天恵の剣(つるぎ)
葵未来
旅の始まり
第1話 天恵の剣
私達はこの世界の調和を愛を持って引き受けます。
天照大神に誓う。
安倍晴明に仕えた陰陽師とその幼妻の過去生を持つ、天と恵子の本当の話。
4月末、シャガの花が群落を作る頃、伊勢を拠点とし神社に光をいれる仕事を担うことになった、ライトワーカー新人の天と恵子は四国にある西照神社に赴いていた。月読尊に呼ばれたのだ。それは2人の過去生のカルマの解消を果たすための旅路であったが、今はまだ伏せておく。
西照神社ののち、正部神社を参拝、帰路に立ち寄る予定の伊弉諾神宮に向かう道中に参拝したある神社の話。
時間に余裕があったので、もう一つ神社に寄る計画を立てていた。あえて『上様』と呼んでおく。そこは天が出発前に調べていた、行きたい神社の一つだった。天が携帯で上様の写真を見せた時、恵子はちょっと嫌な印象を受けていた。しかし、出会って半年、まだ何でも言いあえる中でもなかったので、恵子は配慮した。なぜなら、西照神社に行くと言い出し、天を誘ったのは恵子の方であったからだ。三重から四国への遠い道のりを自分につきあってもらうのだから、天の行きたい神社にも寄らなければ悪いだろうと、「天さんが行きたいと思うならそこに行こう。」と言った。
車通りの少ない川沿いの道を一時間半走って着いたその神社は、人氣が少なく、光はさしているもの、どこか寂しげな印象で、三台ほど停められる砂利の駐車場の横には見上げるほどに大きい石の鳥居が立っていた。立派な鳥居を見る限り、由緒正しい地元に愛され神社であることがわかるが、何だろうか。恵子は車から降りた瞬間に何故だか行ってはいけない感じがしていた。
神社好きの天は、大きな鳥居と鳥居の下を横切るように流れる清流、自然の山々や木々に酔い知れていた。「めっちゃ気持ちいい」
と天は空を仰ぐ。時期に5月、澄んだ青い空に爽やかな風、空に映える緑に心躍っていた。
そんな天と打って変わって、恵子は立派な石の鳥居の横にもう一つ、古びた木の鳥居が氣になっていた。朽ち掛けているその鳥居は、もう何年も誰からも見向きもされずに、
ただひっそりとそこに立ち続けてるかのようだった。おそらく石の鳥居ができる前はたくさんの人々がそこ通っていたのであろう。
恵子は氣になることは見て確かめたくなる性分で、何気なく木の鳥居に向かって歩き出してた。その様子を見た天は
「そこは通らない。」
と瞬時に言った。考える間もなく直感でそう感じたのだ。そこは近寄ってはいけない所だと。なぜかはわかない、ただだめだ、そう身体が反応する。ただそれだけだ。
天の声にハッと我に返った恵子は
「私もそんな氣はしてた。」
と自分で自分を停められなかった事を隠した。天と違って、恵子は何がだめなのかがわかっていた。物にも感情がある。朽ちた鳥居には朽ちた思いが取り残されていて、それを哀れに思った恵子は思わず慰めたくなったのだ。天は天で、そんな恵子のやさしさを知っていた。そして、慰めは愛ではないということも。恵子はそれをすぐさま感じ取り、哀れみ慰めたいという自我が出てしまった自分を少し恥じた。
過去生で陰陽師であった天の所作は恵子の氣を引いた。鳥居の前で背筋を伸ばし一礼する姿が惚れ惚れするのだ。狩衣に烏帽子姿がよく似合うだろうと。一方、天も「私もそんな氣はしてた」と口を尖らせて歩く、負けず嫌いな恵子に可愛さを覚えていた。
境内へと向かう石段の距離は50メートルはあるだろうか、横幅10メートル程の広い階段だ。石は不規則に並んでおり、昔のまま変わらずにそこにある。石段の両側には木々があり、梢の間から陽が差していた。陽がよくあたるところの石はツルツルとしていて、影の所には深い緑色の苔が生えていた。天は綺麗だね、と木々と空を仰いでいた。恵子は足元の苔をさけながら、不要に踏まぬように階段を上がって行った。
石段を上がりきり境内に入るとすぐに神楽殿があり、その右斜め後ろに本殿、その後は山で大きな杉の御神木があった。天は神楽殿を一瞥し本殿へ向うと手水舎を探した。少し怖気づく恵子は置いていかれないようにと天の後を追った。手水舎が見当たらず、天は黒のショルダーバックの中から塗香を取り出した。
「手を洗うかわり。」
と恵子に差し出した。恵子は左手で塗香をもらい、白檀のいい香りを嗅ぎながら丁寧に両手にそれを擦り込ませた。塗香で身を清めた天と恵子は本殿に参拝をしたあと各々動き出した。天は本殿をずっと見続け、恵子は境内を歩き回った。
天は本殿の屋根の方が氣になっていた。薄黒く滞ったエネルギーで天空からの光が届いていないのを感じていた。天は恵子と知り合う少し前から、神社に光を入れる仕事をしていた。そのお役目はいつの間にか始まっていた。地元の氏神さまの鎮守の森が好きだった。ある時、草木の疲れた様子が氣になって、元氣になって欲しいと愛ていた。自然が好き、だから大切にしたい、綺麗にしたい、そんな思いからだった。SNSで知り合った神社好きの友人から、『神社に光を入れる仕事』というものがあると聞き、自分はそれをしているのでは?と思った。参拝者が減ったり、地域との関わりが希薄になったりすることで神社のエネルギーは消える。古くからそこに居て土地を守ってくれている神社や鎮守の森が廃れて行くのは悲しい事実である。
そんな神社に宇宙から光を下ろし、光を入れるのがライトワーカーの仕事である。宇宙と繋がりエネルギーを下ろす。
天はただ直感で、光を入れる必要があると感じたらそうする。理由などなくて良い。神社が元氣になって喜んでくれたらそれで良い。
天には本殿の上の方、屋根の少し上の辺りに黒い闇が見えていた。それがなくなれば良いのだが。あれこれ考えるのはやめてまずはやってみるか。天は深く息を吸った。両手を軽く広げ、額に意識を集中させ、そこから上へ、もっと上へ、空の彼方へと意識を飛ばしていった。
恵子は砂利の境内を歩きながら考えていた。こんなに日当たりが良くて格式の高い神社なのに、最初に受けたあの嫌な感じはなんだったのだろうと。もともと神社への関心は人並で、年に数回、伊勢神宮や椿大神社に行くくらいだったのだが、2ヶ月前からいきなり神様に呼ばれるようになった。行く予定ではなかったのになぜか神社に行くことなる、ということが続いたのだ。天にその話をしたのは4月の初め、伊勢神宮を参拝した時だった。「恵子さん、それは神社に光を入れる仕事をしている、俺も同業者だよ」神社に光を入れるなんて初めて聞いたが言われてみれば、巡った神社はどこも陰氣があった。恵子はすぐに理解した。そして素直に受けれた。大事な仕事をさせてもらっていると。
『上様』の境内を歩きながら氣がついたのは二つ、太陽と風が本殿に当たらないこと、境内の玉砂利が穢れているということ。山間にある上様の本殿は裏山の木々が生い茂り本殿に影と湿り氣を与えていた。東北から山並みに沿って入ってくる風は神楽殿に当たる。龍神の通り道のような風脈だがそこから少し後ろにずれている本殿はその恩恵を受けれていない。陽風のよく当たる神楽殿は古びてはいいるものの、キラキラしていた。
さて、どうしたものか。初心者の恵子にはそれに氣付いてもどうしてやることもできなかった。裏山の木を切るわけにも風の流れを変えることもできない。ふと、本殿の前で両手を広げて天空を仰ぐ天の姿が見えた。
天は自然と一体となっていた。身体全部で山や草木、風や太陽を感じていた。目を閉じ深い呼吸と続けると頭頂部からぐんと宇宙に繋がる感覚になる。頭のてっぺんから細い管が空へ向かって上がって行くかのようだ。宇宙と繋がると生命エネルギーを下ろすことができる。管を通ってエネルギーが天の身体に流れ込むと、今度は天の身体の中心をエネルギーが通って行く。天の身体をめぐった生命エネルギーは天の両掌から愛となって出ていく。
天は愛のエネルギーを本殿へと向ける。そして宇宙に祈る。
「ここに光を下ろしてください。」
ここです。本殿を思い描くように宇宙に伝える。すると天空から光が降りてくる感覚が来る。七色の光だ。虹のようだ。実際に見えているというよりは、そういう感覚だ。優しい愛の光だ。ありがとう宇宙、と思った矢先、光が本殿の上で止まってしまった。どういうことか。
天は困惑した。本殿を覆う黒い闇が邪魔をして光が入らないのだ。光はすぐ真上まで来ているのに。さて、どうしたものか。目を閉じたまま、両手を広げ身動きできずにいると、ふと、背中に暖かさを感じた。何かはわからないが、ただあたたかい。そのうち徐々に熱くなって来たと感じて間も無く、天の行く手を阻んでいた闇が黒色から灰色に変わり、やがて消えていった。そして闇の消えた本殿に七色の光は入っていった。キラキラと清々しいその光は穢れなくただ直向きに愛へと変わり本殿を潤した。
天はひとまず、役目を終えて安堵した。目を開け光の入った本殿を見て満足した。両掌が程よく熱い。しかし、あの闇を払ったものはなんだ?背中で感じた温かさはなんだ?おもむろに後ろを振り返ると、30メートル程離れた所に恵子が立っていた。あんな所に。もしかして闇を払ったのは恵子さんなのか?質問を持ちつつ天は、今しがた氣がついたかのように自分と目が合い、にこっと笑った恵子の側に歩み寄った。
恵子は不思議な感覚に囚われていた。光が見えたのだ、七色の虹のような光だ。光は天空から真っ直ぐに本殿の頭上へと降りてきている。きっと天が下ろしたのだろう。凛とした迷いのない天の後ろ姿が美しかった。すごいな、天さんはあんな光を下ろすことができるのか。と、眺めていて氣がついた。本殿の周りが黒ずんでいることに。
光は降りて来ているのに入らない。本殿の頭上付近を覆っている黒い闇が邪魔をして入ることができないのだ。これでは神社が蘇らない。この闇、どうすれば。恵子は直ぐに思いついた。闇を払えば良い。払う術など知りはしない、ただ浄化ならできる。その要領でやれば良いと判断した。恵子は咄嗟に祈った。
「宇宙さん、宇宙さん、上様の闇をお取りください、お祓いください、天にお返しください。」
闇をお取りください。恵子は眉間に意識を集中させ頭頂から宇宙に飛ばして行った。すると徐々に黒かった闇が薄れて灰色になりスーと空に帰るように消え去った。
恵子は目を見開いていた。ホログラムのようにそこに存在するエネルギーを恵子はしっかりと見ていた。目で見えているというよりは脳の視覚野がそれを捉えていると言った感じだろうか。物質として誰もが見える物ではないらしい。
本殿の闇が消え去った後、七色の光が入っていくのが見えた。キラキラとしたそのエネルギーは闇に囚われていた本殿を癒し包み込み、本来の姿に戻した。それは実直なまでの愛だった。光が全て入っていくのを見届けると、30メートル程離れていただろうか、本殿前の天がふと振り返った。
「恵子さんいつからそこにいたの?」
天はまっすぐ恵子に向かって歩いて行った。
「天さんが両手を広げて何かやり始めた時から。光を下ろしてたね。」
「そう、でもさ、闇が邪魔して入らなかったんだよ。どうするか考えてたら、急に背中が暖かくなってきてさ、なぜだか闇が消えて行ったんだよ。それで光を入れられた。」
天の言うそれを恵子は知っていた。今しがた目にしていたからだ。
「七色の光だったね。」
「え?見えてたの?」
「うん。見えた。黒い闇が本殿を覆ってて入らなかったから、闇を払った。」
呆気に取られた天だったが、すぐさま受け入れた。
「そっか!やっぱり恵子さんが払ってくれたんだ。恵子さんすごいね。」
天真爛漫に笑った天の笑顔に恵子は少し綻んだ。
「天さんのがすごいよ。光が入ってくの見えたもん。天さんが下ろしたんでしょ?」
嬉しそうに空を指さす恵子の姿に今度は天が綻ぶ。
「ただ祈っただけだよ。光よお入りくださいって」
謙虚に笑う天の姿はなおさら綺麗だった。
「天さん、あのね、すごいの。」
恵子ははしゃぎながら両手をわさわさと動かした。伝えたいことが多すぎた。同時に同じ物を離れている二人が言葉を交わす事もなく、見えていたという確信を得たと伝えずにはいられなかった。
「闇がね、あったんだよ。本殿の上に。だからね、天さんが下ろしてくれた光が入らないんだよ。でね、どうしたらいいかなーって思って、そうだ、払えばいい!って思って、お祓いくださいって宇宙にお願いしたらね、消えたの。スーって。そたらね、光がね、七色の光なんだよ、スーと本殿に入って行ってね、あー、はいった!って思って、終わった!って思った瞬間にね、天さんが振り向いたの。終わった!みたいな顔をしてさ。すごくない?同じ物見てたんだよ。こんなに離れてるのに。打ち合わせも何にもして無いのに、同時なんだよ!」
天は初めきょとんとした顔で恵子を見ていたが、やがてくすくすと笑いだした。
「もう!なーに!人が真剣に話してるのに。」
「いやいやごめん。そっか、同じ物が見えてたんだね。」
「そう!そうなの!」
「当たり前だよ。だってそこにあるもん。普通に。」
首を傾げる恵子に天は続ける。
「目に見える物は物質としてあるもの、目に見えないからと言って無いとは限らない。人は目に頼りすぎてるんだよ。この世界には見えない物の方が多く存在している。」
今まで目に見える物がそこにあるものとして捉えていた恵子にとっては未知の世界だ。いわゆる霊感とか霊能力など持ち合わせてはいなかった。霊もおばけもUFOも見たことない。天は昔から見えていたのだろうか。
「それにしても恵子さんすごいね、どうやって闇を払ったの?」
天が切り替えした。
「浄化と一緒。講座で習ったの、クリアリング。本当は人にするんだけどね、誰々さんに憑いている何々をお取りくださいって宇宙にお願いすると取ってくれる。」
これまた途方もない話が出たと天は驚いた。なんだそれは。
「セッションでできるの?それ、浄化?」
「そう、浄化、人の念とかエゴとか執着とか欲とか思い込みとか。」
空を仰ぎながら指折り数える恵子を天は、そんな事もできるのか、という思いで見ていた。恵子は話ながら氣が付いた。
「あ、そっか!」
言うまもなく、恵子は玉砂利に目をやった。
30メートル四方はあるだろうか。全てを見た渡せるように石畳へと移動すると、先程、天がしていたように両手を広げ、目を閉じた。
見様見真似で上手くできるかわからないけど、さっきそこそこ出来たから、多分できる。ってか、やるっきゃない。恵子は天の真似をして両手広げた。意識を集中させるために目を閉じ深く呼吸をする。そこから玉砂利一つ一つを思いやるように祈った。
「宇宙さん、宇宙さん、玉砂利についた念をお取りください。お祓いください。天にお返しください。」
目を瞑って祈りを捧げる。
玉砂利についたものは本殿の闇と違って少し重たく感じた。こびりついていると言った感じだろうか、しばらく掃除をしていなかったのだろう。たくさんの人の念が付いていた。神頼み、厄払い、願い事、あななりたい、こうなりたい、神様お願いします。人の都合良い思いがそこらじゅうに転がっていた。玉砂利はそれらを吸い取り、払い清めてくれていた。
いっぱい落として行ったね。落とすだけ落としてありがとうの感謝はないのかな。と恵子は心の中で思っていた。クリアリングセッションを学んでいる恵子は霊障というものに詳しくなっていた。人の思念というものは重い、特に負のエネルギーは身体に支障を来たす程だ。しかし、その負の感情はただの思い込みであることが多い。エゴや執着、依存などがその類だ。それらのエネルギーは手放すと良い。宇宙にお願いをして取ってもらうのだ。それがクリアリングセッション。
恵子はその要領で本殿の闇を払ったのだ。今度は玉砂利だ。
「玉砂利さん、玉砂利さん、人々の負のエネルギーを吸い取ってくださりありがとうございます。負のエネルギーは光になって、天へとお帰りください。」
丹田に力を集中させてブレない自分を作る。鼻からゆっくりと息を吸い込み、吸った早さよりももっとゆっくりと息を吐く。瞑想に近い。宇宙のエネルギーを吸い込んで身体を満たす、満ちたエネルギーを丹田に集中させて行く。宇宙のエネルギーは丹田で小さな台風のように渦を巻き、やがてエネルギーボールとなった。恵子は渦を巻きながら加速していくエネルギーボールを両手で包み込み、祈りを込めて玉砂利に放った。
光は境内一面に広がり、玉砂利一つ一つの表面を包み込んだ。光でガラガラと汚れが浮かび上がると、玉が綺麗になっていくのがわかった。いっぱい汚れていたね。今度は落とした汚れを天へと返していく。
「霊障は天へとお帰りください、お帰りください、お帰りください。」
灰色、紫色、紺色の入り混じった負の塊が一面に浮かび上がる。全て根こそぎ救い上げようと恵子は力を振り絞った。「ふん」と腹に力を込めると一瞬、体力の消耗を感じたが、どうにか持ち堪えた。意識の中で負の塊となった人々の念を浄化する。全てを宇宙に返していくイメージで天を仰いだ。
ゆっくりと目を開ける。何も無くなったその空間に、今度は何をしたら良いか一瞬迷ったが、すぐに答えは見えた。光を入れる。やり方などわからないが多分、お願いすれば良い。祈りを込めて。
「光よお入りください。」
光よお入りください。お願い、光よ降りてきて。
恵子はこの境内で執り行われて来た祭事や祈願に想いを馳せた。またあの頃のようにキラキラと輝く場所になって欲しい。その手助けをさせてください。宇宙から無数の光を下ろすイメージで玉砂利一つ一つがキラキラと輝くのを想像した。
天は何が起きているのか分からなかった。「あ、そっか!」と恵子は言い放つと急に境内に向かって手を広げ瞑想をし始めたのだ。
何を始める氣だ?恵子は目を閉じ大きく呼吸し始め、やがて何かに意識を向け始めた。社殿?境内?何をしようというのか。
辺りをしばらく見ていると境内の玉砂利がゾワゾワと動き出したような氣配を感じた。居心地が悪くなった天は砂利の上にいられなくなり石畳へと移動した。石が騒ぎ始めている?いや、石じゃないのか?石についていた何か。陰の氣?そういえば、神社の玉砂利は参拝者の穢れを祓うためにある。その陰の氣が騒いでいるのか?
ざわついた境内がふっと軽くなったと思ったら、今度は空中にただならぬ闇を感じた。黒?灰色?モヤモヤとした負のエネルギーの塊が浮遊している。恵子はそれを上げる氣なのだろう、腹に力を込めたのが分かった。するやいなや、今度は石達がスパークし始めた。強い光がパシ!パシパシ!と方々で弾けている。何が起きているのかは分からないが、おそらく恵子の力だ。いや、祈りなのか?
天は咄嗟に今、自分が何をすべきか判断した。
恵子を援護する。
瞬時に宇宙と繋がり自分を満たし、恵子に向けてエネルギーを放った。体力勝負だな。心の中で恵子に関心していた。
天にも闇がしっかりと見えていた、不浄なものだと認識した。これをどう上げるのかは分からないが、俺は恵子を支えていれば良い。視界の片隅で黒いモヤが空へと上がって行くのが見えた。成功か?モヤが上がりきると。先程まで重たかった境内が重力から解放されたかのように軽くなった。上がったな。
天が境内に目をやると、一瞬そこは無になっていた。
「光よお入りください。」
恵子の声が聞こえた。何もなくなったところに光を下ろすのか。それなら協力できる。天も宇宙に祈った。ここに光を下ろしてくださいと。
恵子はそっと右目を開けた。
脳裏に映るキラキラとした玉砂利さんが、ちゃんとそこにあるかどうか不安だったからだ。うまくやれたかなぁと辺りを見回すと、ぷりぷりとした玉砂利さんが出迎えてくれた。ぷりぷりって、と自分で自分の発想が可笑しかった。しかし、本当にそう見えた。お風呂から上がりたての玉のような赤ちゃんのおしりみたいに可愛かった。
「はぁー、良かったー。できたー。」
肩の力が抜けてへたり込みそうになったが堪えた。何が何だかわからないが、だいぶ体力が消耗している。ちょっと休憩。石畳の外にある切り株に腰を下ろす。
神社に光を入れる仕事って大変だな。なんで私なのか、なんで神社なのか、まだよく分からない。私は人々を癒したくてセラピストになったのに。宇宙は私に何をさせたいのだろうか。
自分の歩む道を探している途中の恵子には、まだ、自分の力や器の大きさに氣づくことはできなかった。ただ、空を眺めて点在する雲の切れ間に負けじと顔をだす太陽の日差しを浴びて、
「それも悪くないね。」
と、旅路を共にする天の横顔を見て安堵していた。
「一瞬何が起きたのかと思ったよ。石がパシパシ光り出すから。あなた何をしたの。」
細い目を見開いて、天は恵子に尋ねた。
「んー。多分。霊障を上げてた。ここって厄払いの神社みたいじゃない?」
境内に掲げられた看板を指差した。
『厄除け厄払い』
「厄がいっぱい付いていたんだよ。玉砂利に。神社って玉砂利の上をジャリジャリ踏んで歩いて穢れを落とすって言うじゃない?落とされた穢れが溜まって汚れてたんだよね。だけど、多分、この神社は社務所がないから、掃除する人とか管理する人がいないのかな。とにかく手入れがされてなかったから、溜まりに溜まって真っ黒け。」
とお手上げのポーズを取った。
「人のさ、我欲って、強すぎると負のエネルギーになって飛んでいくんだよね。怨念とか。そういうのって、霊障になって引っ付いちゃったりするのよ。対象の人だったり場所だったり、全く関係ない霊感の強い人だったり?」
と恵子は自分と天の鼻を交互に指差した。
「するとさ、身体が重くなったり、肩が凝ったり、頭がぼーとしたり、急にうまくいかなくなったりするわけ。だから、そういうのいらないわけ。」
今度は腕組みをして口を尖らせた。
「だーかーらー。浄化して宇宙に返す。これ鉄則!でしょ。」
と右手の人差し指を立てて天の目の前に突き出した。
天はふっと笑いながら指を避け
「なるほど。確かに。」
と答えた。
天に浄化という認識はなかったが恵子の話には合点がいった。幼い頃から不機嫌な人の嫌な氣をもらいやすかったので、身を守るために水晶と黒水晶の数珠を身についている。知らず知らずに霊障を受けていたのだな、と。
天は境内から望む遠くの山並みを見ていた。初夏の空の青と山の蒼。見晴らしが良く清々しい場所ではないか。それにしても不思議なこともあるものだ。恵子さんとは過去生で夫婦だったということだか、今はまだピンと来ない。自分が陰陽師であったことは容易に受け入れられるが、今後もこんな風に二人で神社を回るのだろうか。その時、俺は何を感じ何を知るのか。なんだかワクワクしてきた。今までの人生の中で一番ワクワクしているのではないか?ずっと探していた最後のピースを見つけた氣分だ。
天は腹一杯に清氣を吸い込んだ。
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