第21話 これは素人が考えたシナリオだ
ゆっくりと落ち着きを取り戻した前島は椅子に座り、時久たちに謝罪した。迷惑をかけてしまったと頭を掻きながら。
死を思いとどまってくれたのならばそれでいいと時久は「落ち着きましたか?」と返すと、「だいぶ落ち着いたよ」と前島は頷いた。
彼の様子を見るに話ができそうだったので、時久は自分たちが訪ねた理由を話す。
「確かに白鳥とは二人で話すことはあったが、特に変わったことはなかったな……」
死ぬ前日も普段通りで何かあった素振りもなく、事件当日もいつもの調子で朝練をしていた。
鍵を借りに来た時もはりきっていたようで、悩みなど何か嫌がらせを受けていた様子は感じられなかったと前島は答える。
話を聞いてふむと考えから時久は「部員たちの役割を教えていただけませんか?」と質問する。
「部員たちの役割というと、役者とかだろうか?」
「えぇ、そんな感じです。できれば細かいことも教えていただけると助かります」
時久にそう言われて前島は細かいことかと腕を組んだ。
衣装担当・舞台装置担当・役者・小道具担当・雑務と演劇部では役割が別れていた。舞台装置を率先して担当していたのは沢渡斗真で、たとえ先輩であっても容赦なく言っていたようだ。
半沢美波・平原裕二・白鳥葵・皇由香奈と一年生が一人、他に三年生一人がメインの役者をやっていて、人数が足りない場合は裏方を担当している生徒がキャストに入るようになっていた。
脚本は皇由香奈がメインで執筆していたが仕切っていたは白鳥葵で、中部陽菜乃は衣装と小道具を兼任していてるのだと教えてくれた。
葵から雑用を任されることが多かったせいか、「兼任ぐらいできるわよね?」と言われてしまい断れなかったらしい。
「演劇部の部員なら小道具置き場や小ホールは簡単に行き来できますよね?」
「鍵さえ開いていれば特に怪しまれずに行き来できるはずだ」
部員なら小道具置き場に居ようと小ホールに出入りしようと怪しいとは思わないのだと前島は答える。
「次の演劇の準備とかもあって小道具置き場とか人が出入りしてたから物の移動は多かった記憶があるね」
「次の演劇ってミステリーもののやつだよね?」
飛鷹の問いに前島がそうだと頷く。小物を多く使うのでその調達などで出入りが多かったようで、何がいつどこで移動されたかなどの把握は難しいと証言した。
「やっぱり小道具って集めるの大変なんですかね?」
「そうだね。この高校の演劇部は大きくはないから小道具を集めるというのは大変なことだ。でも、沢渡のお父さんが舞台演劇に携わっている人だから、使わなくなった小道具とか寄付してくれたんだ」
斗真が演劇部の新入部員として入った時に、春休み前から考えていたミステリーものが正式に決まった、その時に小物の調達の話になって父親に聞いてくれたのだという。
処分に困っていた小道具を寄付という形でくれたのでみんな喜んでいた。かなりの数だったので整理がまだできていないと、前島は思い出したように話す。
「事件があってから小道具置き場に行けていないのでそのままになってるはずだ。片付けることを考えると……」
「それは大変そうだぁ……」
もう暫くは講堂への立ち入りは制限されているようなのでまだ部活動はできないだろう。
ただ、廃部の話も出ているので部活動自体がどうなるかは分からないと前島は小さく溜息を零す。
「変な噂も立ってしまっているからもしかしたらもう……」
「もうなんか噂してる生徒は確かにいたよね……」
裕二が連行されたことはすでに広まってしまっている。さらにあることないこと言って広めているので質が悪い。
とはいえ、人の噂というのは自然と消えていくものだ。変に蒸し返すことさえしなければ大丈夫だろうと時久は思ったので、そのまま伝えた。
「それもそうかもしれないね。しかし、わたしにはもうこれぐらいしか話せることはないかもしれない」
申し訳ないと頭を下げる前島に時久はふむと考える。凶器のビニール紐も、石の置物も演劇部の備品だ。それらは演劇部員であれば怪しまれることなく、持ち出すことができる。
これを犯人は利用しているのは間違いない。自分だけでなく、他の部員たちにも疑いの目を向けることができるからだ。
(演劇部員に目を向けようとしている)
自分が疑われないようにではなく、他の部員たちに向けたかったのではないか。疑いを分散させる、あるは自分を除外する目的ではなくて。
(何の目的で、そうしたか)
目的があるはずだ。そう考えて、自殺に見せかけた白鳥葵の事件を思い返す。あれは明らかに不出来だったことを。偽装工作だと分かるように示されていた。
(犯人は部員の中にいる、そう伝えたかった)
分かりやすい偽装工作に、自由に持ち出せる小道具を使う。部員の中にいるぞと知らせるようだ。
「小ホールは密室だったよね?」
「えぇ」
「そういえば、次やる演劇も密室じゃなかったっけ?」
時久が考えを巡らせていると飛鷹が思い出したように呟く。確か鍵を巡るミステリーもので、屋敷で密室殺人事件が起きると。
物語自体は今回の事件とは全くにても似つかないものではあるが、密室が関わってくるのは同じだった。
「そうだ。沢山の鍵を巡って真実にたどり着くっていうストーリーだったはずだ。トリックとかは皇と白鳥で考えて、アイデアはほかの部員たちも出してくれたと話を聞いている」
自信作だと由香奈が言っていたと前島の話を聞いて、飛鷹は「自信あったものができなくなるって悲しいだろうな」と彼女に同情していた。
「問題は密室であったことなんですよね。これが解ければ……」
「うーんとあたしにはよく分からないけどさ。意外と簡単なことなんじゃない? ほら、実は合鍵がありましたーとかさ」
難しく考えすぎているだけで、実際は意外と簡単なところに答えがあるのかもと飛鷹は言う。
「意外と簡単なところ……」
これは難しく考えるものではない、そう素人が考えたシナリオだ。飛鷹の言葉を聞いて時久ははたりと気づく。それは今まで疑問だったもやもやが晴れるように。
「前島先生。鍵を紛失した時、取り替えたという報告はなかったと言っていましたよね?」
「え? 確かに報告はなかったらしいが、もう数年も前の事だ。それにいくらなんでも取り替えていないなんてことは……」
「では、紛失した鍵が見つかったという報告はありましたか?」
「いや、それもないが……」
それがどうしただろうかと前島が首を傾げれば、時久は「前島先生、小道具置き場の鍵を貸してください!」と声を上げた。
突然のことに前島は「倉庫の鍵?」と問うが、「急いでください」と時久に急かされて立ち上がった。
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