TSして魔法少女になった俺は、ダンジョンをカワイく攻略配信する
あけちともあき
美少女爆誕編
第1話 お前が魔法少女になるんだよ
祖母が危篤、という報を受けた俺は、上司に一言だけ掛けてから会社を飛び出していた。
昔だったら、親族の今際(いまわ)だろうが許可を出さなかったであろう我が社だが、昨今はコンプライアンス云々が厳しい。
早退の申請は落ち着いてからでいいらしい。
給料は安いし待遇も良くないが、そういう融通が効くようになったことだけは評価できる。
外は土砂降りだった。
俺は携帯していた折り畳み傘で、叩きつける雨を凌ぐ。
タクシーをすぐに捕まえ、乗り込んだ。
祖母の入院している病院は都内にある。
元々は山梨で一人暮らししていた彼女だが、最近体調を崩し、親族が世話をしやすいということで都内の病院に入っていたのだ。
病院に到着。
タクシーは電子マネー払いに対応していたので助かった。
運賃を手早く支払うと、俺は病院に駆け込む。
エレベーターを待つのももどかしく、階段を一段とばしで上がった。
祖母の病室がある階は、静まり返っていた。
明かりがついているというのに薄暗い。
「ダンジョンでも発生しそうだ」
人の情念が溜まる場所には、ダンジョンが発生する。
それは現代人にとって、周知の事実だ。
病院の壁のあちこちには、ダンジョン化を防ぐために魔除けの紋が刻まれている。
そんな中を歩いていく。
なんとも陰鬱な雰囲気の廊下だ。
以前はもっとましだった気がする。
空が夜の如く、真っ暗に曇っているせいだろうか。
いや、そうではない気がする。
目には見えない何かが、この廊下にひしめき合い……。
俺をじっと見つめている、そんな気がしていた。
「遅くなった」
「ショウゴ!」
既に父が来ていた。
母は俺が幼い頃に家を出ていっており、我が家は父子家庭だった。
そんな俺も独立し、一人暮らしだ。
父もまた一人で生活している。
会うのは一年ぶりだろうか。
老け込んだ気がする。
「おばあちゃんがな、お前と話をしたいそうだ」
祖母に目を向けた。
様々な管に繋がれた彼女は、まるで意識など無いように見える。
近くには看護師が控えており、祖母の生命維持の値を示し続ける、ドラマで見たような機械をじっと見つめていた。
本当に話せるのか?
俺はお婆ちゃん子だった。
幼い頃に母がいなくなったから、山梨の祖母のもとで育てられたようなものだ。
祖母は俺に、「ばあちゃんは魔法が使えるのよ」と言っていた。
その言葉通り、彼女はあっという間に美味しい料理を作ったり、車を持っていないはずなのに、俺と一緒に遠く離れた遊園地まで一瞬で移動したりしていた。
今思えば、何らかの便利な機械や道具を上手に使って見せていただけなのだろう。
幼い俺の夢を壊さないため、祖母はそういう演技をしてくれていたのだ。
いい祖母だった。
それだけに、危篤状態の彼女の姿は俺の胸に来た。
「ばあちゃん、俺だよ。ショウゴだよ。ばあちゃん」
手を握ると、すっかり小さくなった手が少しだけ動いた気がした。
うっすらと祖母の目が開く。
俺の耳に、彼女の声がかすかに聞こえた。
「ショウゴ……よく来てくれたね」
音量は小さくても、発声はしっかりしていた。
俺は驚く。
これが、今際の老人が発する言葉か。
「ばあちゃんはもうダメだよ。トシだね。あいつらの総攻撃を跳ね返せなかった。だからショウゴ、あんたに任せるよ」
「任せるって、何をだよ、ばあちゃん」
それ以前に、何を言っているのかさっぱり分からない。
総攻撃?
あいつら?
なんだそれは。
まるで祖母が、人知れず何かと戦っていたみたいじゃないか。
「ばあちゃんは魔女なんだよ」
「それは知ってるよ、ばあちゃん」
祖母が幼かった俺についてくれた、優しい嘘だ。
母のいない子供を寂しがらせまいと、その日常にたくさんの楽しさを与えてくれた、祖母からの最高の物語。
「ショウゴ、あんたには濃い魔女の血が流れてるんだよ」
「ああ、そうかい、ばあちゃん」
祖母の声が小さくなってきた。
彼女の生命の値を示す波形が、機械の中で徐々に乱れてきている。
父が取り乱し、看護師は医者を呼んだ。
「だから、次の魔女はお前だよ、ショウゴ」
「えっ!?」
話が変わってきたな……。
えっ?
それは何か、うわ言めいた感じで言っているのではなく?
明らかに生命を失っていく祖母の体。
だが、彼女の言葉ははっきりしていた。
「魔女の魔法は女でなければ使えないんだ」
「だったら俺じゃダメだよ。俺は男なんだから」
「だからお前が魔法少女に変身して魔法を使うんだよ」
「えっ!?」
一瞬だけ完全に思考停止していたぞ。
なんてことを言うんだこの祖母は。
最後に優しい嘘で俺を慰めようというのか。
いやいや全然優しくない。
というか魔法少女なんていう概念、知ってたのかばあちゃん!
「全てはばあちゃんの家の地下に用意してあるよ。ばあちゃんは今から死ぬよ。だからこれからのことは全部、家の地下に隠してある最後の大魔導書、浮遊のフロータに任せるからね」
「お、おう」
多分遺言だ。
ツッコミを入れたりするのは無粋だろう。
俺は精一杯、祖母が話す意味のわからない言葉に耳を傾けた。
「ばあちゃんの後を継いで、あいつらが奪い去った六冊の大魔導書と、世界に散逸したページを取り戻してくれるかい、ショウゴ」
何かとんでもなく、でかい話に巻き込まれようとしているのが分かる。
だが……。
大好きな祖母の遺言に、突っ込むのはありえないだろう。
俺は頷いた。
「任せてくれよ、ばあちゃん。俺が全部やるから」
そうしたら、今まさに死の際にある、枯れ木みたいだった祖母の顔に微笑みが浮かんだ。
「良かった。ショウゴは……いい子だねえ……」
それが彼女の最後の言葉だった。
波形はフラットになり、祖母は亡くなった。
父は泣いていた。
俺も大きな喪失感を得る。
それと同時に……。
なんか、全く新しい人生が始まってしまったのだった。
……行ってみるか、ばあちゃんの家……!?
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