第7話『すごいお仕事だ。頑張らないと』
私は春から無事高校生になれた。
新しい制服も買ってもらえて、カバンや教科書だって買ってもらえた。
きっと高かったと思う。
だから、前にお母さんと相談して決めていた夜のお仕事をしてお金を返すと言ったら、怒られてしまった。
そんな事は必要ないと。
でも、お金は受け取れないと朝陽さんに言ったら、幸太郎さんがやってきて、なら新しい制服で家族写真を撮ってくれたら、そのお礼が制服代だと言っていた。
お母さんも言っていたけど、制服で写真を撮ると高いお金で売れるらしい。多分それなのだろう。
私が分かったと言ったら、二人ともホッとした顔をしていた。
私もそんな二人の顔を見て安心した。
私はバカだから、変な事を言って朝陽さん達を困らせてしまったり、怒らせてしまう事がちょくちょくある。
朝陽さんは凄い優しいから私を追い出さないでくれるけど、気を付けないと、出ていけってなっちゃうかもしれないから。気を付けようと思う。
でも、やっぱり不安だから、何かお仕事をしたいと言ったら、陽菜ちゃんや綾ちゃんと一緒に遊ぶのが仕事だと言われた。
お仕事の雑誌を見せて貰ったけど、確かに子供の相手をするお仕事があって、それは凄いお金が貰えるみたいだった。
すごいお仕事だ。頑張らないと。
私は気合を入れて、日々のお仕事と勉強を頑張るのだった。
そして、学校では佐々木の練習を少し離れた所から見る様になった。
いつかの時は、どこに居るのか探すのが大変だったけど、この学校に来てからは佐々木はずっと真ん中に居て、すぐに見つける事が出来たのだ。
光佑お兄ちゃんや古谷君と毎日楽しそうに練習をしている。
私は、二人から先に帰るなと言われているので、練習を見ながらゆったりと座っていたのだが、そんなある日、知らない女の人に話しかけられた。
「君。千歳紗理奈ちゃんだっけ」
「……はい。そう、です」
「うーん。凄く警戒されてるなぁ。でも、猫みたいで可愛いかも」
「何か用、ですか?」
「まぁまぁ、そんなに警戒しないで。お姉さんと少し話をしましょう?」
「知らない人と話すなって、佐々木と光佑お兄ちゃんから言われてます」
「わぁお。過保護。噂は本当みたいねー」
「うわさ?」
「あー気にしないで。実はね。紗理奈ちゃんに良い話を持ってきたんだけど、興味ない?」
「興味ないです」
「あー! もうつれないなあ! そんな所も良いけど!」
「……」
「マズい。引いちゃってるわ。ごめんごめん。真面目に話すね。紗理奈ちゃん。料理に興味ない?」
「料理? 別に、ないです」
「本当かなぁ。本当に興味ない?」
「……ない」
「お料理は良いよぉ。大好きな人に、日ごろの感謝を伝える事だって出来る。ほら、紗理奈ちゃん。普段からお世話になってる人に何かしてあげたいと思った事、ない?」
怪しげな女の人に言われた言葉に私は顔を上げてその人と視線を合わせた。
「ほら、佐々木君が紗理奈ちゃんの頑張って作ったお料理を食べて、『旨い! ありがとうな! 紗理奈!』って言っている所を想像してみて? 他にも光佑君や、お世話になってる人にだって、喜ばれちゃうかもしれないよ?」
私はその人が言っている事を想像して、喉を鳴らした。
みんなが喜んでくれる。それは、きっととても良い事に思えた。
でも。
「……でも、私、料理出来ない。朝陽さんも包丁は危ないからって、触らせてくれない」
「そうなのかぁ。それは可愛そうにねぇ。でも、そんな紗理奈ちゃんでもお料理の練習が出来る場所があるんだよ」
「え? どこ?」
「かかった……!」
「……?」
「あー、何でも無いよ。それはね。お料理部だよ。紗理奈ちゃん!」
「お料理部」
「しかも私はそのお料理部の部長! 二年生にして部長! あまりにも人望を集め過ぎた女! つまり、私が許可すればすぐにでも紗理奈ちゃんはお料理部に入る事が出来る!」
「入る事が、出来る!」
「さぁ、紗理奈ちゃん。私の手を取って……! 共に行きましょう!」
「……うん」
「私の事は河合先輩、いえ、風香お姉様と呼ぶのよ! 紗理奈さん!」
「風香お姉様?」
「ぐっ!! ヤバい。これ、癖になりそう」
何故か一人で胸を抑えながら地面に蹲ってしまった風香お姉様に近づいて、私はその背中を撫でる。
痛いのかもしれないし。気持ち悪いのかもしれない。
「大丈夫? 風香お姉様」
「はぅ!! やべぇ、興奮してきた。今夜のおかずは紗理奈ちゃんにするかぁ!」
「やぁ。河合さん。何をしているのかな?」
「うげっ! その声は!! た、立花光佑! この、シスコン野郎ォ! 紗理奈ちゃんは私の妹だ! お前にはやらないぞ!」
「河合ィ! 紗理奈ちゃんが誰の妹だ! 誰の! てか、人をシスコン呼ばわりするんじゃないよ」
「うぉぉおおお!! あ、頭が割れる!! リンゴの様に潰されるゥ!! HANASE!! もう止めてェ!」
「光佑お兄ちゃん、こんにちは」
「うん。こんにちは。紗理奈ちゃん。怪しい人に話しかけられて怖かったね、これは処分してくるから、気にしないでね」
「え?」
「あ。目がマジだわ。ちょっ、お許しを! お許しを!」
「大丈夫だ。罪の穢れなくば、焼却炉の聖なる炎は汝を焼かぬ」
「魔女裁判じゃねぇか! うぉおぉおお! いやだぁぁああ!!」
「だ、だめ。光佑お兄ちゃん! 私、風香お姉様に、教えて貰いたい事があるの」
私がそう光佑お兄ちゃんに言った瞬間、空気が変わった様な気がした。
右手で風香お姉様の頭を掴んでいた光佑お兄ちゃんの笑顔は笑顔なのに、どこか怖くて、風香お姉様も何か震えている様だった。
「風香お姉様。風香お姉様か。河合。少し話をしなきゃいけないみたいだね」
「お、おやー? キラキラしたイケメンで女の子に優しい光佑きゅんが、こんな可憐な女の子にって、いだっ、いだい! 割れるって、マジ、中身出ちゃうから!」
「よく覚えておいて欲しいんだ、河合風香。紗理奈ちゃんはもう実質俺の妹。手を出したら、どうなるか、分かるね?」
「わ、分かりました! 気を付けます! 気を付けますから!」
「よろしい」
「はぁー! はぁー! し、死ぬかと思った。とんでもねぇ妹狂いだ」
「大丈夫? 風香お姉様」
「ギロリ」
「ヒッ! さ、紗理奈ちゃん。風香お姉様は止めようか。河合先輩で、河合先輩でいこう!」
「……? わかりました。河合先輩」
「ふぃー。命拾いしたぜ」
「で? 河合は何で紗理奈ちゃんに声かけてたんだ? 警察行くか?」
「違う違う。ナチュラルに級友を豚箱に入れようとしないで。調理部に誘ってたんだよ」
「あー、なるほど。うーん。確かに。河合の所なら……良いか。分かった。そういう事なら」
「理解して貰えて何よりだよ」
「光佑お兄ちゃん。私、お料理部に入っても、良いの?」
「あぁ、紗理奈ちゃんがそうしたいなら、良いよ。ただ、早く終わっちゃったら、この河合先輩と一緒に待っててね」
「うん!」
「という訳で、河合。後は頼んだ。信じてるよ」
「……へへ。まぁ、任せて下さいよ。オニイサマ! いだっ! 痛い! 肩壊れちゃう!」
何だか楽しそうだった光佑お兄ちゃんを見送って、私は河合先輩と一緒にお料理部をやっている場所へと向かった。
その途中の道で、歩いていた河合先輩が急に立ち止まって、周りをキョロキョロと見ながら、私に近づく様に合図すると耳元でヒソヒソと内緒話をしてくる。
「紗理奈ちゃん。光佑君が居ない所では、風香お姉様って呼んでね?」
「……分かりました。風香お姉様」
「ヒュウ! たまんねぇな! よし、お姉様が沢山その小さなおててに料理を教えてあげよう!」
「お願いします!」
それから、風香お姉様と一緒にお料理部へと向かって、とても仲良しな友達が出来て、一緒にお料理の勉強を始めた。
お料理部の人たちは優しい人ばっかりで、お願いすると何でも教えてくれる。
それに、とっても美味しいご飯を作る人ばっかりで、凄い人ばっかりだった。
私もこんな風に美味しいご飯を作って、佐々木と朝陽さんや幸太郎さん。光佑お兄ちゃんに陽菜ちゃんと綾ちゃんにも作りたいなと思う。
その日はかなり遅くまでお料理を頑張っていて、部室まで迎えに来てくれた佐々木や光佑お兄ちゃんと手を繋ぎながら帰る事にした。
「じゃあ、また明日ね。紗理奈ちゃん」
「うん。またね。風香お姉様。あ。間違えちゃった。光佑お兄ちゃん。今のは内緒だから、忘れてね。バイバイ。河合先輩」
「あぁ、忘れるよ。じゃあ、『バイバイ』だね? 河合」
「あっ、終わった……!」
私はお料理部の人たちにも手を振って、今日あった楽しい事を話しながら二人と一緒に家に帰るのだった。
そして、家でお料理部に入ったという話をしたら、なら家でも練習しましょうって朝陽さんが言ってくれて、私は家でも練習出来る様になるのだった。
嬉しい。
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