第10話

数時間後。俺は主と共に公爵夫人の居室の前にいた。

「母上!」

厩に愛馬をつないですぐに訪れた彼の格好は白いドレスシャツと細身の黒いニノ(この国におけるズボンの総称)。母である夫人を訪ねるには少なからず軽装だったが。

「お入りなさい」

中から聞こえたのはゆっくりとした声。

「失礼します」

扉をあけて入ると、窓際の椅子に腰掛けてこちらをみながら夫人は紅茶を口に運ぼうとしている所だった。

「おはよう。ヴィットリオ、ルシアス。と言ってももう午後だわね」

「いえ、母上。今日もご機嫌、うるわしく…」

夫人の部屋のソファに腰を下ろして一応の型通りに主は挨拶する。

と。

「堅苦しい挨拶はその辺りで良くてよ」

ふふふ、と少し含み笑ってから、彼女はソファに座っている息子、そのそばに立ち礼を保っている俺におっとりと口を開く。

「今日は随分とひづめの音が荒かった事。ご機嫌斜めの貴方を乗せるスターディアも大変ね」

「母上」

「…困ったものだわ、マリエットにも。女中頭にしたのは良いけれど頼まないことまでされてはね」

「奥様…」

報告など改めてするまでもなかった。

十九の息子を持って尚、美しいその顔に悠然と微笑みを浮かべる公爵夫人はさすが主の母。

見せかけの貴婦人ではなく心中に鋭さもあわせ持つ。そういった“食えない”人物という点ではこの母子はそっくりだった。

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