第13話 新たな関係

兵士達は、しばらく意識が戻らなかったし、酷い魔素酔いでしばらく療養を必要とした。王子は城に落とし、ノキアは自宅に連れて行った。

元王女の奥さんが泣いてしまって、落ち着かせるのに少々時間がかかった。

僕達の行き場が無くて、執事さんに請われて、そのまま居間でお茶させてもらっていると、漸く奥さんがやって来た。


「最初会った時と結婚後で態度が少し違っていたので、おかしいとは思ってました」

「呪具はどうして付けてたんです?」

「兄様が、友情の証として揃いで付けようと言われて、従ったのです」

「お兄さん、人が良かったんだね」

「まさか、兄がノキアを支配してたなんて。とても仲が良かったんですよ?」


奥さんはまた泣き出した。

「ノキア様に危ないところを助けて頂いて、一目惚れでした。今でもノキア様を愛してます。でも王子なら、魔界に連れて行かれるのですか?」

僕は可哀想になってハンカチを差し出した。

「それはノキアが決める事です。僕等は、結婚式にさえ出席して頂ければ、後はどこに住もうがかまいません。ノキアの目が覚めたら、話し合って決めて下さい」

「2人を引き裂こうとか、オヤジも思わねえよ!思っても俺が阻止するから」

「ありがとうございます」何回も礼を言われた。

元王女様は腰の低い、良い人だった。



「よし、最後に城に寄ってから帰るか」

「王子、捨ててきたけど?」

「まあまあ、先に神殿行って衣装を借りてこようぜ。ちょっと脅かしてやろう」

「人が悪いなあ。当然だけど」


神殿に行ったら、神様扱いになってた!

僕は取り敢えず式服を借りて着替えた。

背中が開いて無いので羽が出せず、そこから城まではイルマに運んでもらった。


わざと、大広間の前の長い通路をゆっくり歩いた。裾が長くて踏みそうなので早く歩けないのもある。

誰も止めない。

王との謁見を望んだのだ。

馬鹿王子はまだ、ベッドから起き上がれないそうだ。


イルマも僕も王に対して頭を下げなかった。

「今回の暴挙に対して、何か言うことはあるか?」

イルマは尊大に尋ねた。

「そのまま、魔王に伝えてやる」

王は、眉を寄せて、何とか威厳を保とうとしているようだが、汗を滲ませて緊張した様子が伝わってくる。


「今回の事は王子の独断で行われた事で、国としての総意ではない。決して争いを起こそうとしているわけではない。国境を接する我が国は、真に魔界と友好な関係を望む」


「僕はエルフの代理としても、伝えます。今回の呪具の出所を知りたいそうです。呪具の作成は、長達の許可がいるし、ここ数十年許可した事は無いそうです。魔人にも効果のある呪具の精度と威力は高く、エルフの里で作られたと観ています。是非エルフへ御協力をお願いしたい」


僕は無い威厳を精一杯取り繕った。一応救世主だからね。


「僕が最初に王子に、魔素を消す魔術具をエルフに作って貰うと言っていたが、迷いの森にも魔素が必要だ。魔界ではもちろん必要不可欠なので、そのような

魔道具は、存在が有り得ない、と双方から断られた。僕もそう思うし、初めからノキアの解呪が目的だったから頼むつもりも無かった」


イルマは普段僕に対する態度と180度真逆で無表情で冷酷な吸血鬼だった。

「魔人の中でも最高の位の吸血鬼の魔王の後継を、呪具で操って思い通りにしていた王子には厳罰を求める。場合によっては魔王からの報復も有り得る」

「王子は廃嫡する!国を騒がしたと死刑にしてもいい。何卒人間界に温情を求める」


イルマはニヤリと笑った。

「魔王に温情とか、笑える。まあ、人間界の他の国からの突き上げもきついだろうな。今回は、向こう100年間の貿易の関税撤廃と嗜好品売買の自由化、魔人の犯罪者の引き渡し。以上を持って、これ以上の追求や報復はしない。王子の扱いはどうでもでいい。100年後にお互い内容を見直す。お前は死んでるがな」


王はこちらの要求を全て飲んだので、満足だ。

僕達は静々と退場し、王が気絶したのは無視した。


その足で神殿に服を返しに行った。

僕は魔界の侵攻を止めたと、やっぱり救世主扱いになり、着てた服は飾られる事になった。


神殿関係者全員の見送りを受け、また買い食いを心ゆくまで行うと、イルマにせっつかれて漸く魔界に帰った。

帰りは人間が開けて維持している結界の隙間を通った。



宮に帰ってくると、気が抜けた僕は倒れるように眠りに着いた。

人間界は魔素が少なすぎて、長くは居られないことがよくわかった。少し悲しかったけど、吸血鬼の魔人になったから仕方無い。


イルマは魔王に呼び出されて、事の顛末を報告し、溜まっている政務プラス今後の貿易協定をどこまで活かせるか、公爵家が集まって検討する事になり、草稿作成のため、城に缶詰でやらされるはめになった。


後の人間界との正式な調印式には僕もイルマと共に参加した。

相変わらず僕の呼び名は救世主様だった…勘弁してよ。


僕も元気を取り戻すと恐々城に行ったら、魔王様は歓迎してくれて、今回の成果を喜んでくれた。

今では、できる範囲でイルマの仕事を手伝っている。


ただ、ノキアに関しては、とため息をついた。

人間界で妻と子供がいると、初めて聞いて衝撃を受け、帰還を断念せねばならないのが残念でならないらしい。


結局イルマとノキアは戦っていないので、2人がどれだけ強いのか、わからなかった。イルマの強さは十分わかっているので、2人が揃えば人間界征服など容易いと思う。

その双璧の片方を失うのだから、魔王様の気持ちもわかる。唯一残ったイルマの伴侶は元人間だし、戦闘力そんなに無いしね。


でも、僕も魔王相手でもイルマを諦めることはない。怖いけど、それだけは譲れない。

イルマも同じ思いだと確信している。

僕等が離れる事はもう無い。




結婚式まで3ヶ月を切り、アラクネが衣装と引き出物の花瓶敷きを持ってきた。ドワーフの指輪やピアスはすでに届いていた。

今僕は成金のようにアクセサリー塗れである。


アラクネは旦那と来てくれていた。荷物持ちだそうだが、様子を見るに子供扱いではあるが、それなりに旦那様を好きみたいだ。それに旦那様は人間型になると、それなりに男前だった。


招待状は魔王様と、その配下で手分けして作成し、僕も一応目を通したが、200近い出席依頼書に気が遠くなりそうだった。

これを、やってくれたのは非常に有り難かった。


返ってきた参加状から、会場の席振り分けが、また大変だった。イルマは途中でキレて「もう誰も呼ばん!式もしない!」と逃亡した。気持ちはわかる。

速攻連れ戻したけど。もう僕にも魂の繋がった相手の居場所はすぐわかるからね。


結婚式の準備品は揃い、後は当日の段取りを練習し、政務に追われてると、ふと、魔がさした。

人はこれをマリッジブルーと言うらしい。


僕は人間界の王都で前回お茶したカフェに1人来ていた。

イルマが魔王と地方にできた魔素溜まりの視察へ行った隙をついた。

「ここのケーキ、相変わらず美味しいなあ」


道に面したテーブルに行儀悪く片肘をついて、通りの人を眺めた。

誰にも言わずに来たが、イルマならここに居るのはわかってるだろうから気にしていなかった。

「結婚したら、もう人間界には行けないだろうしね」

どうしようもない寂しさを抱える。


基本城で働き、王子宮で休むサイクルの繰り返しだ。魔素溜まりから生まれる魔獣の間引きを手伝ったり、よく諍いをする魔人達の仲裁も任されたり、仕事は限りない。

城の維持も、女王様がいないので、僕が代わりに監督する。

魔王様は手が回らず、掃除人達はサボりがちだった。

女王であるお義母様、帰ってきて欲しい。


「テーブル一緒でもよろしいかしら?」

ぼんやりしていた僕はいつの間にか目の前に立っていた女の人ににっこり微笑まれて驚いた。

「どうぞ、どうぞ!僕はもう出ます」

「まあ、いいのよ?」

「そう言わず、付き合えよ、琉綺」


女の人の後ろから顔を出したのはノキアだった。

「久しぶりだな」

「ノキア!え?」

手前の人は奥さんじゃ無い。でも、この方は…!

僕は慌てて立ち上がると一礼した。

「失礼致しました。初めまして、琉綺・水面杜です」

ノキアが連れて来たイルマそっくりの女の人なんて、お義母様、女王様しかいないではないか!!

「ご機嫌麗しゅう、女王様」


「あら、良いのよ、お義母様で」

ほほほ、と上品に笑って向かいの席に着いた。4人席なので、ノキアは僕の横だ。

改めて見るに、絶世の美女だ。緩く波打つ金髪は腰まであり、陶器のように滑らかで白い肌に赤い唇。やや吊り上がり気味の赤い目はこぼれ落ちそうなほど大きい。年齢不詳だ。

気が強そうだが、イルマの母親で、魔王様と雷の魔法を使い喧嘩し合ったんだから、失礼ながらそうだろう。


「えっと、お義母様?こちらへはどんなご用で?僕とイルマの結婚式へは出席して頂けるのですか?」

「ええ、勿論楽しみにしてるわ。魔王には会いたく無いけど」

「その前に妻と子供を紹介してきた」

「奥様と子供さんも出席できれば良かったのですが」

「子供はハーフだが、まだ小さいからな。妻と留守番だ」


「琉綺こそ、どうして人間界にいるの?救世主をやりに?」

僕は吹き出した。

「そんな訳無いでしょう!息抜きですよ。お義父様とイルマが留守なので」


店員が注文を取りに来て、お義母様は2人分注文していた。ケーキも2種類。ノキアに選択権は無いようだ。

「そんなに来たいなら、いっそ、こちらで住めば良いじゃないか」

僕は知らずにため息をついた。

「イルマは、僕もだけど、魔王様の仕事を手伝ってるから、魔界の方が良いんです。魔力切れを気にしなくていいし」

「そんなに魔法を使う事は無いから、補充も頻繁じゃ無くていい」

「仕事なんて、あの人に全部押し付ければ良いのよ!2人で甘やかしては駄目よ」


「でも、魔人は魔界に住むべきでしょう?」

お義母様は首を振った。

「イルマに、本当の気持ちを伝えなさい。人間界に居たいのでしょう」

僕は項垂れた。

「イルマは人間界に興味無いし、嫌がるでしょう」

「取り敢えず、訊いてからよ!イルマはあなたに甘いから、希望は案外簡単に通るかも」

「はあ」そうは思えないんだけどなあ。


それからは、お義母様と魔王様、無理矢理ノキアと元王女様の馴れ初めを話してもらったり、僕も教えたり、前の世界の事など、取り止めもなく話した。

どさくさに紛れて僕の希望をイルマに伝える約束を取り付けさせられた。はあ。

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