塾講師と生徒
私情大橋
第1話 押しかけてきた!
ガチャッ、と。ドアの開く音がする。
「やっほー! 先生! 暇だから来ちゃった!」
「…………桜庭か。今日も来たのか?」
「だめー?」
学校の制服を身に纏い、金髪を揺らし玄関から部屋に上がり込んでくるJK。というのは些か一人暮らしの生活には想像だにしない現象だと思う。
春真っ盛りのこの時期。しばらく来ていなかったから油断していた。
玄関からすぐのキッチンに立っていた俺は、タオルで手を拭うとすぐに桜庭のもとへ歩を進めた。
慣れた手つきでカバンを受け取り、そのままリビングに進んでいく。
桜庭もキッチンで手洗いを済ませた後、リビングに向かっていった。
「わぁぁぁぁ! なんか椅子あるー!!!」
「あぁ、この休みに買ってな」
「先生の部屋割と内装コロコロ変わるよねー」
デスクチェアに目を輝かせた桜庭は一目散に座りに行った。
椅子に座りくるくると回転させて楽しんでいる。
ギャルというには品性を捨てきれてないが、際立って清楚というほどでもない。垢ぬけた性格と容姿の女子高生は
そして俺こと
『先生』と呼称されている理由は、俺がアルバイトをしている個人指導塾の塾講師と生徒といった関係だ。
分かっている。分かっているとも。こんなことがバレてしまえば俺はクビどころか社会的に詰んでしまうこともあり得る。男子大学生が勤務先の女子高生を家に連れ込んでいると噂されれば人生は終わる。
終わるのだが……
「先生ー! テレビつけていー!?」
「あぁ。好きにしてくれ。俺は飯作ってるから」
「今日は何? 餃子? それともラピ〇タご飯?」
「ラピュ〇はしない。あれ作るの簡単だけどオーブン使うから好きじゃないんだ。
今日は炒飯。桜庭が来るとは思わなかったからな」
「始業式だよ!? 来るに決まってるじゃん!」
「始業式だから来ないと思ったんだよっ」
キッチンに戻って止めていた火を再度つける。時刻は夕方の六時。何もない時間帯にはこのくらいにいつも夕食を摂っている。あまり生活リズムを崩すと褒められたことじゃない。
今日は高校の始業式。桜が綺麗な季節になったが、もうしばらくすれば散ってしまうだろう。今年は花見をする機会も少なかったから、大学の友人を誘ってどこかへ行くとしよう。
テレビをつけてクッションを抱きしめている桜庭は、バラエティ番組で笑っている。
お互い今日は塾に行く曜日ではないため、桜庭が来るような日はこうして居候を許しているのだ。一つだけ注釈を入れるならば、桜庭は彼女ではない。そもそも塾講師と生徒の恋愛は御法度だ。ではなぜ桜庭は来るのか?
彼女が来る理由は――――――
「先生」
「っ。いきなり後ろに居られるとびっくりするだろ」
「…………あんまり会えてなかったから、許して?」
急にしなびた声になって、俺の背中に頭を小突く。精神的に寂しさを感じていたのだろう。腕が伸びてきて俺を逃がすまいと抱きしめる。
――――こういう時、なんて声をかければいいのか未だに分からない。
「桜庭」
「充電中。も少しだけ」
「…………」
彼氏ならば抱き返せたのかもしれないが、俺は彼氏ではない。
桜庭は一年以上見てきており、大事な生徒だ。だからこそ、間違いを犯さないように大人である俺が自身を律しないといけない。
これまで長期休みに入っていてあまり来ることがなかった。てっきり明日以降に来るものだと思っていたため、正直予想外だった。
暫く経った後、ぱっと俺の元から離れた。振り返ると、僅かに頬を照らしながら微笑んでいる。充分に補給できたようだ。
つられて緩んだ表情を見せる。ちょうど炒飯もできあがったため、俺はリビングに持って行って食べた。桜庭は同じようにリビングに向かいテレビを見るかと思いきや、食事中の俺をじーっと見られていた。
ついでに二、三口食われた。
それから小一時間ほど雑談をしながら生活して、帰りかけ。
靴を履いた桜庭はこちらに振り返り、したり顔で俺に声をかけた。
「先生先生!」
「……?」
「好き」
「あーはいはい」
「もーほんとにわかってない!」
「わかったからさっさと帰りな。遅い時間だし」
「なら先生が送ってってよ!」
「前みたいに家の前までは勘弁だからな」
「そうじゃなくても! 少しでいいから!」
「まだこの時期寒いし。出たくない」
「ねーーーぇーーーー!」
浮いた発言で俺のことを驚かせようと思った言葉が不発だったからか、それとも純粋についてきて欲しいのか。桜庭は駄々をこねて扉の前で頬を膨らませていた。
正直のところ寒いし変な噂されるかもしれないから出たくない。のだが……。
こうなった桜庭は頑として動かないし更に時間を取るのも相手の家庭的な都合も考えたらどうするべきかは自ずと示されていた。
渋面を作って考えていると、桜庭がわくわくした表情を見せている。嘆息を吐いて俺が了承すると、浮足だった顔で喜びを露わにしていた。
ぴょんぴょんと跳ねて「やっぱ先生だぁ♪」と要らぬ発言をしていた。
俺は上着を羽織り鍵と携帯を手にすると、桜庭と一緒に家を出た。
時刻は夜の七時半過ぎ。暗くなってきていたため、結果的に桜庭を送るのは正解だった。
「ふふ~ん♪」
「今日は偉くご機嫌だな」
「当然! だって久々に先生に会えたし。充電できたし?」
「さいで」
「あっ! そだ。あそこの塾に満弦が行くよー」
「満弦……? あぁ、妹さんか」
「お母さんがちょうど昨日か今日あたりに話しにいったみたい」
「まぁ信じられてるのなら良かったよ」
ここまで信じ切られて家に押しかけられるのはある種困るが……。というのを喉元に抑えて。
桜庭は面白そうな顔で俺の方をみやる。
「これで先生の担当だったら面白いね♪」
「そういった生徒は桜庭一人で充分だよ」
「っ! それどういうこと!??」
からかわれて再度頬を膨らませる桜庭。笑いつつなだめて、会話を戻す。
冬はこれより暗かったが、これからはだんだんこの時間でも明るくなってくるだろう。これなら問題なさそうだ。
「でももし満弦が生徒になっちゃったら。苗字じゃ呼べなくなっちゃうね♪?」
「っ…………。それはその時だ」
「今呼んでくれてもいいのにー? あんまり呼ばれたことないし」
「はいはい。もうここらで。あとは一人で帰れるだろ?」
「ちぇー」
ぶーぶーといいつつ、内では笑みを隠しきれていない様子の桜庭。
俺としても最善の譲歩である。これ以上はいけない。
桜庭も半ばそれを理解して、解散することにした。
「じゃあまた明日ね。先生」
「明日は塾の中でな」
「はーい」
一人で小さくなっていく背中を見届けながら、時折振り返る桜庭に手を振った。
最後に桜庭が遠くで
『す』
『き』
と口の形を作っていたように見えたが、多分気のせい。
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