第9話 嫌われていた被害者



「時久君と君、えっと沢渡斗真君以外は戻りなさい。用事は終わっただろう」


「警部ー、あたしは時久くんと一緒にいまーす」


「飛鷹ちゃんね……。何もしないように」


「はーい」



 手を上げて飛鷹が返事をすれば、東郷は「のんきだなぁ」と少しばかり気が抜ていた。



「皇さん。此処まで連れてきてしまいましたが、もう大丈夫なので教室に戻っていてください」


「わかったよ、天上院くん」



 由香奈は「じゃあ、あとで」と言って裕二たちと共に教室へと戻っていった。


 三人が講堂から出ていくと東郷は小ホールの扉を開く。事件があった舞台は何事もなかったかのように静かだ。



「開いてますね」


「あぁ、今朝に捜査をするからと開けたままにしてもらっていたんだ」



 東郷と話しながら小ホールに入ると、斗真は真っ先に舞台裏へと駆けていった。舞台裏は機材がいくつも置かれており、薄暗く狭い。何がどの舞台装置のものなのか、見ただけでは判断できなかった。


 斗真はいくつかの機材の電源を入れて動くか調べていた。ライトが点くか、緞帳が下りるかと丁寧に確認していく。



「沢渡さん」


「なんですか。今、忙しいんだ」


「昇降バトンの操作ってできますか?」



 時久の問いに斗真は「できるけど」と答えて舞台裏の隅へと移動する。ボタンを操作するとバトンがゆっくりと舞台に下りてきた。


 それを眺めながら時久は「これって早く巻き上げることってできますか?」とさらに質問した。



「少しだけならできるけど」


「では、吊下荷量は?」


「この電動昇降バトンは六十キロまでなら吊り下げられる」


「遠隔操作できるリモコンは一つで?」


「そうだよ。今は警察の人に押収されてるから此処にないけど」



 斗真は「失くさないでちゃんと返してくださいよね」とじとりと東郷を見遣る。その信用していないといった瞳に東郷は「大丈夫だから」と返すしかない。


 大丈夫だと言われてもまだ疑っているようで、ぶつぶつと文句を垂れながら機材を操作していた。余程、裏方としての仕事に熱心なようだ。


 高校の部活動にしては熱意がありすぎるような気もするが、彼の職人気質なところがでているのかもしれない。


 そんな斗真の様子を観察しながら時久は彼に「何か変な事などには気づきませんでしたか?」と問う。



「変な事?」


「えぇ。白鳥先輩の様子だったり、他の部活動生の行動だったり」


「別に。何も変わってないと思うけど」


「朝練の時は皆さん参加を?」


「してたよ。鍵だって白鳥先輩が開け閉めしてたし。これといって変わった様子なんてなかった」



 斗真は一通り確認し終えたようで、ずっと機材に向けていた目を時久に向ける。



「白鳥先輩、自分勝手なところがあったから誰かに恨まれていてもおかしくないけどね」



 さらりと話す斗真は思い浮かぶ人物がいるようだ。そう感じた時久が「思い当たる人は?」と問うと、「部員とか?」と返される。



「部員の中で恨んでるっていうか嫌ってる人は多いよ。あの人、自分の思うようにいかないと怒鳴ったりしてたし。後輩には特に先輩という立場を利用してあれこれ指示出してたから」



 それぐらいで殺人を犯すかは知らないけど、何かしら思うことがあった生徒はいると、斗真は隠すこともなく答える。さらに「僕だってあの先輩嫌いだったし」と何でもないように言ってのけた。



「僕みたいな生徒はいたんじゃないかな。知らないけど」


「そうですか。素直に話してくれますね」


「刑事さんの前で隠すほうが疑われるだろ。隠さないよ」



 斗真の返しに「確かに」と時久は頷く。東郷も話を聞きながら彼を観察していたようでその目線は鋭い。



「沢渡くんは滝川さんっていう人のことは知らないんだよね?」


「滝川? あぁ、亡くなった先輩ですよね。話には聞いてますよ。僕の入学する前に自殺したっていうのは」



 飛鷹の質問に斗真はそんな人の話を聞いたなといったふうに答える。滝川未来という生徒のことはあまり知らないようだ。



「何を苦にして自殺したのかはしりませんけど。まぁ、部活動とかでなんかあったんじゃないですかね。もう機材の確認もできましたから教室に戻っていいですか?」



 確認は終わったからと小ホールを出ようとする斗真を時久は呼び止める。何と面倒げにしている彼に「最後に一つ」と時久は問う。



「昇降バトンの操作は演劇部の部員全員が扱えるものですか?」


「使えるよ。部員以外だと一部の先生とか。顧問の前島先生も使える」


「そうですか。ありがとうございます、もう大丈夫です」



 斗真は態度を変えることなく、冷静で落ち着いていた。質問に答えると何を言うでもなくさっさと小ホールを出ていってしまう。淡々と答えているのを見て、本当に事件に興味がないように感じ取れた。




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