聖女様がお好きなのは王子様ではないらしい

小春凪なな

晴夜の聖女様がお好きなのは…


 魔力の塊から生物になった魔物と呼ばれる災害がいる。

 倒しても絶滅せず、災害のように人命も豊かな大地も奪う魔物に人類はじわじわと追い詰められていた。

 だが、天から1人の少女が舞い降りたことで状況は変わる。少女は意志を力に変えて魔物を塵1つ残さず倒し、魔物の攻撃から護り、人々を治癒した。

 少女は聖女と呼ばれるように、聖女の魔法を聖魔法と呼ぶようになった。聖女は聖魔法を人々に教えると人類の生息圏は大いに広がった。

 ────それが今日まで続く聖教会の始まりである。


『そして私は守護の聖女になって、みんなを危険から護るの!』


 守護の聖魔法に目覚めたばかりだったわたしは、聖典の内容を言うと隣に座る彼に笑いかける。


『じゃあ、リーサメナは僕が守るよ。もっともっと魔法の腕を上げる。だから、だからいつか、僕のお嫁さんになってくれ、ますか?』

『うん!約束だよ!』


 夕焼け色の瞳のぼんやりした顔立ちの彼は笑って、そんな約束をしてくれた。


 彼──ファルキア・オンパーは突然コノキク伯爵領にやって来た。魔法使いの一家で仕草や言葉使いが丁寧だからか邸によく来るようになり、両親が交流している間、子供は暇で仲良くなるのは当然だった。

 私の初恋になるのも、当然だったのかもしれない。


 聖人になるには偉業が必要。


 聖教会に所属する者なら誰もが目指す聖人への道は、ファルキアと約束した1年後に突然開かれた。伯爵領で起きた魔物災害で街一つを1人で守護したことが守護の聖人の偉業だと認められたのだ。


 だが、調査の後に正式に聖人になる筈の前にファルキアは遠い魔導国に旅立つことになった。


『守るつもりだったのにまた助けられた。王都では天才とか言われた魔法程度じゃあ君の役に立てない。…僕、魔導国に行くよ。次は隣で、リーサメナを守りたいから』

『うん!待ってる!わたしも誰も傷付かないような守護を使えるような聖人になって、ファルキアの隣に立ちたい!』

『……これ、あげる。…指輪はもっと大きくなってから贈る、から。魔力をいっぱい籠めた石のペンダント』


 旅立ちの直前、耳を真っ赤にして渡されたオーロラに輝く雫石がぶら下がったペンダント。籠められた魔力を私の魔力として使える魔道具は私の大切なお守りになった。


『必ず、必ず迎えに来るから!………求婚しても大丈夫な身分を魔導国で………!』


 ヤル気満々でファルキアは行ってしまったけど、無事に聖人に成れて『晴夜』の名を貰った私も研鑽を重ねた。

 結界も厚く硬く、薄く広く、意識すれば一瞬で発動、等々と自由自在に操れるようになった。

 全ては将来ファルキアが帰って来た時に隣に立てる聖人であるためだった。






 今日は国内の貴族や優秀な平民が通う王立学園の創立記念パーティーだ。学園の敷地内にあるパーティー会場はきらびやかに飾られ、華のようなドレスを纏った令嬢を礼服に身を包んだ令息が誘って婚約者、或いは恋人は踊り、談笑する。


「リーサメナ・コノキク伯爵令嬢!教会に認められし『晴夜』の聖女でありながら同じく『輝跡』の聖女であるクーシャ・ロムゲを平民だからと取り巻きと共に虐めた悪女め!せっかく買った聖女の力を使って取り付けた第2王子であるウィリレム・フォンリーとの婚約の話は破棄だ。2度と婚約の話が上がることはないと思えッ!」


 そんなパーティーの最初の踊りをする筈だった第2王子ウィリレムがパートナーとして誘うはずだったリーサメナ伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。

 静まり返った会場の中心には声を上げた張本人であり注目されて満足気にしている、金髪に少し陰のある碧眼が美しい…と自分で言っている第2王子のウィリレム・フォンリー。

 周りには側近候補の公爵家子息、近衛候補の騎士爵子息、王国の聖教会最年少司教。

 同世代の憧れの美男子の中心にいるのは白金の髪に同色の瞳の神秘的な少女、浄化の聖人『輝跡』クーシャ・ロムゲ。


 ウィリレムを筆頭に睨まれているのは夜空のような藍色の髪に青みがかった月色の瞳が美しい令嬢、守護の聖人『晴夜』リーサメナ・コノキク伯爵令嬢。


 笑顔を固定している彼女はウィリレムの言葉について精査していた。


 偉業を認められないと聖人の打診が来ないし、任命式の時に偉業を公表するので嘘がないか徹底的な調査がされるしで聖女の地位は買えない。因みに聖女という呼び方は俗称。

 他国出身で平民のクーシャも浄化の聖魔法で偉業を成した。年が近く戦場を何度か共にしたし、貴族のマナーを教えた。例えば『上位の貴族からの誘いはやんわり断る』とか。なついているし仲良しだと思っている。

 婚約の話は寧ろ聖女の名声を欲した王妃主導だ。可愛い1人息子を王にする為に王妃派閥か動いて結ばされたが、出会いから王子には見下され、王妃には睨まれた。

 王家から来た婚約話は断れないから受けただけで思い入れはない。婚約反対だった国王と第1王子派閥がきっと婚約話が2度と上がらない発言を実現してくれるだろう。


「………ハァ。ウィリレム第2王子、婚約の件はお好きなようになさって頂いて構いませんが私がそちらにいる輝跡の聖女を虐めたというのは事実無根です。そもそも輝跡の聖女は私に虐められたと王子に訴えられたのですか?」


 ウィリレムとの婚約破棄は良いが虐めの件は否定した方が良いと結論を出したリーサメナは、あくまで淑女らしく笑顔で訪ねる。


「クーシャはお前と同じ聖女の名を冠するが地味で華のないお前よりずっと優しい。例え名ばかりの聖女でも貶めるような発言はしない」


 では虐められたと言われていないということではないか。

 周りに立っている王子の側近候補はどうしているんだと見れば公爵令息のコンラートが氷のような青い瞳で嗤う。


「そうですよ。どこかの令嬢と違って素直な方なのですよクーシャ嬢は」


 イラッとした。毎回、小姑が如くチクチク嫌みを言ってくる自称天才魔法使いに期待するんじゃなかったと錆色髪を撫で付けた騎士を見る。


「クッ、クーシャ様に手を出すなど言語道断!クーシャ様の行動を阻害するなんて畏れ多い…」


 ロドヴィーコは父親であり現騎士団長に剣で勝った近衛騎士候補なのに、蛇に睨まれた蛙のような目をしていた。それ事態はよくあるのだが私を見る目にハッキリと敵意が込められているのは解せない。

 最後に出てきたのは青紫色の髪に軽薄な笑みを張り付けた司教服のハインリヒ。


「教会でもたった3名しかいない浄化の聖魔法に特化した『輝跡』の聖女様と違って貴女は聖人の中で1番多い守護の聖女。そもそも価値が違う」


 浄化の聖人が少ない理由を教会所属ながら知らず、数が多いからと他の聖人を見下す。枢機卿の父親がいるのに何故、と思うがそもそも司教になれるレベルの聖魔法が使えるかすら怪しいのに父親の推薦でなったボンボンだった。


「はぁ…………。輝跡の聖女が何も言ってないなら私が虐めたと言うのは無理があります。それに、そもそも教会の聖女である者を虐めるような愚か者が学園にいるとは思えませんが」


 仮にも領地を思う貴族ならば1度は教会の世話になる。魔物を倒し、守り、怪我を癒す教会を軽んじる事はないし悪辣な手腕で地位を上げようとは思わない。

 …王都から出た事のない一部の貴族以外は。


「うるさい!黙れ伯爵令嬢ごときが!そもそも守護の聖魔法に長けた聖女だからと婚約の話が上がることがおかしかったのだ!どうせ聖女の地位を金で買ったんだろう!俺と婚約する為に!」

「教会への侮辱、謝罪して下さい。聖人の任命はこれまでの功績と能力を元に厳正に行われます。そこには決して不正はございません」


 リーサメナの言葉は聞いていないウィリレムは次々にこれまでの不満を垂れ流す。やれ『魔物討伐を理由にお茶会に誘わない』『自分よりも成績が高いのが気に食わない』等、リーサメナのみならずパーティー参加者の視線も冷たくなるようなどうでもいい内容ばかりだが。


「あの、発言をしても構いませんか…?」


 そんな中、輝跡の聖女ことクーシャが手を上げた。会場は静まり返り注目する。

 手を上げたものの、会場中に注目されて顔を青ざめたクーシャに気が付いたウィリレムは王子様キラキラスマイルを浮かべた。


「大丈夫だ。クーシャがどんな発言をしようとも王子である俺が守るよ」


 ウィリレムの言葉を皮切りに他の側近も次々に声を掛ける。

 だがクーシャは変わらず、困ったように周りをキョロキョロと見る。ジッと視線を止めたのは桜色の髪の少女。食事に舌鼓を打ちつつクーシャから視線を外さず優しく見守っている。

 次は先程まで王子と口論していた自分と同じ聖女。目が合うと2人の聖女は頷き合う。


「…第2王子殿下、わたしは虐めにあっていません。リーサメナ、さんには礼儀作法や勉強を教えた貰ったりと優しくして頂きました」

「ッ!あんな女をまだ庇わなくて良いんだッ!」


 クーシャの言葉に会場はざわついた。王子その他は顔を真っ青にしている。

 出席している貴族は何処か納得した者と混乱している者に別れた。


「輝跡の聖女様のお言葉に偽りはございません。輝跡の聖人クーシャ様の護衛騎士、ミオ・ブロッサムの名において真実だと証言致します」


 混乱する会場で輝跡の聖女が見た桜色の女性が前に出てきた。聖人護衛騎士は護衛対象を第1に考える為、信用度が高いミオの証言にそれでもコンラートが笑みを絶やさず訪ねる。


「確かにクーシャとよく一緒にいたけれど離れた時くらいあったんじゃない?」

「聖人護衛騎士として、学園内では片時も離れた事はありませんので」

「だがっ、コヨナにはそんな騎士は…」

「…キンセ男爵令嬢が私の護衛騎士なのですよ」


 いつの間にか側に立っていた令嬢が夏の湖面のような碧眼を揺らぎもせず無表情で礼を取る。

 王子達の顔はグシャリと歪む。説明済みなのにまだカレユアのことを『取り巻き』だと思い込んでいた思考は素晴らしい。


「ッ!それでも俺とクーシャは愛し合っているッ!」

「私は聖女として魔物との戦いの方が大切です!学園に入学したのだって枢機卿に無理矢理決められて、リーサメナがいるから我慢したけど本当なら今頃もっと沢山の魔物と戦闘していた筈なのに……」


 王子の愛の告白と包容をスルーしたクーシャはいつの間にか側にいたミオに案内されて守られてリーサメナの側に行く。

 王子達は呆然として、会場の貴族はクーシャの聖女としての心持ちに感心していた。


 流れは完全に聖女側にあった。観客気分の生徒達は修羅場にならず少し残念そうな者もいたが、概ねパーティーの軽い余興程度に捉えて元の空気に戻りつつあった。


「…!」

「………エヘ」


 突然聖女2人とその護衛騎士の纏う空気が変わる。険しい顔をしたリーサメナと見惚れるような笑みを浮かべたクーシャ。誰かが訪ねる前にリーサメナが声を上げた。


「王都南西の方角十キロに多数の魔物反応!突発的発生でランクはS!3分以内に王都に到達!」


 会場は一瞬でパニックになった。ランクSは魔物の突発的災害でも最高ランクであり王都で発生したのは90年前。その時は王都にいた命の半数近くが失われたと言う。

 それを避ける為にも治癒の聖魔法使いが必要だが王都にいる聖魔法使いでは大怪我を癒せるレベルの者は数名程度。それでは全く足りない。


「確か、イルテネアに今『慎癒』がいると………魔法使いはいませんか!?イルテネアから1名を大至急送迎して頂きたいのですが!」


 1番近くにいる治癒の聖人が王都の隣───とはいえ馬車で移動しなければならない距離だが───にいるのを思い出したリーサメナは魔法で運んで貰おうとするが誰も声を上げない。


「バカなの?例え隣街と言えど、王都に魔物の群が向かっている以上外に出ることすら自殺行為だ。只でさえ魔物の的になるのに他者と一緒になんて………」

「僕が行こう」


 やはり無理か…と思った矢先に言われた助け船に振り返ったリーサメナは喜びで口元を綻ばせる。


「ハァ?あんな聖女擬きに良いところ見せたって…」

「オリュテス魔導国の魔導貴族位第7席を得ている。隣街への往復なら出来る」


 第7席の言葉に誰もがその男を見た。1~9席まであるオリュテス魔導国独自の爵位を得ている上にその階級を上げているというのは魔導主義の国家と名高いオリュテスで相当な強さと期待を寄せられていると言える。

 明茶色の髪に特徴的な夕焼け色の瞳。目が合ったリーサメナは瞳を見開き、一部の貴族は記憶を探るように宙を見た。


「…!助かります。これを持って行って下さい。『晴夜』の聖人のみが持つ証です。『慎癒』とは会ったことがあるので身分証明になります」

「分かった。代わりに転移の座標としてこの石を現場に持って行って欲しい。そうしたら石を座標に人気の無い場所に転移出来る」


 あの瞳を見間違える筈がない、と魔力が底をついた今でもお守りとして肌身離さず身に付けているペンダントを触るが、魔物災害が終わってから確認しても遅くないと己を律する。聖人の証を渡し、代わりに掌サイズの石を受け取ってその青年はその場から消えた。

 1拍遅れて転移したのだと分かった貴族達は初めて見た転移に少し興奮していた。


「リーサメナ!さっさといけ!聖女だろ!…さぁクーシャは俺の側にいてくれ」

「魔物…!直ぐに行かなきゃ…アハッ」

「ああッ!?」


 王子はすぐにクーシャを側において安全性を確保しつつリーサメナを向かわせようとしたが当のクーシャが護衛騎士と共に窓から飛び出してしまった。


「し、仕方がない。王子の俺を守れるんだ、感謝しろよリーサメナ…っていない!?」


 慌てて婚約破棄を突きつけたリーサメナに話しかけるが既にリーサメナもクーシャを追って出て行った後だった。

 魔物は恐ろしい。意思持つ災害と呼ばれ、魔法で倒すのに時間が掛かる。だが聖魔法だけが魔物から安全な場所を造りだし、魔物の怪我を癒し、魔物を倒す力を持つ。

 それに何より…


「可憐なクーシャが魔物討伐なんて、それにリーサメナが何をするか分からない!クーシャを守らなければ!」


 そんな思いがウィリレムを魔物討伐の最前線へと向かわせた。


「思い出した。あの夕焼けの瞳、コンラート様と並ぶ魔法の天才と言われたオンパー子爵家の瞳だ。確か没落したんだっけ…」


 1人の貴族の言葉がパニックで騒がしい会場で呟いた。




「右手に魔物40!左手に飛行系魔物100以上!………転移能力持ち発見!群れの最奥から更に後方、猿系の魔物!ランクはAプラス!」


 着いて早々に魔物討伐に向かう騎士達に結界を施し、更に王都に結界を重ね掛けして、薄い結界を使って魔物の位置と強さを把握して指示を飛ばした。


「流石聖女様。治癒の準備、守護の祈り、共に終わったと司教から報告がありました」

「分かったわ。ありがとう」

「それで、その………」


 一息吐いたところで無表情のカレユアが何かを言いたげに口をパクパクさせた。言いたいことを察したリーサメナが許可を出そうと口を開きかけたところで現場が騒がしくなる。


「リーサメナ!クーシャは何処だ!」


 ワチャワチャして来た団体がやはり王子達だった。邪魔にしかならない者達を前にさっきとは違う重い一息を吐く。


「聖女ともあろう者が、最前線に行かずこんな場所で…嘆かわしい。初代聖女様のように浄化の力を使わずしてどうするのか」


 本当にこの青紫は教会所属なのか?治癒も守護も浄化も平行して完璧に扱えたという初代聖女は別格、今の聖人はその何れか1つが高レベルで扱える者が襲名出来る。リーサメナは守護が高い代わりに治癒と浄化は上手く扱えないしそれはクーシャや他の聖人も同じだ。

 教会所属でなくても知ってる常識なのに、嘆かわしい。


「…まさか、クーシャ嬢だけを前線に送ったとか?」

「そうですが何か?クー…輝跡の聖女は浄化の力を認められています。前線に向かうのは当然ですよ。あぁ、カレユアも行って良いわよ」

「ありがとうございます…!」


 何を勘違いしているのか顔色を悪くして当然の質問をしたロドヴィーコに当然の回答とついでに待ってくれていたカレユアへ許可を出す。言葉を失った王子達とは対称的にカレユアは滅多に上がらない口角を上げて戦場へ向かった。


「貴様ッ!」

「見張り台に向かいます。………来たければどうぞ」


 これ以上騒がれても面倒だ。説明は既に何十回として、その結果が今なのだから現実を見せても良いだろう。

 彼等のお花畑な考えを壊してしまおう。





「「「「…………」」」」


 見張り台の上に到着したウィリレム王子ご一行は眼下に広がる地獄に折角整った顔立ちが残念なことになっていた。私はもう見慣れた光景だが、王都からほぼ出ない貴族である彼等には効果てきめんだった、と王子達の横顔を見てほくそ笑む。


「殺す殺す殺す殺す………!」


 無表情でありながら数多の魔物の首を跳ねるカレユア。


「輝跡の聖女様の邪魔です穢らわしい一匹たりとも向かわせませんよ…?」


 凄みのある笑顔でクーシャの邪魔になるランクBやAの魔物を狩るミオ。


 そして何より……


「あなたに会ったのは初めて…!この硬い装甲なら何時もより長く楽しめるね!」

「グギャアア………」


 大好物を出された子供のような無邪気な笑顔で純白の槌を振り回し、ランクSで群の長のドラゴンと戦うクーシャ。


「な、なっ何なんだ、あれは本当にクーシャ…いや、だが……」


 笑顔だけを見れば遊んでいるだけに見えるが現実は魔物の死体と血の臭いでむせ変える戦場。魔物の不安を煽る叫び、聖騎士と傭兵の怒号、そして少しの笑い声。ミスマッチな光景に言葉が出ない。


「聖魔法は強い想いを糧に発現します。私は昔、自領にて魔物の災害の時に家族や民等の大切な人を護りたいと願って強い守護の聖魔法を発現させました。治癒も大切な人の怪我を治したいと願って発現するそうです」


 クーシャの攻撃の余波で騎士や傭兵が怪我をしないように結界で護りつつ話を続ける。


「ですが、浄化は少々異なります。浄化の聖魔法に目覚める時は魔物に強い攻撃の意思が必要となります。…大切な人が魔物によって殺された等で」


 以前、カレユアとミオがそうだと話してくれた。カレユアは両親や使用人を殺された憎悪で、ミオは目の前で魔物に家族を殺された怒りで、浄化の聖魔法に目覚めた。

 戦場に出ている浄化の聖魔法使いのほとんどがそういう事情の者ばかりだ。だがクーシャは違う。王子の視線もそう言っているのが分かったリーサメナは続ける。


「数は少ないですが浄化の聖魔法に目覚める者にはもう1つあります。魔物との戦いが愉しくて堪らない者です」

「は?」

「魔物ともっと戦いたい。もっと強い魔物と戦いたい。そんな想いが浄化の力を発現させる事になる者がおります。クー…輝跡の聖女様がそうです」


 これは相当少数派だと聞いたがこういう大きい魔物災害の時には数十名はいる。愉しそうに戦う者が。


「輝跡の聖女様もおっしゃていたでしょう。『戦いの方が大切』だと」


 その言葉が聞こえていたのかは分からないが王子は崩れ落ちた。


「戯遺依eeee!!!」


 ちょうど結界を張っている存在を見破ったらしい鳥の魔物が突っ込んで来た。リーサメナには反射効果がある結界が張ってあるので冷めた目で魔物がぶつかるのを待つ。


 だが、後ろからパチンと指が鳴った音がしたかと思えば鳥の魔物に雷が落ちて墜落していった。


「無事か?リーサメナ…?あっ!僕は、その、怪しい者では…」

「ふふっ、中身は変わって無いんだね。助けてくれてありがとう……ファルキア」

「いや、エヘヘ。リーサメナも変わって無い。…見た目は綺麗になってて気後れするくらいだ」


 久々の会話に自然と頬が緩んでしまうが、気合いで引き締めて『慎癒』を送ってくれた礼を言う。既に救護所に送ったと言う通り、慎癒に癒されたらしき騎士が復帰しているのが見えた。


「ファルキア!?…まさか、オンパー子爵家の天才、ファルキア…?」


 突然声を上げたコンラートに首を傾げる。確かにファルキアの一家は貴族らしい振る舞いだったから納得だけど昔の知り合い?この小姑とおっとりしたファルキアが?


「…………?」


 ファルキアを見たけど眉を寄せて記憶を探ってそれでも分からないと顔に出ていた。それを見たコンラートは『昔は天才と並んで言われていただろう!不幸にもこの自分と直接対決の前に没落したようだが』と顔を赤くして言う。


「……ああ!そう言えばそんな事もあった。没落してしまったのは僕達家族が貴族に向いてなかった、って事だろう。それに…リーサメナに出会えたんだ。魔導国で認められたしもうどうとも思っていない。……次に手出しされたら例え公爵家の人間だろうと容赦はしないが」


 一目で思い出されないどころか心底どうでも良さそうで、もうリーサメナに熱の籠った視線を向けている。コンラートは自分を越した天才を見て悔しげに唇を噛んだ。

 一方リーサメナはロドヴィーコの声が聞こえて見ると、膝を付いて一心不乱に呟いている様子に混乱した。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」


 内容をよく聞いたら謝罪だった。更に混乱するが謝罪している方向にクーシャがいるのが見えて、そう言えばずっと何かに怯えている目をしていたような気がするしその怯えた目の時はクーシャが側にいたような…。うん。心を入れ換えたのならいいや。


「…聖女を手中に納めようとしたのに、なんだアレは、何でこんな事になる………いや、父上に全て押し付けて私は他国の聖教会に行けば良い。次はもっと………」


 気を取り直してハインリヒを見ると自供していた。彼は直ぐ側に聖女と魔導国の魔法使いがいる事を忘れているらしい。


「全部録音したよ。リーサメナ、どうぞ」

「ありがとう。…次なんて与えないわ。そもそも枢機卿と司教という地位でありながら今回の戦場で貴方は役に立たず、お父上は来ない時点で地位が剥奪されるのは確定なのよ。けど…」


 聖人も枢機卿も前線で戦い、回復する。上も下も魔物の被害を少しでも減らす為に命を賭ける聖教会にそれ以外で動く者は邪魔でしかない。

 元貴族で悪い噂の絶えない枢機卿の父親に同じく悪い噂の絶えないハインリヒ。この一件がなくとも何れ終わっていただろう。


「聖魔法使いは貴重だわ。高い地位にいたのだから次は役に立てるように激戦地へ送られるでしょう。安心して、手足がなくなっても回復して貰えるし、貴重な浄化の聖人になれるかもしれないわよ?」


 ファルキアから渡された録音魔導具片手に微笑んだリーサメナにハインリヒは終わりを悟った。





 あの後騒がしい者が回収されていなくなって現場は落ち着き、無事に魔物災害は終息した。怪我人は避難中に転倒した者と戦場に出た者達で1番重症だった者で手足の欠損だったが慎癒の聖人のお陰で手足を生やして元気に帰っていた。


 王子との婚約は当初の契約通りに元々無かった事になった。王妃はごねていたらしいが王と第1王子主導で円満解消だ。瑕疵も付かないしお詫びとして性懲りもなく王妃やその派閥の貴族が手出しできないように婚約書に王家の認め印をして貰える約束もした。


 クーシャはそもそも学園入学を言い出した枢機卿が失脚して激戦地に行ったのでクーシャも心置きなく魔物討伐に向かった。同じ聖女同士ちょくちょく会うのでその時にクーシャが好きなお菓子を食べようと思う。彼女も魔物が関わらなければ普通の女の子なのだ。


 こうして諸々が落ち着いた頃、ファルキアに呼ばれていつかの約束をした木がある伯爵領まで転移で飛んだ。

 ソワソワしているファルキアに気付いていないふりをして他愛ない話をしていたが黄昏時が終わる頃、覚悟を決めてキッと見詰める。


「えっと、えっと、リーサメナ、……その、僕と結婚を前提にお付き合いを、して…くれませんか………?もう、リーサメナの隣を盗られたくないんだ……」


 段々声が小さくなって、最後は蚊が鳴くような声だったけれど、指先まで真っ赤になったファルキアが差し出した手には夕焼け色の石が嵌められた指輪があった。


「はい、喜んで。………ずっとこの日が来るのを待っていたの」

「僕もだよ。………魔導国の第7席なんてまだまだ木っ端貴族で伯爵令嬢で聖女で王子の婚約者候補だった君に釣り合う地位ではないけど…」

「そんなことない!」


 嬉しそうに細められた目の色と同じ色の石の指輪が指で輝くのを見て、喜びで視界が滲む。


「………好きよ。ファルキア」


 ネガティブモードに入ったファルキアを見詰めて幸せそうに言ったリーサメナにファルキアもネガティブモードから一転して笑顔で返す。


「ぼっ僕、ももも、すっすすすすききき…」


 途中で恥ずかしさが勝ってしまい、でも言いたかったファルキアに目を丸くしたリーサメナと未だに『すっすっすすきききっ!』と二文字にならないファルキアの目が合った。


「「…プッ!」」


 笑い会う2人は完全に日が沈むまで、昔のように話す。離れていた分の思い出を共有するように。

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聖女様がお好きなのは王子様ではないらしい 小春凪なな @koharunagi72

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