040:穢れた墓所
濃い霧が立ち込める早朝の時間。
天から降り注ぐ雨を弾きながら、俺たちは大地を駆ける。
コートが雨を弾き、手綱を握る俺は前を見続ける。
俺たちは馬を駆って走っていた。
向かうべき場所は既に定めていて。
そこには恐らく、エトたちがいる筈だ。
攫った人間たちをすぐに移動させる事は出来ないからな……生きていればの話だけどな。
馬が地面を蹴りつける音を聞く。
ぱしゃぱしゃと地面の水たまりを弾き。
俺たちは先頭を走るガイとアーリンを追う。
「……止まって」
「……!」
アーリンが片手を上げる。
俺たちはゆっくりと足を止めた。
到着した場所は既に遥か昔に廃棄された墓所だった。
無数の朽ち果てた墓が存在し、その中心には地下墓地に続く石の建物と扉が設置されていた。
此処にエトたちはいるとアーリンは予測していた。
既に騎士団たちが念入りに調査をし、魔物の出現も多数確認されている事もあって調査を止めた場所だ。
騎士団は此処には奴らは潜伏していないと考えたようだが。
奴らはそれを逆手に取り、敢えて此処をアジトにしていた。
「……っ」
少しだけ鼻を抑える。
嫌な臭いはしているが、それ以上に寒気を感じる。
冷たい空気ではあるが、それ以上に何かを感じていた。
まるで、此処に存在してはいけない何かが眠っているようで。
他の仲間たちは何とも思っていない顔で馬から降りていた……俺だけなのか?
アーリンや俺たちはフード付きのコートを纏っていた。
それはアーリンが俺たちの為に特殊な魔術を施してくれたもので。
結界術による防護結界の術式を組み込んだものだった。
一定の魔術による攻撃であったり物理攻撃に反応し。
服の表面に結界が展開し傷を受けないように守ってくれるものだ。
これがあれば俺であってもいくらかの安心感はあるが。
彼女はそれがあるからと油断しないように俺に忠告していた。
『良い? それはあくまでただのお守りよ。即死級の攻撃だったり、目に見えない呪いなんかの攻撃は防げないから。絶対に過信しないで』
「……」
俺はコートを少し撫でる。
見かけはただの布のコートだが……助かるよ。
アーリンは周りを見渡す。
すると、ゆらゆらと空間が歪んで誰かが姿を現した。
俺は警戒して剣の柄に手を掛けるが。
アーリンは片手を上げて警戒を解くように指示する。
姿を現した人物は……ジョンだった。
「先に索敵はしておいた。複数の生体反応がある。敵は地下だ」
「……魔術が使えたんですね」
「……当然だ。行くぞ」
奴は銀の棺を片手で軽々と持ちながら歩いていく。
朝起きて、アーリンが既に彼が先行したと言っていたが。
流石に一人で突っ込む事はしなかったようだ。
いや、どう見ても手練れだからそんな危うい事はしないとは思っていたけど……まぁいいか。
奴を先頭にし俺たちは後をついていく。
雨の音を聞き、ぬかるんだ土をブーツで踏みしめる。
そうして、肩く閉ざされた石の扉の前に立つ。
彼はゆっくりと重そうな石の扉に手を置いた。
「――」
彼は呪文を詠唱する。
瞬間、数人で開けるような扉が勢いよく開かれた。
まるで、見えない巨人がパンチでもしたようであり。
俺はこれも魔術なんだと思いながら、その光景をジッと見つめていた。
「……超常」
アーリンがぼそりと呟く。
ジョンはそれを無視して階段を下りていった。
超常とは珍しい系統だとは聞いていたが。
ジョンはやはりかなりの腕利きなんだろう。
俺は冷たい雰囲気だが頼もしい奴だと思った。
そんな彼の背中を追って俺たちは歩いていった。
階段を下りていき、広い空間に出た。
とても暗いが微かに見える視覚情報で、至る所に石の棺が入れられていると分かった。
死臭と呼ばれる独特の臭いが漂っていて。
アーリンたちは勿論の事、流石のアードルングも眉を顰めていた。
「明かりを」
「……はい」
アーリンが掌を上に向ける。
すると、小さな火の玉が出現し周りを明るく照らした。
暗闇に包まれていた空間が明るくなり。
俺も慌てて魔石のランタンに魔力を注いで明かりをつけた。
これで遠くまで見えるようになった。
床は石であり湿っていて、ぽたぽたと水滴の音が聞こえていた。
天井から水が滴り落ちていて、崩れないかと心配になるが。
今はそんな事を気にしている余裕はない。
俺たちは周囲を警戒しながらついていく。
ジョンは真っすぐに一点だけを見つめているが。
もしかして、何処にエトたちがいるのか見えているのか?
「……なぁ、アンタには敵の位置が見えているのか?」
「……そうだ。超常と精神作用の応用だ……俺には敵の魂の波動が視覚情報として見える」
「……そんな事が出来るのか。それは便利だな」
「……これのお陰で何度も命が救われた……こっちだな」
ジョンは足を止める。
左右に別れた道の中で、ジョンは迷うことなく右の道を進む。
進んで進んで……え?
俺たちはゆっくりと足を止めた。
見ればそこは行き止まりであり、よく分からない石像が立っているだけだった。
気味の悪い石像であり、猿のように見える何かが目を隠していた。
「行き止まりか……?」
「……?」
俺はぼそりと呟く。
ガイも周囲を見ながら不思議そうにしていた。
アーリンとアードルングはジッと石像を見つめている。
ジョンが動き出す。
彼は迷う事無く石像の前に立った。
そうして、ゆっくりと手をついて調べていた。
「……これだな」
ジョンがぼそりと呟く。
そうして、石像の耳の部分に触れていた。
指を押し当てていれば、そこを基点に文様のようなものが浮かび上がる。
それが石像全体に伝われば、石像は音を立てて動き始めた。
奥の壁も動き始めて、扉のようにスライドして開いていった。
俺はそれを驚きながら見つめていた……仕掛けがあったのか。
「魔力に反応するタイプの仕掛けだ……見られたくない死体などを隠す為のものだな。よくある仕掛けだ」
「……この先ですか?」
「いや、まだ先だ……此処はそれなりの広さだ。賊が潜むには打ってつけだな。罠もあるだろう。気を抜くな」
「……おう」
俺は返事をする。
そうして、ジョンの後を俺たちは追っていった。
開いた先の空間に入れば、背後の扉は自動的に閉じていく。
俺は慌てて皆に声を掛けたが。
ジョンはまた同じように魔力を流せば開くと言って見向きもしなかった……確かに、こっちにも石像があるな。
俺は少しだけ焦った自分を恥じた。
そうして、さっさと行ってしまった仲間たちを追う。
ガイは追いついた俺に笑みを向けながら「そんなに緊張すんなよ」と言う。
緊張はするし、この先には危険な奴もいる筈だ。
落ち着いている四人の方が俺からしたら異常に見えるけど……これが熟練の冒険者なんだろうな。
俺はまだまだだ。
死地へと飛び込んだような気分で。
エトを救うと誓ったのに、恐怖で身がすくみそうだった。
今までの比では無い。恐らくだが、本当にこの場所は危険だ。
確実にその魔法を使えるという輩もいるんだろう。
そんな奴と対峙して俺は生きて帰れるのか……分かんねぇよ。
考えても考えても、俺には分からねぇ。
生きて帰りたいさ。死ぬなんて真っ平ごめんだ。
けど、人間は死ぬときは死ぬものだ。
身構えていようともいなくとも、その時になればあっさりと死ぬ。
それが人間であり、俺もその中の一人だ。
病気か、寿命か。
それとも戦いでか……そんなの誰にも分からねぇよ。
「……」
でも、これだけは絶対だ――エトは救う。
例え俺が死んでも、それだけは達成して見せる。
アイツがこのまま闇の中に沈んでいくのだけは許せない。
アイツはそんな所にいてはダメなんだ。
笑顔が綺麗で、好きな事に全力で。
そんな友達が俺は好きで、アイツには未来で幸せでいて欲しい。
例え、その命が残り僅かだったとしても、アイツを不幸のまま死なせない。
生きていて良かった。
楽しい人生だった。
何年掛かろうとも、アイツが本気でそう思えるように俺が側で……!
「……あ、あれ? 皆は……すぐそこにいた筈なのに!?」
俺は足を止める。
前を見れば、仲間たちの姿が消えていた。
一緒について行っていた筈なのに……声だ!
「――」
「呼んでる……あっちか!」
アードルングやアーリンの声がする。
俺を呼ぶ声であり、俺はそれに導かれるままに道を進んでいった。
分かれ道にまた入る。
耳を済ませれば、左から声が聞こえていた。
俺は左の道に進んでいき――え?
突然の浮遊感。
ガチャリと何かの音がして。
ゆっくりと下を見れば――真っ暗闇だった。
「――まず!!」
落とし穴だ。
そう気づいた瞬間に落下しながらも手を伸ばす。
が、縁に触れる事は叶わなかった。
「あああぁぁぁ!!!?」
俺はそのまま奈落へと落ちていく。
手を振るが何も掴めない。
このままでは落下死は確実で――それなら!
俺は剣を引き抜く。
間に合えと念じながら剣に魔力を流す。
そうして、勢いのままに壁に突き刺した。
ギャリギャリと派手な音を立てながらも剣が壁に刺さり。
そのまま魔力を込めた剣を両手で掴みながら壁に足を掛けた。
ずるずると壁に足をこすりつけながら落下していく。
ランタンの火で下の何かが照らされたのが分かった。
きらりと光る何かでありだ……止まった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……嘘だろ?」
汗を流しながら下を見る。
そこには骨か何かを鋭くさせた杭が何本も刺さっていた。
何かの液体も塗られているようであり、すごい刺激臭がしていた。
鼠のような魔物の死骸や骨となった人間の死骸もある。
アレはジョンが言っていた罠であり、俺はまんまと引っかかった事になる。
もしも、少しでも判断を誤っていれば死んでいただろう。
危なかったと思いながら、俺は慎重に地面に降りる。
剣も引き抜いてから、杭を避けながら歩き……洞窟か?
雑に彫り上げたような洞穴が続いている。
それもかなりの大きさで、風の音も微かに聞こえていた。
生暖かい風であり、何かの気配を感じていた。
俺はごくりと喉を鳴らす。
すごく嫌な予感はするが……もしかしたら、この先にエトがいるかもしれない。
「……どうせ、上には戻れないんだ……進むしかねぇよ」
俺は剣を構えながら進んでいく。
洞穴の中に足を踏み入れれば、上に張り付いていた蝙蝠たちが赤い目を輝かせながら飛んでいった。
俺はそれが当たらないようにローブで身を守る。
水滴が落ちる音が響いている。
かなりの広さであり、ただの墓所にこんな空間が存在するのかと疑問に思う。
嫌な気配が更に強くなったような気がして顔を顰めるが。
同時にエトの気配のようなものも微かに感じていた……この先にいるな。多分。
何故、分かるのかは分からない。
しかし、エトの気配のようなものを感じる気がする。
気のせいかもしれないし、希望的観測かもしれないが。
今はその勘に従う他ない。
薄暗い洞窟を進む。
コツコツと俺の靴の音が反響し。
その度に心臓の鼓動が強く鳴っているように錯覚する。
必死に呼吸を落ち着かせながら、俺はしっかりと進んでいった。
待ってろよ、エト……俺が来たからな。
必ずお前を救って見せる。
必ずお前を連れ戻す。
俺はそう誓いながら、暗闇の先を睨みつけていた。
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