第10話 容疑者たちのアリバイ
誰もいなくなった講堂のロビーで時久は考えるように顎に手をやる。
「どうだい、何か分かったかな?」
「演劇部員と教師が容疑者ぐらいしかわかりませんが?」
「そうだな。こっちもその線を疑っている」
東郷は手帳を取り出すと部員と教師たちのアリバイを話し始めた。
一年生の部員でアリバイが無いのは沢渡斗真。彼は昼休み、一人で昼食をとっていた。騒がしいのが苦手で本校舎裏にいたらしく、目撃者は誰もいない。
二年生の部員でアリバイが無いのは平原裕二と半沢美波、中部陽菜乃、皇由香奈の四人。裕二は煙草を吸うために旧校舎の裏に、美波は台本の確認のために一人で旧校舎の教室にいた。
二人を見たという証言は取れていないのでアリバイはない。陽菜乃は一人で中庭にいたと言っているがこれも同じだ。
由香奈は昼食を取った後にすぐに図書室を訪ねて台本の調整をしていたという。目撃者が居そうではあったが、司書教諭も図書委員の生徒も誰が訪ねてきたのかはっきりと覚えていなかった。多分いたようなといった曖昧な証言だったため、確実なアリバイと認められなかったのだ。
三年生の部員全員にはアリバイがあるようで、これは確認済みだと東郷は話す。教師にも話を聞いたが、アリバイがないのは顧問の前島清治だけだった。彼は次の授業の準備のために理科準備室にいたらしい。
「この六人にアリバイはない」
「外部からの侵入は?」
「警備員と防犯カメラを確認したが怪しい人物はいなかった」
「防犯カメラは講堂近くには?」
「それが設置されてなくてなぁ」
防犯カメラがあれば犯人が映っていたかもしれない。東郷は「もう少し絞れたかもしれないが」と困ったように頭を掻く。
葵とトラブルを起こしていたという生徒も少なくはなかったのだが、演劇部員以外にはアリバイがあった。現状、考えられるのはこの六人のようだ。時久が「六人にはトラブルが?」と聞くと、「それほど大きくはないけど」と東郷は答える。
「沢渡斗真は機材の動かし方、照明の当て方なんかで白鳥葵と何度も口論になっている。平原裕二と半沢美波は恋愛絡みだ」
葵は裕二のことを気に入っており、贔屓していたのだが美波が彼に恋心を抱いてしまったらしい。それで口論しているのを部員が目撃していた、ギスギスしていたのだと。
裕二はそんな二人がうざったかったらしく、後輩に「白鳥先輩と半沢がうざくってさー」と愚痴を零していた。
「中部陽菜乃は白鳥葵から小言を頻繁に言われているだけじゃなく、彼女のストレス発散役としてたまに酷い扱いを受けていたようだ」
葵は苛立ちがつのると陽菜乃に何かと文句をつけては怒鳴っていた。鈍い、やることが遅い、衣装をもっと大事に扱え、真剣に部活に打ち込みなさいと、ことあるごとに叱っていたというのを部員が証言している。
「皇由香奈は脚本のことで何度も揉めていたらしい」
ストーリー性を重視する由香奈に対して、葵は主人公がどう目立てるかなどキャラクター性を重視していた。そこで意見がぶつかって何度も揉めていたという。
対立していたかは分からないが、強引な葵に不満を抱いていたのを部員たちは聞いていたようだ。
「前島先生は何か?」
「前島清治は生徒からは気が弱い教師として有名だったようだ」
滅多に怒らず、生徒に強く言われると押し負けてしまう性格で、葵は前島教諭のことを馬鹿にしては部活動中にからかって遊んでいた。
「積もり積もってってこともあるかもしれないからな」
「まぁ、殺人を犯す理由なんて些細なことがきっかけだったりしますからね」
「でもさー、それにしたって殺害する理由っぽくないとあたしは思うけど?」
飛鷹は前島の動機は薄いと感じているようだ。彼女がそう思ってしまうのも分からなくはないが、可能性がなくはないので決めつけることはできない。
「そういえば、飛鷹はどうして滝川さんのことを沢渡さんに聞いたのですか?」
「うーん、何となく? ほら、沢渡くんすっごい冷静だったからさ。演劇部員二人死んでるんだよ? だから、滝川さんのこと知らないのかなぁって」
死因がどうあれ演劇部員が二人、亡くなっているというのに冷静すぎないだろうかと疑問に思ったから聞いたことだった。
斗真は高校一年生なので滝川未来のことを知らなかったのかもしれないなと。けれど、彼は話には聞いていたようだったので、不安にならないのだろうかと飛鷹は不思議そうにしていた。
「人が死んだら不安になったりするじゃん。なのに冷静だからさー」
「まぁ、彼は落ち着いていましたね」
「子供にしては落ち着いていたな。珍しいけれど、いなくはない」
いないくはないことだ。他人がどうなろうと気にすることもなく、自分とは関係ないと線引きを簡単にできる人間というのはいる。
それは性別や年齢など関係ない。東郷も見たことがないわけではなかったので驚きはしなかったようだ。
「時久君も冷静だからね。そういう人間もいるものだ」
「私にだって少しは感情ありますよ」
「ないとはいっていないさ」
ははっと東郷は笑い、「犯人はこの中にいるだろうか?」と問う。時久は少し考えてから「確証はないですね」と答えた。
六人にアリバイはなく、動機らしい動機はあった。昇降バトンの操作にも慣れている人間で、葵が一人になる時間を知っている。怪しいかと問われれば、怪しいと言えるけれど、確証というのはまだない。
「情報が足りないですね」
「こっちも調べてはいるんだがな」
「二人とも大変だね」
悩ましげにしている二人に飛鷹は言う。他人事みたいにと時久が見れば、「頭悪いからあたしには分かんないや」と小首を傾げた。
彼女には難しいことかもしれないなと時久は思った。頭の良し悪いで事件が解決するわけではない。現場に残された遺留品、現状、死因、容疑者の絞り込み。あらゆる証拠を元に捜査して犯人は捕まる。
その集められた情報を処理し、分析し、推理していくというのは慣れていない人間では難しい。飛鷹がそんなものに慣れているわけもないので、こういった反応になるというのは無理もなかった。
「私も頭が良いわけではないですよ」
「そう? 頭いいよ」
「ただ、少し勘が良いだけです」
ただ人より少し勘が良く、情報を整理できるだけだ。頭は良くないし、才能があるわけではないというのが時久の考えだった。そう言うけれど飛鷹は納得しないようで首を傾げている。
「まぁ、その勘に助けられているがね。こちらでも調べていくから、君も何か分かったら知らせてくれ」
「分かりました」
そう東郷が話を切り上げたのと同じく、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
「じゃあ、また」
「えぇ、では」
「東郷警部がんばってー」
飛鷹が手を振れば、東郷は小さく振り返して小ホールへと戻っていった。
時久は講堂を出ながら東郷から聞いたアリバイを脳内で繰り返す。アリバイのない六人の容疑者、外部から侵入された形跡がないこと。それらを頭で纏めながら考えを巡らせる。
「もう少し、情報がほしいですね」
「情報かー。前島先生に聞いてみるとか?」
飛鷹に「もう一つの鍵を持っているのは先生だし」と言われて、時久は確かに話を聞くのはいいなと頷く。
「放課後に話しを聞きにいきましょう」
「そうだね。てか、急がないと先生に怒られちゃうよ」
予鈴が鳴ってから少し経つが、講堂から教室は遠い。あぁ、そうだったと時久は渡り廊下を駆けだす。
「あ、待ってよー」
「さっさと行きますよ」
「忘れてたくせにー!」
時久の態度に飛鷹が頬を膨らませて声を上げれば、彼はふっと笑って返した。
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