第3話 演劇部の部長


 神夜咲高等学校の演劇部は有名だ。コンテストなどで優秀賞をとる程で、児童館で演劇を頼まれたりなどこの辺りの地域で活躍している。


 ただ、今年に入って入学してきた新入生は運動部など人気な部活動に流れてしまったらしく、演劇部に入ってきた生徒は少なかったのだと由香奈が説明してくれた。



「一番、人数多かったの去年の三年生でね。卒業しちゃったから一気に人手が無くなってしまったってわけ」



 由香奈は時久たちに話しをしながら階段を上る。誰か良い人はいないかと相談されて、由香奈は二人の名前を出してしまったのだという。


 えへっとあまり悪びれていない彼女に時久は「勝手に名前を出さないでいただきたいのですが」と面倒そうに返す。




「仕方ないじゃん。飛鷹はわたしの友達だしさー。次の演目がミステリーものって決まって天上院くんのこと思いちゃったし」




 由香奈の軽い態度に時久は呆れる。面倒な頼みを依頼してきたつもりはないのだろうかと。


 飛鷹は「あたし、何役だろー」と、演劇を楽しみにしている。時久はもう突っ込むまいと、由香奈に「もういいです」と返しながら溜息を吐いた。



「ごめんってー。あ、丁度いい所に! 白鳥せんぱーい!」



 階段を上り切ると三年一組の教室の前に一人の少女が立っていた。すらっとした足に細身の身体は制服の上からもよく分かるほどにスタイルが良い。


 雀色の長い髪を耳にかけて呼ばれた少女は振り返る。少しきつめの目元だが、綺麗な顔立ちの彼女が演劇部の部長のようだった。由香奈の姿を見て持っていた箱を抱えるように持ち直す。



「皇さん、遅いわ。中休みはすぐに終わるのよ?」


「す、すみません……。あ、この二人がわたしの友達です!」



 由香奈は少しばかり表情を引きつらせながらも後ろにいた時久と飛鷹を紹介した。



「こちら、白鳥葵しらとりあおい先輩。演劇部の部長だよ」


「初めまして、白鳥よ。貴方が皇さんの言っていたお友達ね」


「天上院時久といいます」


「新垣飛鷹です」



 名前を聞くや否や葵は二人に近寄ると、まじまじと観察するように見つめてくる。顎に手を当てながら見定めるように暫くそうしていると、「なかなか良いわ」と指を鳴らした。



「二人とも舞台に映えるわ」


「いえ、私は役者はやりませんよ」


「あら、そうなの? 貴方、よく映えると思うのだけれど?」


「嫌ですよ」



 時久が即答すれば葵は「残念ね」と眉を下げる。そんな顔をされても嫌なものは嫌なので、お断りさせてもらうと時久は「舞台には立ちませんよ」と念を押す。


 意志が固そうな様子に葵は諦めたようで「仕方ないわ」とそれを了承した。



「脚本のお手伝いはしてくれるわよね、探偵さん?」


「その呼び方、やめてくれませんかね。私は探偵になったつもりはありませんよ」



 時久の返しに葵は目を瞬かせる。どうやら噂はクラスだけではなく、三学年のほうにも広まっていたようだ。


 誰が広めたのだと思いながらも、話題を戻すべく時久が「それで詳細を説明してくれますか?」と問えば、「あぁ、そうだった」と葵は話す。



「演劇部の人数が減って、新入部員が少なかったのは皇さんから聞いていると思うのだけれど。それ以外にも役者の子が亡くなってしまってね……。それで役者の数が足りなくて困っていたの」



 演劇部に入ってきた新入生の半数は裏方をやってみたいという人で、役者をやりたいと言ったのは少なかったようだ。


 裏方も大事な仕事ではあるけれど、できれば役者にチャレンジしてほしかったと葵は残念そうに笑う。



「滝川さんの穴を埋められる子なんてそういないから困っていたけど、新垣さんならいけそうね」


「滝川さん?」


「自殺してしまった演劇部の役者よ」



 首を傾げる飛鷹に葵は目を伏せながら答えた。あっと飛鷹が口元に手を添えると、葵は「気にしなくていいのよ」と笑む。



「わたしも部員たちもとても悲しかったけれど、いつまでも引きずっては彼女も報われないでしょうから」


「は、はぁ……」


「それで次の演目なのだけれどね。鍵を巡るミステリーものなのよ」



 葵は気持ちを切り替えるように次の演目の話をした。ある一族の屋敷で起こる密室殺人事件の謎を追うという、よくミステリーものであるようなストーリーだった。



「本格とまではいかなくても、ミステリーものにしたいの。これはその小道具なのよ」



 そう言って葵は抱えていた小箱を見せる。箱の中には多種多様な鍵が複数本、入っていた。



「この鍵たちがポイントなのよ」


「これは本物の鍵で?」


「鍵の見本ってわかるかしら? 鍵屋さんなんかでも飾られるんだけど。古くて使わなくなった物を小道具として譲ってもらったの。部員の一人がね、協力してくれたからたくさん手に入ったわ」



 そう説明して箱の蓋を閉めながら葵は「トリックだって自信があるわ」と得意げに胸を張る。


 アイデアを出したのは部員たちだけれど、細かく決めたのはわたしなのだと自信ありげだ。彼女は「台本、持ってきたでしょうね」と、きつめの眼を向けながら言えば、傍に立っていた由香奈が慌てて手に持っていた台本を開いた。



「此処にトリックのネタが……」



 見せられた台本に書かれたトリックのネタを確認しながら時久はふむっと顎に手を当てた。


 それは確かに作り込まれてはいた。抜け穴など隠し通路を使ったものではなく、純粋に仕掛けを考えたものだ。ミステリーものでよく使われるトリックの改変なのだろうけれど、よくできてはいた。



「此処で疑問に思ってしまうのですが」



 時久はそう言って台本を指さした。トリックが記されているページには時系列や、誰が何をやってどうしているのかまで細かく書かれている。そのとある部分を指摘した。



「被害者は食堂にいて、犯人は一番遠い暖炉の間にいたと記されていますが、どうやってそこまで短時間で行ったのですか? 距離の時間など考えられていますけど、殺害するまでの時間って考慮していますか?」



 距離と時間まできちんと決められていたのを見て指摘したようだ。ページにはどうやって殺されたまで書かれており、犯人と被害者は激しく抵抗したとなっている。そんな状況が短時間で果たして終わるだろうか。



「抵抗できないようにするか、不意打ちを狙わないと時間が合いませんよ。ここにもトリックが必要なのでは?」


「確かにそうね……」


「あくまでもリアリティを追求するならってことなので。演劇としてなら問題はないと思いますけどね……でも、これは演劇というよりは小説にしたほうがいい気もします」



 細かく決められているのはいいことなのだろうけれど、これが果たして演劇に必要なのかは微妙なところだ。


 そこまで演技をするというのならば別だけれど、観ている側は面白くないかもしれないと時久は感じた。


 だから、思ったままを時久は伝えた。手伝うのだから一応は言っておいたほうが良いだろうと。葵は少しばかりむっとした表情を見せていたが言われたことには納得している様子だ。



「凝りたいのは伝わってきますけど、配役の人数って大丈夫なんですか?」


「裏方に回ってる子にもやってもらうから大丈夫よ」


「そうですか……」



 ペラペラと台本を捲って中身を軽く読んだ時久は「少しばかり強引なトリックに見えますけどね」と呟いて台本から目を離した。



「何処が強引なのかしら?」


「こことかですかね。紐を使った密室トリックというのはよくありますが、書かれているやり方では上手くいかないかなと」



 こういった紐を使うトリックというのにはコツがあり、それを手早くできる人間というのは少ない。時久は「リアリティを出したいならって話ならですよ」と感想を述べた。


 それに葵が「それは」と反論しようとして予鈴が鳴る。中休みの終わりを告げるその音に葵は眉を寄せるも、すぐに人良さそうな笑みを見せた。



「詳しく聞きたいから今日の放課後からお手伝いお願いするわ」


「分かりました。お役に立てるかはわかりませんけど」



 ただの口出しにならないだろうかと時久は思ったのだが、葵は何処か嬉しそうにしている。



「いいのよ。わたしは貴方のお話、もっと聞きたいの」



 ずんっと顔を近づける葵に時久は思わずすっと身を引かせて、蠱惑的に見つめる彼女から視線を逸らした。あまりの距離の詰め方に時久はこの先輩は苦手だなと感じる。



「ちょっと、ちかーい!」



 そう声を上げて時久の身体を引いたのは飛鷹だった。「近いでしょ!」と驚いたように言う彼女の様子に、葵はふーんと何かを企むように口角を上げた。



「……それじゃあ、天上院くんと新垣さん。放課後からお願いね」



 にこっと笑みを見せて葵は教室へと戻っていく。飛鷹は「何、あの先輩」と訝しげに見つめながら首を傾げた。



「時久くんに近すぎない?」


「多分、気に入られちゃったんじゃないかなーって……」


「えー、そうなの? まぁ、時久くんは格好いいけどさー」



 それにしても露骨すぎないかと飛鷹は指摘する。何か企んでいるように見えるようで、「時久くん気をつけてね」と注意された。


 飛鷹の指摘通り、分かりやすくやっていた気もしなくはない。時久はこれ以上の面倒事は嫌なのだがと渋面を見せた。



「天上院くん、ごめんね」


「いえ、別にいいのですが……」



 良くはないのだが由香奈が悪いわけではないので、彼女を責めることはできない。だから、問題ないと返しておく。



「白鳥先輩、愛想はいいんだけどさ……」


「あの先輩って性格悪いの、ゆかっち?」


「まぁ……」



 歯切れ悪く由香奈は返事を返した。少しばかり気にはなったものの、深く聞くことを時久たちはしなかった。


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