第40話 炎の魔法を試していこう

 大晦日までの数日間を、俺はダラダラと過ごすことに決めている。

 配信はリスナー参加型ゲームとかをやるくらいに留めてだな。


 それも、19時スタートの21時終了くらいだ。

 隣人の睡眠時間的にも問題はあるまい。


 問題は……。


「配信が終わってからイグナイトモードに変身するけど、これだと暖房いらずだから快適だなあ」


『ウォームの魔法は常に体を一定の暖かさで包み込みますからね!』


『ん便利であろぅ~!』


 便利便利。

 なので、俺は基本、日常生活をイグナイト・スパイスの姿で過ごすことにしている。

 背丈が足りない分はレビテーションで補えるし。


 近場のスーパーへ買物に行くのもこの姿。

 いやあ、あったかいあったかい。


 最近では、スパイスの姿を近所のおじいちゃんおばあちゃんが見慣れてきて、挨拶をするくらいの関係になった。


「あらスパイスちゃん、今日もお買い物なの?」


「うん、そうだよー! 鶏団子鍋を作ってしばらく食べようと思って!」


「いいわねー! 今はね、ここのお野菜がお安いのよ」


「ほんと!? ありがとー!」


 みたいなもんである。

 食材を買い揃えた俺は、ついでに年越し用のカップラーメンならぬカップそばを購入。

 さらにおやつ用のチョコバーなどを買い、外に出た。


「あっ、おねえちゃん!」


「おや! いつもの小さい人!」


 何度も顔合わせをしている幼女が、俺に手を振っている。

 ちょうど母親と買い物に来たところだったらしい。


 ではせっかくなのでまた公園で幼女氏と会合をするかということになり、俺は外でチョコバーを食べながら待つ。

 寒風が吹いてくるが、全然寒くないぜ。

 さすがイグナイトモードだ!


「お待たせしました」


「いえいえー」


「おねえちゃーん! おかしかってもらっちゃった!」


「よかったねー!」


 ということで、近所の公園に向かうのだ。

 母親の人がベンチに腰掛けて、スマホなどをポチポチし始める。

 今は幼女氏を俺に預け、つかの間の休憩をしてほしい。


 あと、母親の目が俺から逸れれば、幼女氏の前で魔法練習ができるというものだ。


「おねえちゃんきょう、かわいい!」


「ありがとー! スパイスはいつもカワイイからね! 君もカワイくなるんだぞー」


「うん! あとね、あと、おねえちゃん、なんでおきがえしたの?」


「いい質問だ! それはね、新しい魔法を使えるようになったからだよ。ちょっと練習していこう。見ててねー!」


「はーい!」


 ぱちぱちぱち、と拍手する幼女氏。

 ギャラリーがいると気合が入るぜ。


 まずは炎の魔法の基本のキ。


「灯れ、ティンダー」


 パチっと音がして、指先から火花が散った。

 それがぱちぱちぱちっと連続する。


 なーるほど、これで可燃物に着火できるわけね。


「はなびだー!!」


「正解! 花火の魔法だぞー!!」


 幼女氏がきゃっきゃっと喜ぶ。


「つぎは? つぎは?」


「そうだなあ……。他に使える魔法は……」


 コントロールパネルを展開する。

 これは俺にしか見えない画面だ。


 今まであった、浮遊の魔導書のスロットの横に、炎の魔導書のスロットが出現している。

 ティンダーとウォームが差し込まれており、俺は使用可能な魔法を探した。


「これにしよう。ホットウィンド!」


 空間に暖かい風を吹かせることで、空気の流れをコントロールする魔法だ。

 炎の魔法、意外とトリッキーだぞ。


 風と氷の魔導書があるのに、炎の魔法も風を扱うんだな。


『ん説明するぅ! 全ての魔法はぁ、繋がっていると言えるぅ! だがぁ! 体系化する際に魔道の王は大まかな区分を設けたぁ! 故に複数の魔法体系を横断する魔法が存在するぅ! 風と氷の魔導書を手に入れれば、ホットウィンドから展開する魔法系統が解放されるぅ!』


「なぁーるほど!」


 自宅に魔導書は置いてきたんだが、遠隔でイグナイトが念話をしてきた。

 個性的なやつだが、ちゃんと分かりやすい説明をしてくれるなあ。


 温かな風がぶわーっと吹き、幼女氏が「あったかーい!」と驚いた。


 寒風とぶつかりあった温風がつむじ風みたいなのを作り出し、周囲の枯れ葉なんかを巻き込んでくるくる舞い上がる。

 幼女氏はこれをみて、キャッキャと喜んだ。


 つむじ風の方向までコントロールできるのな。

 これ、フロートで浮かせたものを手を触れずに移動させたりできるな……。


 まさに魔法は組み合わせだ。

 アクセルと合わせるとまた面白いことにもなりそうだし、リバースを掛けたら逆回転にできるのか。


 なるほどなるほど……。


「おねえちゃん?」


「おっと! 見てくれてありがとうねー! また新しい魔法を仕入れたら見に来てね!」


「はーい!」


 俺は幼女氏とまたハイタッチをした。

 再会の約束である。


 また来年。


 母親と幼女氏と手を振って別れる俺なのだった。

 帰宅すると、ちょうど夕方。


 隣人が仕事納めをしたようで、ちょうど帰りにばったり会った。


「こんばんはー!」


「あっ、こ、こんばんは」


「お仕事もう終わりなんですか? お疲れ様です」


「ありがとうございます。あなた……お兄さんもお仕事は終わりで?」


「ええそうなんですよー」


「自分は年末年始は実家なんで、賑やかにしてもいいですから」


「あっ、そうなんですか!? ありがとうございます!」


 大晦日正月に配信をしろというのか!?

 いや、せっかく夜まで騒げるチャンスだな……。


 大晦日には、冒険配信者の大歌謡祭があるようだ。

 これをリスナーと同時視聴するのもいいかも知れない。


 そんな事を考えながら帰宅した俺を、魔導書とAフォンが賑やかに迎えてくれるのだった。


 ……待てよ。

 これって複数人で暮らしてると思われないか……?

 ま、いいか!

 どうせ来年には引っ越すのだ。


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