やがて楽土のヴオルカシャ

ヨドミバチ

前々夜

前々夜 あた死がたり


 言わなきゃわかんない時点で終わってんのよ。


 なんなら今終わったとこだって。ドタマ刈り飛ばされてクルクル回ってんだから。ハイサヨナラ。

 そんでも聞いてく? 今わのキワに酔いしれていいだけのあたし語り。

 不満や後悔だと思う?


 先に死んだのは神話のほうだったじゃない。よりどりみどりだった神サマがみぃんなオシャカになって、ひとり勝ちしてた自殺教会と連中のロクデモナイ信仰も、≪御剣みつるぎ≫のご登場で残らずオジャン。今度こそなぁーんにもなくなったから、手を出しゃ最後のアブナイ〝癒し〟がお手軽にありがたがられたってだけ。

 薬師だもの。みんなが治したいものを治したの。

 きわめて心安らかになれるモノ、とめどなく楽しい気持ちになれるモノ、よりどりみどり揃えてね?


 確かにご同業からはいい目で見られなかったわ。でも、治せるものだけ治してハイサヨナラ、よりはよかったと思わない? 患者が本当に求めてるのは、すがりついたままで永遠にいていいナニカ。その肩書きの上に身を投げ出せばすべてをヨクしてくれる相手。薬師ならみんな、ほんとは知ってる。

 あたしはそのナニカを与えてあげた。それから、手に入れた喜びにちょっぴり付き合ってあげただけ。男でも女でも。お客だもの。邪険にしないわ。誰も誰かを好きにならないこのご時世だし、感謝するもされるも稀少。

 もったいないじゃない。おかげであたしはあたしのために用意しなきゃいけなかったかもしれない分をまた別の誰かに回せたわ。枯れも飢えも飽きもせず、満ち足りて、あたしの喜びは途切れなかった。あたしの人生だけがあたしの神話。そういうことでしょ?


 だから、だからね? 報いは受けるの。ロクな死に方しないってわかってた。

 でもよ、でもね? 明るい場所にむくろをさらしたくはなかったわ。これは贅沢?


 女の子の手にかかりたかった。これは叶ったの。しなやかに、可憐な手つきで。ちょっと頭のタガがぶっ飛んでても、やわ手の握る刃は甘くて切ないから。

 誰かをかばう代償がよかった。これも叶ったわ。しかも一番そそる女の子。あたしを最後まで寄せつけなかった、気高く遠く清らなあの子が、ついにあたしのモノになる。

 悪かないわね、全然。ふたつ叶ったのよ。最高の死よね? 自殺教会が手を叩いて称えるでしょう。知ったこっちゃないけど。


 ほら、見てよ?

 わが死地は、土の下にして星を仰げる。


 満点の、銀色にまたたく星屑の海。天の海。死んで魂の行く場所を、みんな『天海』とそう呼ぶのよね?

 忘れてないわ。これは偽物の空。

 案内人はなんて言ってたかしら。この白い光はすべてがキノコ。広大な土の天蓋てんがいを埋め尽くす――そう、発光菌類レイスツールよ。ひとつひとつは獣の目にも劣るあわい光だけれど、巨大なむれは月より明るく地底を照らし、はるかな虚空よるを見せてくれてる。実物よりもずうっときれい。月のとばりと≪御剣≫の影におびやかされて、見るにたえない本物の空よりずうっと。


 ああ、まぎわよ。じき尽きるわ。

 すべてが流れていくの。星たちが、あたしの過去が。ねあげられた頭部がくるりとめぐって、眼下の現在いまが映りこむ。


 よくやったもんよ。

 星空の屋根が土の下なら、ここは巨大な地下空洞。そこに煉瓦れんがと木組みの瀟洒しょうしゃな街を造ったの。さすがに粘度の家でしょって想像してたのに、元は日の下にあった家々をそのまま引っこ抜いて運んできたみたい。数百年規模の大きな街よ。≪御剣≫と赫鬼しゃっき怖さにこれを造ったのなら、季節はいまだ十度と巡っちゃないわけだけど。


 真下は広場。この街目指してきた雇い主の目的地で、今夜の取り引き場所。井戸のそばにほろ馬車並べて、隙間で大の男たちが右往左往。見た顔も見ない顔も泡食って滅茶苦茶。誰もあたしを見あげちゃないけど。

 あ、毛長牛グーがいるわ。あれはあたしのかわいいずんぐりちゃん。かわいそうに。悲鳴っぽくいななきながら巨体をブルブル。隣りで鉄杖構えたノッポが、勇ましいまま身長減らしてつっ立ってるもの。


 ごきげんよう、あたし。憎らしくも愛しき首から下。

 旅のみそらで風雪を耐え抜き、商売のいかがわしさが呼びこむ窮地きゅうちを幾度と切り抜けた。そこはあの体で生まれて得したわ。あと激しいお客にも付き合えた。チンコってお宝よ。正直、れ物と魂の組み合わせが間違ってたともそうでなかったとも言い切れない。まあ、うまくはやってたほうだと思う。あの断面から吹き散らしてる生命力がその証拠。赤でも白でも衰え知らず。


 もういいのだけどね。お疲れ様よ、フレド・カウフマン。

 ごらんなさいな。今前のめりに倒れゆくあなたの背後。あなたの肩にさえ届かない小さな頭を。

 この街に入ってからずっと絶不調で震えてた細い手足。巻きつけた衣服ともつかない黒布から覗く褐色のモチ肌。伸びすぎて絡まりそうで絡まらずに波打つ、麗しの黒髪。

 アルバ。日の浅い傭兵しごと仲間。白銅よりも可憐なる、いと遠きアルバ。

 幾度もこの手でけがそうとして届かなかったその黒くつやめく髪と肌を、ついに傷つけることなく守り抜いたのは誰かしら?


 一拍遅れて動きだした彼女の〝護衛〟たちが、亡骸なきがらを飛び越えて下手人に殺到していく。けれど下手人はもうそこにいない。あたしが邪魔で踏みこめないのを悟ったか、とうに高く跳び退すさって平屋の屋根の上にいる。追撃のつぶてを振りきるように屋根から屋根へと跳び渡り、幌の上に降り立つや、やにわに奇声をあげだした。


「クァァカカカッ」


 いやだ。わらってんのね? 赤い服の貴女アンタ

 金の髪を振り乱し、大げさなドレスと同じ色のを大げさな刺剣レイピアからしたたらせ、略奪の喜びにひたってるのね。


「ケカカ、キャククククッ!」


 壊れてよりいっそう強くさえずる喉。青白く細い体にいろをまとい、誰もに怖気を与えながら、土さえ侵す毒花のように美しく。

 いいわ、最後の喜びを貴女にあげる。あたしから〝神話〟を受け取る連中があたしに売り渡してきたように、あたしの血と肉を貴女に捧げてやろうじゃないの。


 けれど、けれどね、魂まではあげられない。わかるでしょう?

 魂はあの子に捧げたの。たったいま。尊きアルバへ。


 あたしの手が触れるどころか、口をききさえしてくれなかったあの子の純潔に、あたしはついに届いたの。誰も触れうるはずのなかった魂に、あたしひとりが喰いこんだ。

 だから、あの子はついにあたしのモノ。アルバのすべてが、ようやくあたしだけのモノ。

 貴女アンタには、切れ端すらもさしあげられやしないのよ、名も顔も知らぬ壊れたお嬢さんサーシェンカ


 惜しかったのよ。ほんの一瞬、貴女の速さはあの子の鉄壁を上まわった。そんな好機に二度はない。主人の不調で浮き足立ってたみたいだけれど、護衛どもは普段は優秀なんだから。イヤになるくらいにね。


 見かけは黒い泥だんごに黒豆で目をつけたような、ちょい不気味だけど愛嬌のある連中よ。だけど、たとえ羽虫の一匹さえ、アルバを襲うようなものは刹那せつなで粉みじんにしちゃうんだから。どっかから飛んできたガラスの瓶も、ぶつかる前に叩き割って……。


 あらやだ。頭上で割っちゃったわ。そういう小まわりきかないのよね、アイツら。破片は弾いたけど液体はアルバがかぶっちゃったわ。しかもなんだかシューシュー言ってない? アルバの頭から煙モクモク、アルバふらふら。すんごい眠そう。あららん? あの液体、もしやキハツセイの
















 空にはつるぎが浮いている。

 翼と雲の高みより。

 海も呑みきれぬ大刃たいじんを吊るし。

 風に鳴らず鳴かず、しずかに。

 こぼし漏らさぬよう、数多に。





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