アポロちゃん

キリン

一年生

「第1話」最悪の初対面

 小学校に入りたての頃、私の休み時間の過ごし方は”漫画を書く”一択でした。

 当時の私は本気で漫画家を目指していました。ストーリーも画力も、何もかもが自分にはあると思い込み、そして疑いようのない自信を持っていたつもりでした。


 「ねぇねぇ、なに書いてるの?」


 そんなある日、一人の女の子が私の机の前にずいっと顔を覗かせてきたのです。

 私は少しだけ動揺しましたが、同時に嬉しさもありました。そうか、やはり自分の漫画は通じるんだ……面白く見えてしまうのだ、と。どこか安心していたのです。


 「……なにって、漫画だけど?」


 若干のニヤケを堪えながら、私は顔を上げました。冷静で、巨匠としての余裕を見せるために表情筋を抑えようと……ゆっくり上げて、そして。


 「なにこれ、超下ヘタクソ〜!」

 「は?」 


 片手を口元に当て、その女の子は容赦なく私に言い放ちました。 

 

 (ヘタクソ? 俺が? 俺が????)


 私は初め、何を言われたのかが理解できていませんでした。

 ヘタクソ。

 下手くそ。


 「……えっと、何を言ってるのかな?」

 「うん? ヘタクソって言ったんだけど?」

 「──」


 その瞬間、私は手に汗を握りながら書いていた自分の漫画を直視してしまったのです。

 稚拙、歪み、吹き出しの中の字も踊り狂っているそれは、自分が思い描いている漫画とは程遠い子どもの落書きのように見えてしまったのです。


 だから余計に私は悔しかったのです。


 「……ひ、人の絵を馬鹿にするなよ。お前だって、俺よりヘタクソなんじゃないか?」

 「ふーん。いいよ? 私の絵、見せてあげる」


 そう言って、彼女はニコニコしながら自分の席の机の中に突っ込んであったノートを取ってきて、適当なページを開いて私に見せてきました。


 「はい、どうぞ」


 そこには女の子の絵がありました。

 控えめに言ってもその絵は生きていました。線画は丁寧、まっすぐ勝つ柔軟に描かれた縁取りの内側外側にきっちりと色が塗られており、より鮮明に……より明快に私のヘタクソな絵との差を見せつけてきたのです。


 「……上手い」

 「お前の絵は、ヘタクソだね」


 そうバッサリと言い捨てたあと、その子は自分の机に戻ってしまいました。

 私はただただ、ただただ自分が上手いと……素晴らしいと思い込んでいたヘタクソな絵とにらめっこをしながら、沸々と湧いてくる怒りを噛み締めていました。


 「……ちくしょう」


 でも、一番辛かったのは。

 自分が、自分の絵を、自分自身で”ヘタクソ”だと納得してしまったことなのです。


 (……絶対に、見返してやる)


 そして同時に私は誓いました。

 あの女の絵を、自信を持ってヘタクソだと言ってやるんだ……と。


 これが私と、私の初めての友達である”アポロちゃん”との、最悪の初対面でした。

 


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