第12話 容疑者からの情報



「失礼します。すみません、前島先生はいますでしょうか?」



 扉の近くの教師に声をかけると、「あっちにいるよ」と指をさされる。職員室の隅、窓際のデスクで脂汗を拭いながらパソコンをいじっていた。


 そっと近くの教師に断りを入れて職員室へと入った時久は前島に声をかける。



「前島先生」


「うん? あぁ、君は……」


「天上院時久です」


「天上院くんか。わたしに何か?」


「事件のことで聞きたいことが」



 事件のことと聞いて前島はきょきょろと目を動かした。少しばかり動揺しているようで周囲を気にしている。



「君には関係ないだろう」


「関係なかったらよかったのですが、頼まれたもので」



 困ったものですよと時久は肩を竦めてみせる。前島は何をと眉を寄せるも、天上院という名前に聞き覚えがあったようで「まさか」と呟く。



「こんな生徒に答えづらいでしょうが、話を聞いてくれないでしょうか?」



 時久の頼みに前島はしばし考えてから「ここでは」と言って立ち上がった。


   *


 理科準備室は旧校舎近くにある。各学年の教室がある棟からは遠く、渡り廊下を渡った別棟の一番奥がそうだ。生徒は授業に来ることが殆どなので、昼休みや放課後は人気がない。


 雑多に教材が置かれている室内は薄暗かった。目につくもう使われていない剥製やホルマリン漬けは棚で埃をかぶってる。人体模型や骨格標本が隅に追いやられている中を前島は歩く。



「……それで、わたしに聞きたいことってなんだね?」



 ゆっくりとした足取りで窓辺に立って前島は振り返った。



「警察の方にも話したとは思うのですが、鍵は二つだけでしょうか?」


「それは間違いないよ、二つだ」


「紛失した後、鍵は変えたのですか?」


「数年前のことで私が赴任してくる前だったからわからんが……。流石に変えているさ」



 鍵が紛失したのは事実で、変えたかどうかは記録に残ってはいないが、流石に変えたのではと前島は話した。ただ、一応は警察に報告はしていると。


 数年前のことだから関係ないと思うけれど話す前島に、時久は「管理しているのは先生ですか?」とさらに質問する。



「講堂の鍵と小ホールの鍵を演劇部は管理しているのですよね?」


「あと倉庫の鍵も管理しているが……。あぁそうだ。この時期は吹奏楽部はまだ大ホールを使わないから、講堂の鍵を借りているのは演劇部だけになる」



 吹奏楽部の生徒が講堂の鍵を借りに来たということはなかったと前島は話した。時久は演劇部とその関係者以外は、この時期に講堂を利用しないことを確認すると、「白鳥先輩のことですが」と問う。



「前島先生は白鳥先輩の態度に気づいていましたか?」



 葵の態度は部員全員が気づくぐらいには露骨だった。それだというのに顧問である彼が知らないというは疑問だ。葵は気弱な性格をからかって遊んでいたという証言は東郷から聞いている。


 自分もやられているのだから気づかないというのは不自然だと指摘すれば前島は「薄々は……」と答える。



「明確な苛めがあったとまでは知らないが、彼女の周囲への当たりが悪いのには気づいていた」


「平原さんと半沢さんの揉め事も?」


「それも、なんとなくではあるが……。平原を白鳥が贔屓していたのは知っている」



 露骨な贔屓も、部員同士の険悪さも、気づいていたが注意できなかったようだ。彼女の両親は今でいうモンスターペアレントで、少しでも口に出せば、あることないこと親に言って苦情を学校側に入れさせることで有名だった。



「それで教師の一人が研修に回されたって聞いて……。わたしには家族がいる。育ち盛りの娘がいるんだ。だから……」


「それは理由にならないでしょうね」



 教師として間違っていることを注意するのは当然のことだ。それを自分の保身で黙っているというのは卑怯ではないかと、時久に言われて前島は「そうだね……」と間違いを認める。



「わたしは卑怯な人間だ。だから、滝川も死なせてしまったんだ……」


「自殺したっていう部員ですよね?」


「あぁ……」



 滝川未来は葵の標的となっていた。事あるごとに小言を言われ、雑用を押し付けられていた。


 明確な苛めを目撃したわけではないので確証はないが、そのことが原因で自殺したのではないかと前島は思っているのだという。



「彼女の遺書は?」


「それが……原因は何も書かれていなかったんだ」



 親への感謝と謝罪のみしか遺書には綴られていなかったらしく、前島も詳しくは知らないようだ。



「滝川が死んでからそれほど日が経っているわけでもないのに、また死者が出て……。これもわたしのせいなのだろうか……」



 前島は「わたしが見て見ぬふりをしたからでは」と俯くその瞳は後悔の色を見せていた。


 彼のせいだとは時久には言えなかった。教師としての葛藤というのもあっただろうし、保身に走ってしまう気持ちが分からないというわけではない。けれど、前島の行動は正しくないとは言えるのだが、時久は口にはしなかった。



「紛失した鍵は小ホールのほうでしょうか?」



 話を変えるように時久が聞けば、前島は「あぁ」と頷く。



「そう聞いている。講堂の鍵や小道具置き場に使っている倉庫の鍵は無くなっていなかったようだ」


「今の管理は全て先生が?」


「そうだ。事件当日の朝に白鳥が借りてきてから、小ホールの鍵はわたしと彼女しか持っていない。あぁ、倉庫の鍵は中部が持っていたが」



 前島の証言に時久は考える。鍵は紛失してはいたが、数年前のことで新しく取り替えたかはわからない。


 現在の鍵の管理は顧問・部長・鍵閉め担当の三人のみで他の生徒は基本的に貸出はできないようになっている。


 貸し出した形跡は朝練の時で、放課後までは葵だけが持っていた。ふむと時久はひとまず此処までの情報を頭で纏めると、「白鳥先輩の死に何か思い当たることはありませんでしたか?」と問う。



「心当たりなどはないですか?」


「わたしには何とも……」



 前島の震える声に時久は「ありがとうございます」と礼をして話を切り上げた。これ以上の情報は望めないと判断したようだ。



「無理を言って話してくださりありがとうございます。これで失礼します」


「あぁ、気をつけて……」



 時久は一礼すると飛鷹と由香奈を連れて理科準備室を出ると、誰かが駆けていく姿が目に留まった。

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