第2話

第二話

ようやく街らしきものが見えてきた。その頃にはあたりは薄暗くなり、灯りも増え始めた。草原は舗装された道に変わり、レンガ調の建物が連なる。

「洋風の建物が多いですね」

 薫子が街を隅々まで観察する。それを奇怪な目で見る街の人々はどこかさくらたちの装いと異なるところがある。コルセットを巻いた女性、立派なスーツとハットを身につけた紳士。着古したシャツを着た農民のような男性。例えて言うなら、アニメでよく見るファンタジー世界のような……。

「……いやいや、まさか。そんなわけ」

 さくらは胸の中にある一抹の可能性を思いついたが、すぐに否定した。ありえない。自分たちがファンタジーの世界?そんな嘘みたいなこと、小説の世界じゃあないんだから……。高鳴る心臓を落ち着かせ、三人の後について行く。

「なんだか、私たちが普段暮らしている家の周りとはまるで別世界のようね」

「映画のセットみたい。どれだけお金をかけたのかしら」

 先ほどまで不貞腐れていた千絵が街の様相を見た途端に機嫌を直した。彼女もこれまで見たことのない風景なのだろう。しかし自分たちとは違う身なりをした人間四人が集まって歩いているのが珍しいのか、先ほどからジロジロと見られていることに皆気づいていないのだろうか。さくらは良くも悪くも目立つことが大の苦手。ましてやこの現状は耐え切れないほどであるため、現実逃避として先程の『ここ、ファンタジーの世界説』を心の中で唱えていたのだ。

「ね、ねぇ。とりあえずここがどこか人に聞かない?場所が分かれば帰れるかもしれないし」

「確かに。流石ね、冬間ちゃん。私そこの人に聞いてくるわ」

 真面目な顔の美空に指を鳴らして褒められた。誰にでも思いつきそうな案なはずなのに。リーダー気質な子かと思いきや、もしかしたら意外と抜けた一面もあるのかもしれない。

「すみませーん、私たち、初めてこの街に来たんですけど。何という場所なんですか?」

 美空は比較的話しかけやすそうな若い女性に声をかけた。並んである商品を見る限り、パンの露店だ。

「あら、こんな田舎町にたどり着くなんて。何もないけどゆっくりしていってね。ここはノシーンという街よ」

「の……の?」

 表情を見なくとも美空の頭上にハテナが浮かんでいるのが分かる。さくらはおろか、千絵や薫子に至ってもそのような地名はわかっていなかった。

「おかしい……ヨーロッパ系の地名はある程度理解しているのですが」

「薫子ちゃん、それはそれで立派だけどね……。でも、私も聞いたことない」

「お二人ともご存知でなくて?わたくし、地理には疎い方でして、ここの地域もさっぱりですの」

 三人が輪になってコソコソ話しているうちに、パン屋と話をしてきた美空が戻ってきた。

「お待たせ、色々聞いてみたんだけど、どの質問も私たちが住んでいる近辺じゃありえない答えばかりだったわ。まず、街の名前からしてどの国にも無い名前だし……」

 怪訝な顔をした美空。するとあたりが暗くなった。空を見上げると、大きな鳥のような生き物が頭上に現れた。それは鳥よりもはるか大きく、辺り一帯が影で暗くなるほどだ。

「おうい、戻ったぞ」

 大鳥の背中から大きな袋を持った男性たちがぞろぞろと降りてきた。大勢の女性たちが出迎える。

「お帰りなさい」

「今日も大漁ね」

 互いが再会を喜び合っている。それをぼうっと見ていた四人はやはり彼らにも珍しく見えたらしい。近づいてきて話しかけられた。

「見ない顔だな。どこから来たんだい?」

「旅のお方達かな」

 見知らぬ男女に囲まれ、さくらの緊張は最高潮に達する。しかしそれとは対照的に、美空、千絵、薫子はここぞとばかりに会話をしている。

「へぇ、気がついたらここに!珍しいな」

「そうなんです、お金もお家も何も無くて」

「よろしければ色々教えてくれませんこと?」

「もちろんよ!なんでも聞いて」

「それにしてもこの大きな鳥……図鑑でも見たことがない」

 どうして人に囲まれて流暢に話せるのだろう。いつの間にか大鳥も近くに来て大人しく様子を窺っている。するとパン屋の店主が袋に詰めたパンを持ってきてくれた。

「食べ物も無いならお食べなさいな。四人分はあると思うの」

「良いんですか!?あ……ありがとうございます!」

 四人は深々と頭を下げてお礼を言った。すると狩人と思わしき男性人のうちから一人が元いた草原を指差した。

「住む場所も無いなら、向こうに昔誰かが住んでいた家があったろう。確か前の持ち主はもう居ないし……今日はそこに寝泊まりしたらどうだい」

 先程探索をした家だろうか。それ以外に目立った家屋はあの草原に無かったはずだ。

「ありがとうございます。そうしましょう、皆」

 美空がこちらを振り向いて同意を求めた。唯一、千絵のみが苦い顔をしていたが、美空は何も言わなかった。住人たちに挨拶をし、あのボロボロの家に戻る。冬のような季節なのか日が落ちるのが早いようで、少しの間街に居ただけなのにもう真っ暗だ。もちろん家に明かりなどは無く、家を見つけるのにも一苦労だ。ようやく見つけてドアを開ける。やはり中には誰も居ない。緊張と久しぶりにうろうろ歩いた疲れからか、さくらはベッドに倒れてすぐに眠ってしまった。

「あら、さくらさんがお眠りになってしまったみたい」

「布団をかけてあげましょう。……でも埃だらけね。虫の卵もある。私の上着で良かったら……」

 美空がかけてくれたアウターの感触を最後に、さくらは意識を手放した。





 鳥の鳴き声で目が覚めると、割れた窓から日が上るのが見えた。見知らぬ世界に来て、初めての朝。困惑は続いているが、この状況ですやすやと眠ってしまった自分にも驚いている。隣を見ると、千絵が上着にくるまってできるだけ汚れたベッドに触れないように眠っている。奥のベッドには薫子が寝息を立てている。美空がいない。さくらはベッドから降り、まだ見ていない家の細かな箇所を散策することにした。キッチンに降りると、冷蔵やコンロは無く、折れた薪や灰が詰まったかまど、水道の通っていないタイル張りのシンクなど、日本のキッチンとはどこか違う。ボロボロになったカーテンを巻いて結んでいると、廊下から物音がした。出てみると、入り口の扉が閉まる音とともに美空が外から帰ってきたようだ。

「おはよう、冬間ちゃん」

「お、おはよう……朝早いけど、どこかに行ってたの?」

「もう一度街の方に行っていたの。昨日だけじゃ全体がよく分からなかったし、街の人とも仲良くなりたいし」

 朝から白い歯を見せてにこやかに笑う。それがさくらには眩しく見えた。きっとこの子は元々学校でも人気者だったに違いない。そうでないと内気で陰気なさくらとは正反対の性格にはなれないのだから。美空に対する若干の羨ましさを抱えつつ、キッチンに戻る。

「実は、昨日冬間ちゃんが寝た後も三人で色々話し合っていたの。これからのこと」

「えっ!?」

 すっかり眠りこけていたので気が付かなかったが、まさかは試合まで行われていたなんて。さくらは自分の体たらくが情けなくなった。

「ごめんなさいね、起こしたほうが良かったんだろうけど……あまりにもぐっすり眠っていたから」

「いや、私こそ早々に寝ちゃって……すみません」

「ううん、疲れるのは当然ですもの。それでね……」





「おはようございます」

「やっぱりあのベッドは慣れません。もっとふかふかしていたら……」

 二人で話し込んでいると、声で気がついた薫子と千絵がキッチンに降りてきた。

「おはよう、ちょうど良かった!昨日話したことを冬間ちゃんにも伝えていたところなの」

 肘置きの壊れた椅子から立ち上がり、美空が二人を出迎えた。一方のさくらは顔を青くして頭が真っ白になっている。

「……やはり、春瀬さんは決心が早いですね」

「ここで何もせずにいるよりはね。冬間ちゃんも納得してくれたし、身支度を済ませたら街に行きましょう」

 言うが早く、美空は再び玄関へと向かった。

「働かざる者食うべからずってね。働いて稼いで、暮らしていきましょう。ここで」  

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