第31話 迷宮省

 元の姿に戻り、帰途につく。


 新宿大炎上とか、とんでもないニュースバリューだ。

 きっとネットは大盛りあがりだろう……と思ったら。


 ネットには何も流れていないのだ。


「情報統制が行われてるな。なんだこれ?」


 帰りの電車の中で各ニュースサイトをチェックする。

 新しい情報なし。


 ツブヤキックスでも、現場にいた人間のツブヤキがあったと思ったのだが……どんどんそれが消えていく。


「一体何が起こってるんだ?」


 俺の感じた疑問は、LUINEでやってきた古き魔女からのメッセージで氷解したのだった。


『迷宮省です。彼らは国内のダンジョン事案全てに介入する権限を持っていますから』


「そんな無茶苦茶な。民主主義じゃなかったんですかこの国」


 俺の返信に、冷静な返答がある。


『三十年前から、世界は緊急事態下にあるのです。誰もが、人としての権利を制限されています。それに気付かせないように世界は運営されているのですよ』


「うひょー! 気付かない内に、俺はディストピアで暮らしてたんだ……」


『それよりも。炎の魔女と交戦しましたね? 使い魔が知らせてくれました。よくぞ……特別な策もなく生き延びたものです』


「いやあ、つい煽ってしまいまして……。あんなに気が短いとは思わなくて」


『彼女は最も攻撃的な魔女です。だからこそ、あなたを舐めて単独で来日した。策を練りましょう。あなたが生き残ったことで、彼女はあなたに執着するはずです。そしてあなたがちょっと騒ぎを起こしたくらいでは、世間で大きな話題にはなりませんから。やり過ぎにだけ注意してください』


 怖いメッセージだなあ。

 迷宮省。

 国にそういう省庁があることは知っていたが、そんな秘密警察みたいな機関だったのか。


 俺は、迷宮省について詳しいことは何も知らない。

 だがここを怒らせたらヤバいな、ということだけは理解できた。

 それに多分……ダンジョンを攻略している限り、迷宮省は味方だろう。


「ということは……やっぱり魔女はダンジョンに誘い込んでそこで倒すのがいいな。同接を受ける効果もあるし、ダンジョンならリスナーにも魔女をデーモンだと認識してもらえる。迷宮省としても楽だろうから、色々な問題も起こりづらいだろうし」


 俺は考えながら、アワチューブで参考になりそうな動画を探した。

 やはり、ダンジョン攻略配信ならアワチューブが飛び抜けている。


 一番メジャーだというのもあるだろうが、とにかく量が多い。

 量は質を担保する。

 ここで探すのが一番だろう。


 まだまだ俺のアカウントは復活できないみたいだけど。


 あとはリスナーに情報を集めてもらおう。

 俺の作戦は、魔女の炎が燃えない……あるいは十分に力を発揮しない条件を作り出すことだ。

 そして俺の手札は、浮遊の魔法。


 フロート、アクセル、スパイラル。

 これを使って、どうやって格上の魔女を封殺するか?


 ダンジョンの同接を集め、魔法の効果を高め……。

 炎の力を抑え込む。


 その条件となるダンジョンを探す必要がある。

 幸いというかなんというか、この国は日々新しいダンジョンが生まれ続けている。


 その中で条件に合致したものは……。

 この間の交差点ダンジョンなんかはいい感じだったんだけどな。


 俺が考え込んでいると、そろそろ自宅最寄りの駅だ。

 そこでマシロから連絡が来た。


『夕飯ご一緒しましょうよ先輩!』


「そっか、もう夕方か……」


 確かに腹が減った気がする。

 一緒する旨を伝えたら、マシロが駅まで迎えに来てくれることになった。

 まだ就職決まってないんだな。

 というか、もうクリスマスだから、各企業も採用するような状況じゃないんだろう。


「先輩、出かけてたんスか? あたしも誘ってくれたら良かったのに」


 ちょっとむくれている。


「いやな、野暮用だったんでそんな大したことじゃないから」


「……もしかして彼女に会ってきたりとかしたんスか?」


「俺は絶賛フリーだからね」


「ほんとスか? ははーん、クリスマスも近いの寂しいッスねー。よーし、ここは優しい後輩が夕飯デートに連れてってあげるッスよ」


「おうおう、優しい後輩を持てて幸せだなあ」


 ということで、二人でファミレスに向かうのだった。

 俺達が住んでいる街は、ギリギリ東京ではあるがなかなかの郊外だ。

 食事処はファミレスか、個人経営の食堂くらいしかない。


 二人でクリスマス特製メニューなどを頼むことにした。


「マシロはクリスマス一緒に過ごす相手とかいないの? あ、いやこれはセクハラか」


「いたら先輩と一緒に御飯食べに来ないッスけど?」


「言われてみれば……」


「言われてみればって何スかー! もうー!!」


 ドリンクバーで入れてきた野菜ジュースをガブガブ飲むマシロなのだった。


「それより先輩、あたし、スパイスちゃんの配信追っかけてたら他の人の配信もおすすめに出てきてですね」


 あ、そうだった。

 彼女は俺のリスナーなんだった。


「最近は異世界に繋がってるダンジョンみたいなのがちょこちょこあるみたいッス」


「へえー」


 それは初耳。

 魔女対策とチャラウェイとのコラボ、あとは収益化で頭がいっぱいだった。

 アンテナが低くなってるな。

 もっと意識せねば。


「ロフトとか、吹き抜けとか、そういう天井が高いっていうイメージのところがダンジョン化すると……空から異世界に繋がるらしいッス。ほら、きら星はづきちゃんがそういうダンジョンに遭遇してから、他の配信者も異世界ダンジョンに当たることが増えたっぽくて……」


「ふんふん……ふん……!?」


『主様、これは!!』


「今誰かの声がしたッス!?」


「気のせい気のせい。マシロ、ちょっとそれ見せて、スマホで今見てるやつ、異世界ダンジョンだろ?」


「あっ、先輩近い近い……! うおー」


「酔っ払ったマシロを背負って家まで届けてやった仲なのに今更……」


「ううーっ、それに関しては意識がなかった自分を今でも呪ってるッス。ほらこれッス。ロフトの部屋がダンジョン化して、天井が抜けて異世界の空が見えてるやつッス」


 マシロのスマホで見た動画は、紫色の空が映っていた。

 二つの月、空を飛び回る翼を持った巨大なトカゲ。

 そして外を覗いた配信者は、石造りの街や城の姿を目撃して……。


 これだ。

 これこそ、魔女フレイヤを誘い込んでぶっ倒すための舞台だ。

 あいつを異世界に放り出して、ダンジョンを攻略して消してしまえばいいのだ!


「ありがとうマシロ! ヒントが掴めた!」


「えっえっえっ!?」


 彼女の手を握ってぶんぶん振ったら、マシロはちょっと赤くなって首をかしげるのだった。


「お、お役に立てたなら嬉しいッス」


「ああ。だからお礼にここの飯は奢る。実はちょっと金が入ってきてな」


「ほんとッスか!? んじゃああたし、追加でこのスペシャルいちごパフェを……」


 報酬としては安いもんだ……!


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