校に広まるのはすぐだった。誰もがあの子がと驚いている様子で話をしている。


 マスコミが正門前で張り付いて生徒たちから話を聞いている光景は暫く続くだろう。



「中部陽菜乃はあの場で話したこと以外は何も答えていない」


「そうですか」



 学校から少し離れた土手で時久は東郷からその後の話を聞いていた。


 中部陽菜乃は逮捕されてからあの場で話したこと以外は一切話さず、後悔も反省の言葉も口にしていないのだという。


 後悔も反省もしていないと自身で言っていたのだから、それを撤回するとは思えなかったのでその態度に違和感はない。時久は「そうでしょうね」と分かっていたように返す。



「しかし、時久君には助けられたね、ほんと」


「私は思ったままを言っただけですよ」



 ただ、思っただけだ。貴女の愛した人はそんな人間だったのかと。その言葉で陽菜乃は自殺を思い止まってくれただけだとそう返せば、あの場で死なれることは警察として避けたかったと東郷は話す。



「死なせたとなると面倒ですからね」


「まぁ、それもあるんだが。子供が死ぬ姿を見たくはない」



 東郷は何とも悲しげな表情を見せる。それは子供の遺体などを見てきているからなのかもしれない。そうは思ったけれど時久は指摘することはしなかった。



「今回も事件を解決してくれてありがとう、時久君」


「私にできることをしただけですよ」


「また頼むよ」


「そう言うと思いました」



 じとりと時久が見遣れば東郷は肩をすくめるだけで何も言わない。分かっていることではあるが、自分をなんだと思っているのだろうか。と、聞いても教えてはくれないので時久は仕方ないですねと諦める。



「皇さんが喜びそうですよ」


「何がだい?」


「探偵と刑事のコンビっていいよねって言ってたんですよ」



 それを聞いて察したようで東郷はなるほどねと小さく笑った。



「俺と君がバディか。悪くない」


「わたしは探偵になったつもりはないので結構です」



 きっぱりと断られて東郷は「それはそれで悲しいな」と眉を下げた。そう言われても探偵になるつもりはないのだ。


 なので、ちゃんと断っておくけれど、相手に通じるかと問われればそうでないのだが。東郷のまんざらでもない表情に時久は眉を寄せる。



「君なら優秀な刑事になれるよ?」


「刑事になるなんて今は考えてませんね」



 事件がどれほど面倒で危険なものなのかを見てきているので、できれば関わりたくないというのが正直な感想だ。けれど、事件を放っておけるほど非情でもない。なんと複雑な心境だろうかと、時久は自分の性格に呆れる。


 だったら、潔く刑事への道に進んだほうが早いという結論が出てしまった。それを察してか、東郷は「君なら歓迎だよ」とそれはもう爽やかな笑みを浮かべる。



「でも、君のお父さんに無茶はさせるなとは言われているからなぁ」


「父、また何か言ってましたね?」


「君の活躍を褒めつつも、心配していたさ」


「あのひとらしい」


「まぁ、刑事になるかはゆっくりそこは考えてもらうとしてだね。中部陽菜乃のことはこちらに任せてもらって問題ない」



 後のことはこちらでやるからと東郷は「心配しなくていい」と言って、時久に手を振ると車に乗って行ってしまった。


 言うことだけ言ってさっさと行ってしまうのはどうなのだろうかと、時久は突っ込みたかったけれど、本人がもういないので仕方なく飲み込んだ。


   ***


 騒がしい教室で時久はちらちらと視線を感じていた。何かひそひそと言われているなと気づきながらも、それを無視して窓の外を眺める。


 今日は晴れわたっていて雲一つない、清々しいほど天気の良い日だ。日が照っているので少し暑さを感じるかもしれない。そんなことを思っていれば、隣の席の椅子が引かれる。



「時久くん。大変だねー」


「他人事みたいに言わないでくださいよ、飛鷹」



 飛鷹は隣に座ると「だって仕方ないよ」と声を潜める。



「平原くんが広めちゃってるから」



 裕二は自分の無実を証明してくれたのだと、クラスメイトたちに時久のことを話しまわってしまっていた。それが広まって「あの噂って本当だったんだ」となり、こうやってこそこそと噂されている。


 視線を感じるのも話を聞きたいからだろう。けれど、時久が話しかけるなといった圧を放っているので、誰もそれについて聞くことができないだけだ。


 時久自身は自分は探偵になったつもりはないので、変に噂をされても困る。ただ、事件を無視するほど非情ではないだけだ。と、言うけれど自分の力で解決できるかもしれないのであれば、協力はしてしまうという自覚はあった。



「まー、ほらさ。きっと暫くすれば落ち着くってば」


「そうでなければ困りますよ」



 これがずっと続くのは勘弁してほしいと時久は顔を顰める。自分の行動が原因であるというのは理解しているけれど、協力しなければならなくなってしまうのだから仕方ないのだ。


 と、言えたならばよかったのだけれど、そうはいかないので時久は溜息をつくしかなかった。



「すっかり、有名人になっちゃったね。天上院くん」


「好きで有名になったわけじゃないですよ」



 ひょこっと二人の前に由香奈が現れる。時久の渋面を見て、面倒なんだろうなと察したようだ。



「裕二くんがなぁ……」


「迷惑です」


「そう言っても、彼からしたら天上院くんは救世主だから」



 犯人として疑われている状況で助けてくれたのだから、身の潔白だと周囲に話したいと思ってしまう。だからといって、言いふらさないでもらいたいと時久は愚痴る。辛かったのは分かったが落ち着いてほしいと。



「事件もいろいろ言われてるし……」



 中部陽菜乃が犯人だというのは全校生徒が知っている。あの子がと驚く人は多いけれどあることないこと噂を立てられていた。


 殺人犯なのだから話に尾ひれが付いてしまうのは仕方ないことだ。とはいえ、それがなんだか悲しいようで由香奈は俯く。



「陽菜乃さんは未来さんが死んでから、きっと壊れてしまったのかもしれない。でも、それはさ、わたしたちにも原因があると思うんだよ」



 勇気を出して彼女たちに手を差し伸べてあげられていたら。影で苛めるような行為をしていたのを知らなかったとはいえ、嫌味を言っているのを演劇部の部員は聞いていた。わたしたちにも原因があると由香奈はもう一度、言う。



「そうかもしれませんが、起こってしまったことはなかったことにはできません」



 後悔したとしても起こってしまったことを変えることも、無くすこともできない。今、自分たちができることと言えば、亡くなった彼女たちを弔うことだけだ。



「もっと何かできることがあったと思うなら次に活かすしかないです」


「そう、だね……」


「それに中部さんに同情するのは彼女に失礼ですよ」



 中部陽菜乃は同情してほしくて犯行に及んだわけではない。そんな感情を向けるのは相手の心を踏みにじるだけだと、時久に言われて由香奈は「そうか」と頷いた。


 しんみりとした雰囲気が三人の間に漂っている。何とも気まずいので時久は「演劇部はどうなるんですか?」と話題を変えるように由香奈に聞いた。



「明後日から部活動再開するの。職員会議にかけられたけど、部活を廃部にはしないって」


「よかったですね」


「うん。わたし、演劇は好きだからさ。続けたかったんだ」



 女優に夢を見たことがないわけではない。舞台で演技をしてみたいなと、拍手喝采を受けたいと思ったことはある。けれど、それよりも演技を楽しみたかった。



「人数は減っちゃったけど、頑張って部活を盛り上げていこうってみんなで話してるんだよね」


「いいんじゃない? ゆかっちなら大丈夫だよ!」


「うん。だからさ、二人にお願いがあるんだよね」



 お願いと聞いて時久は嫌な予感がした。今の話の流れからしてだいたいのことは想像できる。



「天上院くんと飛鷹、演劇部に入ってくれない?」


「嫌です」



 想像通りの部活勧誘だったので、時久は申し訳ないけれど断らせてもらう。それでも由香奈は「お願いだよー」と手を合わせる。



「人数少ないんだって!」


「だからと言って私が入る理由にはなりません」


「役者とは言わないから! 飛鷹は役者だけど」


「役者もさせようと考えているのが丸わかりなんですよ」



 時久の指摘に由香奈はぎくりと肩を揺らしたけれど、「お願いします!」と引かない。これは面倒だぞと時久は露骨に嫌な顔をしてみせるも、由香奈は怯むことなく、飛鷹にも「あんたもさ!」と促す。



「飛鷹! 飛鷹もなんか言って!」


「え、あたし別に演劇部に入りたいわけじゃないしなー。それに時久くんの嫌がることはしたくないんだよね」



 嫌だと言っている人に無理強いはさせたくないと飛鷹に言われて、由香奈はむーっと頬を膨らませる。そんな顔をされても困るのだがと時久は思ったけれど突っ込まなかった。



「あぁ、飛鷹。次の授業って順番的に貴女が当てられるのでは?」


「え! ……あ! 本当じゃん、やっばい!」


「ねー! 今ので話を変えようとしてるでしょ!」


「上手くいきませんか……」


「いくと思うなよー!」



 由香奈に「わたしは諦めないんだから!」と宣言されて、時久は顔を顰めた。

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