第4話『佐々木はお前みたいな奴とは違う』

中学校二年生になり、私は来年以降にどうすれば良いのか悩んでいた。


お母さんは、中学を卒業したら働けと言っていて、私もそうするべきだと思っていた。


でも、我儘な私は佐々木と一緒に高校へ行きたいと考えてしまっていた。


そこで、何とか働きながら高校へ行く方法は無いかと考えていたのだった。


でも、それはそんなに難しい話では無かった。


お母さんが働けと言っている先は夜のお仕事らしくて、昼の高校も一応通っても良いとのことだった。


何でも制服で夜の仕事をすればいいお客さんが付くらしい。


これは嬉しい知らせだった。


でも、問題はあって、それは私の頭が悪いという事だった。


今のままじゃ高校受験は難しいかもしれない。


と、そう先生に言われた私は、放課後に個別学習をする為に、指導室へ行くことにした。


ただ、これはあまり良くない事らしくて、誰にもバレない様にしないといけないと言われた。


一人の生徒にだけ集中して勉強を教えるのはいけない事なのだそうだ。


私はなるほどと言いながら納得し、こっそりと誰にも見つからない様に放課後の指導室へとやってきた。


先生は私が来ると、バレない様にしようと言って、部屋に鍵をかけて、奥の椅子に座る様に言った。


でも、私はこの時点で何かがおかしいと思って、鞄を抱きしめながら、奥には行かず、やっぱり帰りますと部屋から出ようとした。


しかし、先生は私の肩を掴むと、壁に勢いよく押し付けたのだった。


痛みを訴える私を無視して、制服のボタンを外してゆく。


「や、やめて」


「別に良いだろ。体売ってんだろ? 知ってんだよ。金を払えば良いんだろ?」


「やだっ」


「チッ、暴れるな!」


私は先生の腕を振り払おうとしたけれど、出来なくて、せめて暴れて逃げようとしていた。


しかし、そんな抵抗も先生の方が力が強くて、押さえられてしまう。


「んだよ。俺じゃ駄目だってか? 佐々木にはやらせてんだろ? なら良いじゃねぇか」


「佐々木は、こんな事しない!」


「同じだよ。男はみんな同じだ。お前とヤリたいって思ってんだ。どうせお前なんてこんな事しか価値がねぇんだから、大人しくしてろってんだ!」


「佐々木は違う!」


「同じだって言ってんだろ。騙されてるだけだよ、お前は。佐々木だって裸見せたらすぐに襲ってくるだろ!」


「違う! 違う! 違う!」


佐々木はお前みたいな奴とは違う。


お母さんの恋人とかいう人たちとも違う。


お父さんとも違う。


違う!


「うるせぇな。黙らせるか」


先生は手を高く振り上げて、それを私に振り下ろそうとして……。


「邪魔するぜ!!」


「うわっ」


「きゃっ」


「アァン? どうやら何か取り込み中だった様だな」


「お、お前は! いったい何者だ!!」


「おいおい。忘れたのか? 俺はこの学校の生徒。だろ?」


「あ、あぁ……そうだったな」


「という訳だ。そこのガキから離れてもらおうか」


「っ!!?」


その人は、窓ガラスをたたき割って、中に入ってくると、床に座り込み、服がはだけて前を隠している私を見た後に、笑いながら先生の腕を掴んで私から引き離すと、扉に叩きつけた。


そして、怖い顔で笑うと、痛みにうめいている先生のお腹に足を乗せて、先生ごと扉を外に向かって蹴り倒す。


「きゃぁあああ!!」


「何!? なに!?」


大騒ぎになっている外を無視して、その人は自分の上着を脱ぐと、私の肩に掛けて、笑う。


佐々木とは違う笑顔なのに、怖い事をしている人なのに、何故かあまり怖さは感じなかった。


「あんまり綺麗な服じゃなくて悪いな」


「コラァ! お前は……? っ、天野ォ! 何の騒ぎだ! これは!!」


「あー。石動……先生か。いやーちょっと気が向いてね。暴れてたんだ」


「適当に先生と付けるな! 気が向いてって、お前!」


石動先生は、怖い顔で怒りながら、外から部屋の中を覗き込み、私を見て目を丸くした。


そして、すぐに私の横に立っている人に視線を戻すと、厳しい口調で言葉を続けた。


「その……気が向いたという理由を教えて貰うぞ。天野」


「えぇ。勿論。あ。ただ部屋の中が少々荒れてるからな、女の先生を呼べるかい? 男じゃ、気を遣えないだろう?」


「そうか。分かった。佐藤先生! すみませんが、指導室の中をお願いできますか!?」


「は、はい! ちょっと待ってくださいね!」


石動先生の向こう側から部屋を覗いてきた若い女の先生は私を見ると石動先生と同じ様に目を見開いた後、すぐに部屋の中に入ってきた。


そして私の傍に来ると、怪我はない? 無理に話さなくても良いからね。と背中を撫でながら言ってくれた。


それが、何だか嬉しくて、私はボロボロと涙を流してしまうのだった。


「さ。行くとしようか。石動先生」


「あぁ。オラ! お前ら! 見世物じゃ無いぞ! 散れ! 散れ!!」


外では石動先生の声が聞こえていて、私はとりあえず騒ぎが落ち着くまで指導室の中で、佐藤先生に先ほどの話をしていた。


佐藤先生は自分の事でも無いのに、私の話を聞いて、瞳を揺らした後、ごめんね、ごめんねと繰り返し私に謝るのだった。


何で、佐藤先生が謝るのか分からないけれど、私も涙が止まらなくて、ただ首を振って、違うよ。としかいう事が出来ないのだった。




その後、私は何も体に異常が無いという事を話し、家に帰れる事になった。


ただ、そのまま帰らせるのは心配という事で佐藤先生に車で送ってもらった。


「さ。ここね」


「はい。ありがとうございました」


「電気は付いてないみたいだけど、親御さんは仕事?」


「そうですね。この時間はまだ仕事です」


「……分かったわ。じゃあ家の鍵をしっかり閉めて。変な人が来ても出ちゃ駄目よ?」


「分かりました」


「よろしい。じゃあまた明日ね」


私は車を降りてから先生に頭を下げて、車が行ったのを確認してから家に入った。


まだ電気は付いてないし、お母さんが帰ってくる前に帰ってこれて良かったと一安心し、扉を開けた私だったが、中に入ってすぐに奥から歩いてくる音に体を震わせた。


「随分遅い帰りみたいね? 紗理奈」


「お、お母さん」


「お母さんとの約束破って遊び歩いてたの? 悪い子ね」


「お母さん、違うの」


「違う? 紗理奈。貴女。私が間違ってるってそう言いたいの?」


「そ、そうじゃなくて」


「来な!!」


お母さんは私の腕を引っ張ると、玄関にうつ伏せで倒し、上から睨みつける。


そして怒っている時の深いため息を吐くと、上着を脱ぎなと言ってきた。


私は逆らってはいけないと、上着を脱いで、背中をお母さんに向ける。


「お前がしっかりしないから慎平さんも居なくなってしまったんだ。反省が必要だ。そうだろう?」


「はい。その通りです」


「じゃあ、声。出すんじゃないよ。ご近所に迷惑だからね」


私は痛みに耐える為に歯を食いしばる。


そしてすぐに後ろからいつもの火を付ける音がして、少ししてから背中に熱が走った。


漏れそうになる声を必死に抑えて、私は涙を流しながら、耐える。


震え始める体は手を握り、ただ、耐える。


我慢すればすぐに終わるから。


私が悪い子で、お母さんを困らせてしまうのが全部悪いから。


だから……。


「あのーすみません!」


「……っ!」


私が痛みに耐えていると、外から人の声が聞こえた。


近所の人だろうか。


いや、違う。この声は、さっきまで一緒だった佐藤先生だ。


お母さんは舌打ちをしながら立ち上がり、玄関に向かって扉を開ける。


外にいたのはやっぱり佐藤先生だった。


「あぁ、お母様いらっしゃったんですね。すみません。私、山浦中学校で教員をしております佐藤と申します」


「それで?」


「あ、いえ。そのですね。娘さんがバッグを忘れていってしまった為、届けに来たのですが」


「そうですか。じゃあ渡してください」


「え。あ。いや、あの紗理奈さんは」


「娘の物でしょ。私が貰うって言ってるんだから、さっさと渡しなさいよ」


「いや、そういう訳にも。少し話したい事もあるので……っ! 紗理奈さん!?」


玄関で蹲っていた私を見て、先生は驚いた様な声を上げた。


どうしたんだろうか。


「な、なにをしてるの!?」


「何って、しつけですよ。貴女には関係ないでしょ」


「しつけ!? 紗理奈さんが泣いているじゃないですか!」


「やかましいわね。耳元でギャーギャー騒がないでくれる? ウチにはウチの事情があるの。教師だか何だか知らないけど、踏み込まないでくれる?」


「これは虐待ですよ!? 立派な犯罪だ!!」


「煩い小娘ね。虐待? しつけだって言ってるでしょ。気になるなら紗理奈に聞いてみれば良いじゃない。ねぇ? 紗理奈。これはただのしつけよね?」


私はお母さんの言葉に、その目線に体を震わせて小さく頷いた。


「ほら」


「脅しているだけでしょ! こんなの許される訳が」


「許すもなにも。この子の親は私よ。外野からごちゃごちゃ言われる筋合いは無いわ」


「貴女!」


「これ以上騒ぐなら、警察を呼ぶわよ。そうなったら困るのはそっちなんじゃないの?」


「……っ!」


「紗理奈だってあなたが無駄に騒いだせいで周りから偏見の目で見られる事になるでしょうね。分かったら、さっさと帰りなさいよ」


「……紗理奈さん。また明日学校で、会いましょう」


「……うん。ごめんね。先生」


私は先生に手を振って、別れを告げた。


そして扉が閉まり、直後、怒りに震えるお母さんに掴まれて地面に顔を押し付けられた。


「この! お母さんに恥をかかせて!! 謝れ! 謝りなさい!!」


「ごめんなさい! お母さん、ごめんなさい!!」


結局その夜は、遅くまでお母さんに許される事はなくて、夕飯を食べる事は出来なかった。

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