ユウタの似顔絵

 美術の時間、先生は「友だちと二人一組になってお互いの魅力的な一面を引き出した似顔絵を描くように。誰と組んでも良いです」と言った。周りがざわざわとして席を移動し始める。ユウタは背中を丸めて席から動かずじっとしていた。


「ユウタ!組もうや」


まるで海を割ったという伝説を持つモーゼのようにざわざわとした周りの声を割ってカズキの声が耳に届いた。ユウタはホッとして、それから嬉しい気持ちで声のした方へ振り向いた。


「うん」


 先生が「他の人の邪魔にならないところであればどこで描いてもいいです」と言うので殆ど皆教室から出ていってしまった。カズキは「動くのめんどい」と言ってその場でスケッチブックを広げる。


「じゃあ先に俺が描くから。ユウタはじっとしてて。動かんの得意やろ?」

「得意ではない」

「得意やん。さっきも友だちと二人一組でって言われてるのに全然席から動かんかったし」

「それは…」


それはもしカズキを誘って「もう別の友だちと組んだから」と言われた時絶対凄くショックを受けるから自分から誘う勇気がなかったのだ。


「俺が誘ってやらんとお前〝ぼっち〟やもんな」


ムカつくけどその通りだから何も言えない。他にも沢山友だちのいるカズキが選んでくれたのは嬉しいが少し申し訳ない気持ちもあった。ユウタは本当に俺で良かったのかなと不安に思っていた。


「ユウタさ、口を開けてこっち見て」

「なんで?」

「ユウタ歯並び綺麗やん。魅力的な一面は口かなって」

「先生言ってたんってそういうことなん?」

「うるさい。〝あー〟って口を開けなさい」

「歯並び描くなら〝いー〟ってした方がいいんちゃうん」

「うるさい。〝あー〟ってしなさい」


ユウタが口を開くと「もっとちゃんと開いてくれんと見えん」と言われ、更に目一杯に口を開いた。カズキの視線が口の中を見ている。歯医者に行った時なんかは何とも思わないけれど口の中を人に見られるのって結構恥ずかしいかも…そう思って口を閉じた。


「あっ!勝手に閉じんなよ」

「ちょっと恥ずかしいから普通に描いてくれん?」

「なんで恥ずかしいん?」

「やってみたらわかるよ」

「ゴタゴタ言わんと口開けろって。絶対恥ずかしがんなよ」


カズキはそう言ってニヤッと笑う。ユウタはため息をついた。カズキはたまに俺が嫌がることを嬉々としてやろうとする。こうなったら聞く耳を持たないことを今までの付き合いから分かっていた。ユウタは教室を見渡して教室に残っている他の生徒の位置を確認した。誰も今いる位置からは自分の顔は見えないだろう。幸い今は先生もいない。


「分かったよ。でも口が渇かんうちに終わらせてよ」

「任せろ」


ユウタが口を開けるとカズキは鉛筆を走らせた。こんな姿他の人には絶対見られたくないもんな。それを嬉々として描こうとするカズキはやっぱりおかしなヤツだと思う。カズキは鉛筆を走らせながら「そのまま何か喋ってみてや。今描いてるから絶対口はそのままな」と言った。


「ああああああああ、ああ!(早く終わらせろ、アホ!)」


何をさせられてるんだろうと思いながらもユウタは言われたとおり口を開けたままに喋った。


「最後の〝アホ〟だけ分かった」


そう言ってカズキはケラケラと笑う。

そんな風に最初はふざけて描いていたカズキだったが途中から真剣な表情でスケッチブックに向かっていた。ユウタはその真剣な眼差しと目が合った瞬間、不覚にも少しかっこいいと思ってしまった。


「はい、とりあえずオッケー」


カズキは鉛筆を置いてスケッチブックを見せてきた。


「どう?」

「…うん、いいと思う」


たぶん普通は似顔絵を書いてもらう時上手く描いてほしいと思うものだが、この時ユウタはカズキの絵が上手くなくて良かったと思った。


「次ユウタが描く番。どういう顔しとけばいい?」

「んー…真剣な顔?」

「真剣な顔?ムズっ!」


カズキは困った風に眉を寄せて眉間にシワを作った。


「あはは!じゃあ真顔でいいや」


ユウタは絵が得意な方だ。どうせなら上手く描きたいと思う。真顔の要望に応えようとするもなりきれずにいるカズキの顔を見ながらスケッチブックに鉛筆で線を足していく。


「なぁ」


カズキはユウタの方に顔を固定しながら真面目に描こうとするユウタをなるべく邪魔しないように声をかけた。


「お前が恥ずかしいって言うのなんか分かったかも。ちゃんと見られるのって恥ずいな。ちょけていい?」

「あかんに決まってるやん。さっき俺めっちゃ頑張ったんやからカズキもじっとしてて」


ユウタは鉛筆を持つ手を止めないで答えた。また暫くするとカズキが口を開いた。


「めっちゃ俺のこと見るやん。そんな見んでも描けるやろ」

「なんなん?恥ずかしいわけ?」


ユウタは形勢逆転した気がして気分が良かった。


「ちゃうけどさ…」


口をモゴモゴとさせるカズキは新鮮だ。ユウタの中にイタズラ心が芽生えて追い打ちをかけたくなった。


「ていうかさ、よく見たらカズキってかっこいいよな」


するとカズキの顔が明らかに動揺した。


「なんなん!お前!」


そう言ったカズキの顔は誰がどう見ても真顔とは言えないほど頬が緩んでいた。それを見てユウタは思わず笑ってしまった。


「ほんまになんなん!笑うなよ」

「でもほんまに…さっき真剣な顔して俺の似顔絵描いてるのちょっとかっこいいと思った」


そう言うとカズキの顔は赤くして横を向いた。いつもからかわれている分、これくらい仕返ししてもいいでしょ。


「ほらまだ途中やからちゃんと俺の方見てよ」


照れた顔をしてこちらを向くカズキを見ると何故かユウタ自身も照れくさくなってしまってそこからはお互い無言で似顔絵の制作に取りかかった。


ユウタが下書きを終えるとカズキは「なぁ、見せてや」と言った。出来た似顔絵は真顔というよりも少し照れくささの見える表情を捉えた絵になっていた。どういう反応をされるか不安に思ったものの「どう?」と言って見せるとカズキは一言「すげー」と言った。


「俺と組んで良かった?」

「うん。たぶんこの顔はお前にしか描かれへん」


 数週間後、完成したその似顔絵は美術の先生に「素晴らしい」と絶賛され廊下に飾られた。暫くの間ユウタとカズキは照れくささからその廊下を顔を伏せて歩くこととなった。

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青春ナポリタン ぬっこ @kaerunotamago

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