新しい生活です
ううん……、あれ?
なんでベッドで寝てるんだろう。
家はベッドじゃなくて布団なのに……。
ああ、そうだった。
……そういえば、異世界に召喚されたんだっけ。
召喚されたあの日の出来事は、鮮明に覚えている。
恵美は寝心地がいい柔らかいベッドの上で目を覚ました。
見慣れない部屋の中と景色を見て、出かけた先のホテルで起きた時のような気持ちになる。
いまだに、この部屋に慣れることができない。
体を起こして、いつの間にか用意されていてとりあえず着ていた服から、壁にかけてあるいつもの中学の制服に着替える。
召喚された時に着ていた制服は紺色のブレザー。地球から持ってくることができた数少ないモノの中の一つだ。
「やっぱり、夢じゃないんだ」
今までのことが全て夢で、本当は家で眠っていただけで、目が覚めたらいつも通りに学校に行く。
そうであってほしいと期待しなかったわけではない。
どちらかというと、現実ではそちらの方がよくありそうなことだろう。
勇者召喚された夢を見た。そっちの方がよくあることだろう。
現実だったらよかったのに……、と、召喚された夢を見た人は残念に思う。
そういう人の方がきっと多いはずだ。
逆の人なんて、ほとんどいない。
恵美たち三年一組は、その召喚された側になっているのだが。
「穂乃果、起きて。ほら、起きないと朝ごはん逃しちゃうよ?」
「んあ……天使みたいな人が見える……むにゃ」
「も〜、寝ぼけてないで、ほら起きる!」
恵美は勢いよく、穂乃果がくるまっていた布団をひっぺがした。
「っひゃあ!!」
あたたかい空気が、布団の外の冷たい空気と混ざり合う。冷たい空気に触れた穂乃果は、お化け屋敷で驚いた時のようなすっとんきょうな声を出して飛び起きた。
呆然としている穂乃果に、私は話しかけた。
「おはよう、穂乃果。今日は起きられたね」
「……恵美ちゃ〜ん。流石にこれは酷いよ……。ほら!! この腕見てよ! 今も鳥肌が立ってるんだよ!」
そう言いながら、穂乃果は腕をまくって見せつけてくる。
その腕は確かに、鳥肌が立っていた。
ぶつぶつとしていて……。
「気持ち悪いね。その腕」
「全部恵美ちゃんが布団を剥がすって起こし方をしたせいだよ!」
恵美は正直だった。
「まあまあ、とりあえず穂乃果も制服に着替えてね」
「今、あからさまにはぐらかしたよね」
「そ、そんなことないよ〜?」
そうなんだ……、と恵美に疑いの目を向けながら、とりあえず穂乃果は制服に着替えた。
身支度を整えた後。
「じゃあ、朝食食べに行こうか」
「うん! 私、お腹ぺこぺこだよ〜」
「太らない程度にね」
「……それは気を付けるね」
朝食を食べるために部屋から出る。
そこで、隣の部屋から出てきた誠司と金竜に合流。たまたま同じタイミングで外に出てきたようだった。
「おはよ〜誠司。頭が爆発してるよ」
「そういうお前も……って、今日は寝癖やばくねえのか」
誠司は慌てて支度をしたのか、髪は爆発したまま、服装もきっちりとは整っていなかった。
普段の恵美は、寝癖がすごいことが多いのだが、今日は……いや、最近はきっちり整えるようになっていた。
「聖也くんもおはよう」
「おはよう、穂乃果」
恵美と誠司が話している間、穂乃果と金竜も何気ない挨拶を交わす。
話している二人とは違い、金竜と穂乃果の話題はすでに尽きていた。
何も喋らない、無言の時間が気まずくて、穂乃果は今思いついたことを話題を、金竜に話す。
「……そ、そういえば、今日は朝食の後、勉強だったよね?」
「ああ、この世界の魔王が生まれた原因についてとか、魔法の基礎とかをやると言っていたね」
「ここ数日は、ゆっくりしてて何もやることが、なかったから、楽しみだね」
「楽しみかと言われれば、うん。結構楽しみだと思う」
勇者として異世界に召喚されてから、なんだかんだ今日で四日目になる。勇者の活動を始めるのが少し遅れた理由は、召喚されたストレスで体調を崩した人が続出したからだ。
体調を崩した状態で何かをやっても、逆に悪化してしまうということで、数日の自由な休みをもらっていた。
元気な人も、その間は城の中を案内してもらったり、クラスメイトと会話をしたり、少し先に武器を持って剣を振っていたりと、各々の時間を過ごしていた。
再び穂乃果は話すことがなくなったが、ちょうど恵美と誠司の会話も終わったため、全員で朝食を食べる場所に向かう。
朝食を食べる場所は、クラスメイトが寝ているあたりから少し歩いたところにある。
恵美たちが寝ている部屋の2倍くらいの大きさの部屋で、中心に長方形の長い机。そこに大量の食事が置かれている。
そこからそれぞれ少しずつとって空いている席で食べるような感じだ。
隣の部屋なのもあって、よく集まるようになった恵美たち四人は、どれにするか選んでから、空いている同じ席に座った。
「なあ、聖也……。今聞きたいことがあるんだがいいか?」
「いいよ、誠司。聞きたいことって何?」
「俺の親友の白鳥 涙って知ってるよな?」
「うん……。恵美と誠司とよく話してて、一部に悪口言われてる目元を隠してるクラスメイトだよね」
金竜は、「その涙がどうしたの?」と、誠司に聞いた。
誠司や恵美、穂乃果も、金竜のことを呆れたように見つめる。
そこまで知っててなんで気づかない!
あまりにも気づかない金竜に、そう言ってやりたかった。
「お前も、いなくなってることに気づいてなかったのかよ」
「……本当だ。確かに涙はいないね」
指摘すると、金竜はすぐに気づいた。
「みんな、るいくんがいないことを話題にもしないんだよ」
「それは、ただ僕みたいに気づいていないだけなんじゃないかな?」
気づいていなかったら、それはそれで同じクラスとしてどうなんだよ……。とか、本当にいつも悪口言っていたのか。とも思うのだが。
「……そうじゃなかったら、気づいているのに気づかないふりしてるってことだよ」
恵美は、制服のスカートを両手でぎゅっと握りしめ、唇を噛む。
金竜がガタッと椅子から立ち上がり、机に上半身を乗り出す。
「それなら、僕も協力する。涙がいない原因を探す。なんでみんな気づいていないのか、理由を見つける。僕が見つけて見せる」
理由を見つける? 僕が見つけて見せる……か。
……自分だって気づかなかったくせに。
顔をあげて、恵美は金竜の方を見て軽く微笑む。
「……そうだね! 協力者は多い方がいいもんね! じゃあ、よろしく」
「ああ、僕が必ず突き止めるよ。じゃあ、お先に」
食べ終わった金竜は、元気よく去っていった。
金竜が去った後。
「やっぱり、聖也も気づいてなかったな」
「誠司くんが指摘したら思い出したみたいだけど……」
さっきの微笑みから一転。
落ち込んでいる恵美を見て、誠司と穂乃果は残念そうにため息を吐いた。
責任感があるクラス委員長である金竜は、この場にいる三人以外では、誰よりも涙に関わっていたというのに。
「何にも覚えてなかった」
「大丈夫だよ、恵美ちゃん。指摘したら気づいたんだから」
これから頑張ればいいよ。
穂乃果は恵美を励ました。
「そういえば、全員食べ終わってたね。そろそろ私たちも行こっか」
「今日は早めに余裕持って行ったほうが良さそうだしな。ほら、穂乃果も早く行かねえと」
恵美は席を立って、使った食器を、まとめてある場所に片付けに行く。誠司も、席を立って追いかける。
すでに恵美は落ち込んでなどいない。
いつも笑顔で、クラスの人気者・青花 恵美に戻っていた。
「うん。すぐ行くから先に行ってて」
ーー恵美ちゃんも……、我慢しているはずなのに。たまたま一緒に召喚されたクラスメイトのために無理なんかしなくていいのに
穂乃果は、少し遅れて二人のことを追いかけた。
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