第12話 おじさんでもいいだと!?

 配信の準備は全て整えてきた。

 眼の前には、昨日予約したダンジョンがある。


 最初ということで、ごくごく小規模な、ワンルームに発生したダンジョンだ。

 俺が最初に出会った、弊社ダンジョン。

 あれは中級者向けの大規模なものだったらしい。


 まあ、発生したてでモンスターも弱かったから、中級者向けだったらしいが。

 あれでモンスターが弱い……!?


「やはりコツコツ行くのが正解だな」


『主様、何気に石橋を叩いて渡るタイプですよねえ』


「人生、冒険はしない主義なんだ。お陰で色々なものを取りこぼしてきたが、致命的な失敗だけはしてない。だが……明らかに魔法少女になる選択は今まで避けてきたものを超越する大冒険……!! おばあちゃんの遺言だから仕方ないが……!!」


『先代様の超ファインプレーでしたね! いけますよ主様! ゴーゴーゴー!』


 無責任なフロータに背中を押されて、俺はついに配信をスタートした。

 Aフォンに指示をすると、配信開始の合図が出る。

 フロータが横に浮かせている俺のスマホに、自分のチャンネルの映像が出た。


 お、お、俺だ。

 カワイイ俺がいる!!


※『おっ、始まった!』『来ました!』『デビューおめでとー!』『待ってた!』


 同接数はなんと600人!!

 配信を見てる時は、ふーんと思っていたが、いざ自分の身に降りかかるとなると震える人数だ。


 考えてもみろ、600人が俺を見ているんだぞ!?

 このなんの取り柄もない、来年三十路の俺を……。


 いや待て。

 今の俺はカワイイのであった。


 現に、確認用の画面にはものすごくカワイイ美少女が映っている。

 俺は緊張をほぐすために深呼吸をすると……。


「どーもっ! こんちはー!! 本日デビューすることになりました! 新人冒険配信者の黒胡椒スパイスでーすっ!!」


 元気よく挨拶をした。


※『どーもーっ!!』『こんにちはー!』『元気に挨拶できてえらい』『大変かわいい』『好き』


 ワーッとコメントが返って来る。

 このコメント、なんと俺の周囲に立体映像みたいになって出現するのだ。


 配信を見てた時は、演出だと思っていたが……。

 現実なんだな……。


 おっと、ここで俺は、リスナー諸君に伝えねばならぬことがあったのだった。


「えーと、スパイスからみんなにお知らせです。スパイスはこう……硬派な感じで配信して行きたいのでー」


 俺の魂が美少女としての姿に引っ張られてか、背中で腕組みしながらちょっと首を傾げるポーズを取る。


※『カワイイ』『あーっカワイイ』『いけませんカワイイが過ぎます』『ピピーッ! カワイイ警察です! 逮捕です逮捕!』


 ざわつくリスナー。

 あっあっ、同接が1000人になった!!


「あのっ、す、スパイスは実はおじさんなので! そこだけ留意をしておいてください!」


※『えっ!!!!』『おじさん!?!?!?!』『こんなにカワイイのに!?』『何を言ってるんだ! こんなにカワイイのに女の子のはずがあるか!!』『なるほどな、すべて理解した』『おじさんでもいい! おじさんでもいいんだ!!』『むしろそこがいい』


「なっ、なにぃーっ!!」


 思わず素に戻ってのけぞってしまった。

 そうしたらその姿がまた受ける。


※『カワイイ!』『あまりにもカワイイ!』『いけませんカワイイ警報発令中です!!』『あーっカワイイビームが降りかかる!』『あまりのカワイさに私は脳を焼かれた』


 こ、こいつら、マジかーっ!!

 俺がおじさんだと言っているのに、おじさんでもいい、だと……!?


『良かったですねーっ! 主様ー!』


 フロータが喜んで空中で左右に揺れている。

 そんな大きな声で! と思ったが、魔導書の声は配信に乗らないらしかった。

 あ、いや、俺と念話で会話しているからか。


「みんな理解があって助かるー! これからよろしくお願いします。えっと、じゃあチャンネル登録と高評価、ぜひよろしくね! あと、登録してくれたみんなのリスナーネームを決めたいんだけど……」


 俺の提案に、ワーッとリスナーネーム候補が飛び出してくる。

 スパイス親衛隊だの、ハーブ軍団だと、色々あるが……。


「じゃあ……ペッパーどもで!」


 ちょっと柄が悪いのにカワイイ響きが気に入った。

 中身おじさんの美少女にピッタリじゃないか。


「よーし、それじゃあ行くぞペッパーども! 初! ダンジョン攻略だー! あっ、チャラウェイさんと出会った時のはノーカンで!」


※『ノーカン了解!』『配信してなかったのに強かったの!?』『スパイスちゃんは強いんだねえ』『ノーカンで両手の平をぶんぶんしてるのカワイイ』


 物わかりのいいリスナーは好きだよ。

 ということで。

 俺は振り返った。


 ミニのスカートがふわっと舞い上がったので、なんかコメントが盛り上がっている。

 気持ちは分かる……。

 俺も以前はそっち側だったからな。


 だが、美少女になり、コメントでめちゃくちゃにチヤホヤされている今。

 俺は決定的に変わってしまった!


 カワイイって言われるの、最高に気持ちいいぞ!!


 ちょっとニヤけた表情のまま、俺はダンジョンの扉を開いた。


「えっと、ここはですねー、単身者用の◯◯社借り上げマンションで、築44年。いい加減ボロボロだけど、男子用マンションだからいいかーって放置されてたところで」


※『ひでえw』『女子用はきっと最新型なんだぜw』『あるある……』


「そこで、24連勤中の社員が出社してこなかったから、鬼電したけどやっぱり出なくて、上司が見に行ったらダンジョン化してて断末魔の電話とともに連絡が途絶えたやつだねー」


※『あまりにも救いがない』『その会社は営業停止では?』


「えっと、もう迷宮省から指導が入ってるみたい。じゃあ行ってみようー!」


 とは言ったものの、扉の奥は真っ暗闇。

 何ともいい難い異臭もしてくる。


 臭いはいいが、暗いのは絵的にどうかな……と思ったら。

 Aフォンの照明機能が起動した。


 ありがたーい!

 非公式Aフォンだから、電池残量も気にしないとだけどね。


「それじゃあサクサク行っちゃおう! ペッパーども、今日は楽しんで行ってねー!」


※『おーう!』『楽しみー!』『スパイスちゃんの魔法が見たい!』『振り返ってにっこり手を振るのカワイイ!』


 俺の配信者生活、第一歩目!

 スタートだ。


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