初対面の4人が同時に転生したので、協力して暮らすことにしました

@chashiro_kon

第1話

第一話

エアコンからは出ない、生ぬるく心地よい風。蛍光灯では浴びられない、暖かな陽光。意識が戻ってきたが、まだ目を覚ましたくない。このまま寝ていたい。しかし現実は虚しく、さくらは陽の光の眩しさですっかり目を覚ました。自分のベッドの上でない所で。

「……え?」

 おかしい、記憶が確かなら昨晩は自室のベッドで意識を手放したはずだ。しかしどうだろう、今さくらがいるのは広大な草原の上。起き上がってキョロキョロと見回すと遠くには街だろうか、高い建物、時計台が見える。反対側には森。暗くて鬱蒼としている。あまり近づきたくはないので、すぐにでも移動したいところだった。

「それにしても、この人たちはどうしよう……」

 さくらは草原の方に目を見やる。さくらの他にも三人、女性が眠っている。さくらとは面識はないが、おそらく同年代だろう。早急に起こせばいいものを、冬間さくらという人物はあまりに他人に対して臆病な性格であるため、人一人体を揺さぶって起こすことさえも難しいのだ。この人は高そうな装飾を付けている、この人はなんだか気が強そうで少し怖い。さくらは意を決して消去法で選んだ、眼鏡をかけた女性を限りなく優しい力で揺らした。

「あ、あの……起きてもらえませんか……」

 微風のような揺らしかたのため、彼女が目が覚めるまでしばらくかかった。

「ん……?」

 やっと目を覚ましてくれたことにさくらはホッとした。眼鏡を拭き、掛け直して辺りを見渡すが、おそらく彼女も見当がつかないのだろう、さくらに尋ねてきた。

「ここは何処でしょうか?あなたは?状況を説明できますか?」

 とめどなく溢れる質問の波にさくらはたじろいだ。

「あ、あの……私も今目が覚めたばかりで……よくわからないんで、す」

 知らない人と話すのはいつぶりだろう。回らない口で必死に訴えた。向こうの彼女も少しパニック状態になっていたのだろう、より慌てるさくらを見てはっと我に帰った。

「し、失礼しました。あなたもここで眠っていたのですね。と、いうと……」

 眼鏡の彼女はおさげを直しつつ、未だ眠っている二人を見下ろした。

「この方達も自分が置かれている状況を理解できていない可能性がありますね」

「そうだと……思う」

 ひとまず起こしましょうと立ち上がり、眠っている二人の元へ近づく。さくらよりも強い力で揺さぶると、ロング髪の女性はすぐにパチリと目を覚ました。

「うーん……あら、おかしいわね。こんなところで眠っていたつもりは無いのだけれど。あなたは誰?」

「自己紹介は彼女を起こしてからにしましょう。さ、あなたも起きて」

 もう一人、ゆるくウェーブのかかった髪の女性を起こす。上品に、ゆっくりと体を起こし、のんびりとあくびをする。

「ふわぁ……あらご機嫌よう。初めましてかしらね。こんないい土地をお持ちだなんて」

「何か勘違いをしているようだけれど、ここは私たちの土地なんかじゃないわ。ひとまずこちらに座って」

 ようやく四人が目を覚まし、輪になって集まった。こうしてじっくり見ると容姿も性格も全く異なった四人が集まったものだ。ロングの女性が場を取り仕切り、話し合いが始まった。

「ひとまず、自己紹介から始めましょうか。私は春瀬美空。高2で17歳。……こんなところかしら。あなたは?」

 美空は右隣のウェーブの女性に声をかけた。彼女はこほんとひとつ咳払いをして話し始めた。

「私、夏陽千絵と申します。美空さんよりも一つ下で16歳ですの。よろしくお願いしますね」

 上品に口に手を添え、ほほほと笑う。このわけの分からない状況でよく余裕でいられるものだ。

「じゃあ、次は……」

「秋海薫子です。17歳。よろしくお願いします」

 シンプルに終わってしまった。次、どうぞと手を向けられ、さくらは慌てて自己紹介を始めた。

「あっ、冬間さくら、といいます……。早生まれなんですけど、17歳の代で……。よ、よろしくお願いします」

 皆頷いてくれた。良かった、慌てて余計なことを言わなかったので恥をかかずに済んだ。

「簡単だけど、名前を知られただけでも良かったわ。それで……ここは一体?」

「私にも分かりかねます。私たちが元いた居住地とは違うことだけが確かですが」

 皆立ち上がり、しばし探索を始めた。美空と薫子は建物が見える方面に草原を進み、千絵は森の方へ向かう。残されたさくらは千絵の行方が心配なので同じく森の方面を目指した。

「ま、待って」

「さくらさんだったかしら?見て、この森。木を切り開いたら何か新しいことに使えそうなくらいに広いの。お父様がいたらすぐに相談できるんだけれども……」

 頬に手を当てて考え出す千絵。それよりもさくらは今にも何か出そうなこの森を今すぐ離れたい。

「ち、千絵ちゃん。なんだかこの森、怖いからちょっと離れて……」

「あら、スマホも無いわ。これじゃあ連絡も取ることができないじゃないの」

 さくらの心配をよそに、千絵は呑気にポケットを弄っている。その時、森の中から明らかに人の声ではない呻き声が聞こえた。

「ガルルル……」

 桜の心臓が高鳴る。まずい、このまま森の近くにいてはいよいよ危険だ。さくらは出せる一番強い力でちえの手を引くと、美空たちのいる方へ駆け出した。

「あら、どうかしまして?」

「聞こえなかった?変な鳴き声……。ひとまず向こうに二人がいるからそっちに行こう。街みたいなものも見えたし」

 急いで美空と薫子のいる方角へ向かって行くにつれ、手前の方に家屋のような建物が見えてきた。美空たちも家を見上げて何かを話している。

「夏陽ちゃんに冬間ちゃん、この家なんだけど……どうやら空き家ぽく見えるのよね。窓も割れているし、外壁も汚い。それに、ほら」

 美空がドアノブを回すと、扉は簡単に開いた。中を覗くと見える範囲だけでも内装が荒れているのがわかる。

「中に入ってみる?」

「しかし、住居に不法に侵入するのはよろしくないかと。人が住んでいるかもしれません」

「この荒れようでは人なんて住んでないのでは?わたくしだったら、こんなにお手入れしていないお家には住みませんわ」

 ぐ、と口をつぐむ薫子。まぁまぁ、とさくらが慣れない仲裁をした。

「いけるところまで入ってみたらいいと思う……それに、この家多分土足だから。靴で上がってもバレないと思う」

 さくらが気がついたのは日本の家にある玄関の土間がこの家には無いこと。おそらく英国などでよくみられる、靴のまま入る家なのだろう。

「なるほど……。わかりました。探索のためですからね」

「それじゃあ早速上がってみましょうか!ガラスの破片や折れた木材に気をつけてね」

 決まりね、と言わんばかりに手を叩き、美空が先導して中に入る。チラと見えた玄関と廊下はもちろん、その先のリビング、キッチン、ベッドルームまで朽ちてボロボロだ。最近まで人が住んでいたとは思えない。

「やっぱり、こんなところ住めたものじゃないわ」

「でも、何も持っていない私たちにとって、雨風を凌げる場所があるのは奇跡に近いわよもし仮に人が住んでいないなら、今日はここで寝泊まりするのが良さそうね」

 千絵が心底嫌そうな顔をして美空を見た。その視線に気がついて無視しているのか、はたまた単に気がついていないのか。美空は構わず話を続けた。

「寝室だけでも片付けて……うん、ベッドは埃だらけだけど、比較的使えるわね。大きいのが二つあるから、二人ずつ使えば……」

 ぶつぶつと一人で呟きながら手際よく木屑を払い落とし、ゴロンと寝転がる美空。「悪く無いわよ」と他の三人を誘う。仕方なしに寝転がってみると、これが意外と寝心地がいい。それで緊張がほぐれるわけでは無いが。

「寝床の確保は良いですが、食べ物やお金……いいえ、まずここが見知った場所なのか、そうで無いのか。それを知るべきでは無いのでしょうか」

「確かに……そうね。この周り、何も無いもの。ちょっと遠出して、人のいるところに行きましょう」

 どうしてこうも早く話が進むのか。さくらだけ置いてけぼりのようだ。四人は一度空き家を出て、街の方に降りていくことにした。ぽつぽつと明かりが見えるだけで、少しだけ安心した。

「お腹が空きましたわ。いつもなら夕食の時間なのに」

 千絵がぼやきながら美空の後を追う。薫子は辺りを見回しながらゆっくりと歩いている。不安だらけのさくら。最後尾で動悸を押さえながら、見知らぬ草原を下っていった。

 

 

 

 

 

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