愛殺モデュレーション

霜月ふたご

(01)都会の町の影

 森や山に囲まれた長閑のどかな場所にその村はあった。

 自然豊かで、村人たちは山菜を採ったり畑を耕したりしながら平穏に暮らしていた。


 そこに、シソクという少年が住んでいた。

 特に何かひいでた能力があるわけでもない。他の誰とも変わりのない普通の少年であった。


 シソクは家に一人で暮らしていた。以前は、母親と一緒に住んでいたが、数年前に病気で亡くなってしまったので独りだった。

 それでも、シソクがさびしさを感じることはなかった。

 彼の周りには温かい村の人たちの存在があったからである。


「これでいいかしら?」

 シソクの前に、少女が居た。

 木でまれたバスケットを差し出して、シソクに中身を見せた。

 ニンジン、タマネギ、キュウリ──。

 カゴには様々な種類の野菜が綺麗に並べて入れてあった。

「うん、ありがとう」

 シソクはバスケットを少女から受け取るとお礼を言った。


 すると、少女からは笑みが返ってきた。

「まだ足りないものがあったら言ってちょうだいって、ウチのお父さんも言ってたわよ」

 そう言って、少女は振り返って隣家りんか見遣みやる。

 そこが少女の家であった。

「ありがとう」

 シソクがお礼を言うと、少女は笑った。

「うん。お父さんに、伝えておくね」

「ナジーもだよ」

「えっ……?」

 不意打ちに名前を呼ばれて──ナジーは目をまたたいた。

「いつも気にけてくれて、ありがとう。本当に助かっているよ」

 シソクは素直な気持ちでお礼を言った。


 シソクの気持ちがナジーにも伝わったようである。彼女のほおはポーッと赤くなった。

「い、いいよ……」

 モジモジとずかしそうにナジーは言いながら、シソクから視線をらしたのであった。


「ウァアアアァアンッ!」

 そんな雰囲気をぶち壊すかのように、突如とつじょとして野太い叫び声が聞こえてきた。

 シソクとナジーが視線を向けると、そこに村のおじさんの姿があった。おじさんは祖母のおばあさんに肩を借りながらヨロヨロと歩いていた。目から大粒の涙があふれ、ワンワンと泣いていたものである。


「どうかしたんですか?」

 心配したナジーが声を掛けに行く。

 泣き崩れたおじさんの肩をさすってなだめながら、おばあさんが教えてくれた。

「デルちゃんがね、都会の町に行っちゃったんだよ。書き置きがあったのさ。だから、この調子でねぇ……」

「……え?」

 信じられないと言ったようにナジーは目を丸くした。


「ウワァァアアアンッ!」

 会話が聞こえ、思い出したようにおじさんは大声で泣き叫んだ。

「……すまないねぇ。これで、失礼するよ」

 おばあさんはおじさんを支えて立ち上がらせた。

 そして、これ以上の醜態しゅうたいさらさないようにと道を進んで行った。


 遠ざかって行くおじさんたちの背中を見送りながら、ナジーは呟いたものである。

「最近、多いのよね。アッチラもトコスケも……みんな、都会の町に夢を見て、村を出て行ってしまったわ」

「そうなんだ……」

 シソクは相槌あいづちを打ったものだ。

 社交的なナジーとは違って、シソクは村の事情にうとかった。ナジーから聞かされて、初めてそのことを知ったものである。


「そんなに良いものなのかな、都会の町って……?」

 シソクが首を傾げていると、ナジーから冷ややかな目を向けられる。

「そりゃあ、シソクは栄えた町から来たから、そんなことが言えるのよ。生まれた時からずっとこの村で生活している子たちは、みんな都会の町に夢を見るものよ」

「それじゃあ……まさか、ナジーも……?」

 シソクは恐る恐る尋ねたものである。

 彼女の話の対象として、ナジー自身も当て嵌まっていた。

 それはシソクにとって歓迎できるものでなかった。親しい者と離れ離れになってしまうのは嫌であった。


 シソクは身構えたものだが──しかし、ナジーは何の迷いもなく、首を横に振るって否定した。

「私がどっか行っちゃったら、シソクが飢え死んじゃうかもしれないじゃない!」

 うそぶいてみせて、舌をペロリと出した。


 シソクは苦笑くしょうし、頭をいたものである。

「……とんだ言われようだなぁ……」


 シソクの反応を見たナジーはクスリと笑う。

──かと思えば、ナジーは急に真面目な顔になった。

「ここにはシソクも居るからね。私はどこにも行かないよ」

「そっか……そりゃあ、良かったよ」

 ナジーの言葉を聞いて、シソクは安心したものである。


 そして、二人で顔を見合わせて笑ったものだ。


 他愛たわいもないこんなやり取りが、シソクにはとても幸せなもののように感じられていた

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