第35話 吹っ飛べ宇宙の彼方まで

 炎の魔女が魔法を使おうとする時、一瞬のタメがある。

 ほんの一呼吸ほどだが、格ゲーにすると30フレームはあるわけで、つまりは1/2秒。

 十分過ぎる隙だった。


 俺は既に、詠唱を配信画面に打ち込んである。


「アクセル・スパイラル・フロート!!」


 難燃性プラスチック板が高速回転しながら、猛烈な勢いで上昇した。

 それが炎の魔法を放とうとした魔女の腹に叩き込まれる。


「ウグワーッ!?」


 プラスチック板は魔女を乗せたまま、どんどん加速・上昇していく。

 ダストシュートは細く長く伸びた構造だ。

 本来は落とすためのものなのだが……ここがダストシュートの最底辺。


 そこから上に向かって炎の魔女を打ち上げる!

 プラスチック板で空に向かってふっとばされれば、フレイヤも流石に状況を理解する。

 炎の力がプラスチック板に集中した。


「こっ、こんなものであたしがぁ!!」


「リピートアフターミー! 呪文を唱えてペッパーども! お肉ども!!」


『皆さん元気よく呪文を詠唱しましょー! コピペでいいですよーっ!! コメント欄にテキストを載せておきますね! アクセル・スパイラル・フロート!』


 ナイスフォロー、フロータ!


※『分かったぜ!』『アクセル・スパイラル・フロート!』『アクセル・スパイラル・フロート!』『アクセル・スパイラル・フロート!』『アクセル・スパイラル・フロート!』『アクセル・スパイラル・フロート!』『アクセル・スパイラル・フロート!』『アクセル・スパイラル・フロート!』……!


 集まる同接の力!

 俺の魔法はさらに強力になり、魔女の魔法を跳ね除けた。


 超回転となったプラスチック板が、魔女を物凄い勢いでかちあげる!

 ダストシュートを遡り、最上階まで突き抜けていく。


 こういう天井が高いような構造の施設は、ダンジョン化すると天蓋が抜け、異世界に通じる法則があるようなのだ。

 今回も完全にそのパターン。


「ウグワーッ!! あ、あたしがこんなことで! こんなものでやられるはずが……!!」


 ダストシュートの縁を炎で焼きながら、変形させて己の支えにしようとする炎の魔女。

 だが、そこに我らのアポカリプス系配信者が駆けつけた!

 バイクでビル内の最上階まで到達したチャラウェイがクロスボウを構えたのだ。


 これをスマホで同時視聴できるから、本当にいい時代になったなあ。

 あっ、矢の先端にキンキンに冷やした保冷剤が!?


※『うおおおお行け保冷剤!』『炎なんか冷やしちまえ!』『文明の力だーっ!!』


「ヒャッハー!! 汚え炎は鎮火だーっ!!」


 勢いよく放たれたクロスボウの吸盤付きアロー

 先端にクリップでくっつけられた保冷剤が、魔女の放つ炎を打ち消していく!


 熱で変形した縁が、急速に冷やされて劣化。

 ついに砕け散った!


「馬鹿な!! そんな……そんな馬鹿なーっ!!」


 叫びながら、魔女は空へ空へとグルグル回されながら吹っ飛んでいく。

 しばらく炎がごうごうと吹き出す様子が見えたが、遠ざかりすぎて全然分からなくなった。


「ちょっと様子を見ようねー」


※『はーい』『スパイスちゃんの手持ちの札をすべて使った、とんちバトルだった』『チャラウェイいい仕事するなあ』『科学の力と魔法が組み合わさると最強に見える』『チャラウェイは半分気合による成果だった気がする』


「そだねー。チャラちゃんさすがだなー。あっ、ダストシュートをバイクで下ってきた!」


「ウェイウェイ! やってやったぜ!! ……やったか!?」


「それフラグだよチャラちゃーん!!」


 コメント欄がドッと沸く。

 で、ここまでまったりしても、炎の魔女が戻って来る様子はなかった。

 これはどうやら……。


「よっしゃー! 宇宙へ放りだしてやった!! 大勝利、ぶいっ!」


 その証拠に、空からふらふらと真っ赤な魔導書が降りてくるではないか。

 炎の魔導書だ。


『あひゃひゃー! あいつ、主をぶっ飛ばされて意気消沈してますよ! 契約していた魔導書が魔女から離れるのは、その魔女が倒された証拠ですねー。主様大勝利ー!

 いやー、ジャイアントキリングでしたねー』


「本当に勝てるとはねー。まあ、全然勝つ気だったけど。えーとですね、スパイスの宿敵その一をやっつけました! みんなのお陰だよー! ありがとうねー!」


 画面に向け手を伸ばし、手のひらを広げてぶんぶん振る。

 スパイスからの感謝を受け取るがいいー!


※『どういたしましてだよー!』『かわいい』『かわいいものを守ることができた』『良きクリスマスだった』『今年も一人のクリスマスだと思ったら、思わぬ収穫があったな』


 なお、スパイスの背後でチャラウェイがダンジョンボスのデーモンをサクッとやっつけている。

 ずっと状況に置いていかれてドン引きしていたデーモンは、『そんなー』とか言いながら消えていった。


 ダンジョンが消えて……ただのゴミ捨て場になったよ!

 異世界とのリンクも途絶えた。

 急に狭くなったなあ。


「ヒャッハー! これバイクが外に出られないんじゃね?」


「が、がんばれチャラちゃん!!」


 ということで、二人でひいひい言いながらバイクを外に出したよ。

 扉を外したり、入口近くに放置されていた金属の籠を外に運び出したり……。

 魔女戦と同じくらい疲れた。


「えー、ということで汗だくになってしまったんだけどー」


※『はすはす』『いい香りしそう』『帰ったらお風呂入って』


「はーい! ニオイ嗅いでるお肉どもはそのうちしばくからねー! そんなわけで、今日の配信は終わり! またねみんなー! 年末まではちょこちょこ配信しまーす! ありがとねー! メリークリスマース!」


 ワーッと沸くコメント欄に手を振って、本日の配信は終了したのだった。

 いやあ、疲れた……!!

 命がけだと本当に疲れるなあ。


 チャラウェイも「フヒーッ」とため息を吐いたあと、ハイエースに設置してある携帯用冷蔵庫からビールを持ってきた。


「ウェイ!」


「あっ、さんきゅー!」


 二人でプシュッと缶を開けて、グーッと飲む。

 うひー!

 普段は飲まないビールなのに、うめー!


 二人で「かーっ」とか言って仕事の疲れを癒やしていると……。

 物々しい一団が到着したのだった。

 黒いバイクを先頭に、装甲車みたいなのが何台も。

 ヘリも!?


 バイクの上には、でかい人が乗っている。


「君たちがあの魔女を撃破してくれたのか。感謝する」


「あっ、いえいえ、どーもー」


 俺は軽く会釈しておいた。

 良く分からないなりに話を合わせておこう。


 チャラウェイは向こうが誰なのか分かっているようで、


「あっ、迷宮省の? 状況は解決ですよ。そいつが持ってた魔導書っていうの? それもスパイスの手に渡りましたし」


「ほう」


 バイクに乗っていた男の人がヘルメットを外した。

 かなり精悍な感じの男性だ。

 テレビで見たことあるな?


「近く、我々からの協力要請があるだろう。手を貸して欲しい。無論、報酬も出る。優秀な配信者とは常に繋がりを持っておきたいからな。これは私の名刺だ。何かあれば連絡するように。では」


 バイクに乗った人は去っていった。

 ふんふん。

 迷宮省長官、大京嗣也……?


 とんでもない大物じゃないか!

 現役の国会議員がバイクに乗って、魔女を追いかけてきたのか!?


 その後、装甲車から降りてきた黒いスーツの人達が色々俺達に事情聴取をしてきた。


 聞かれてもなあ……。

 祖母の仇の魔女が攻めてきたので返り討ちにしましたくらいしか言うことがないからなあ。


 彼らの名刺を受け取り、ここは解散。

 去り際に「未成年が飲酒はどうかと……。ほら、君の今後の成長とかね? そういうのに関わるから」とか言ってきたのでまあ、多分いい人たちなんだろうな……!


 ちなみに俺はおじさんですからね。


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